七
今日訪ねよう、明日訪ねようと思ひながら、駿介の、伊貝訪問の日は、一日一日と延びてゐた。
色々な氣持が駿介に働いてゐた。全然未知な人を始めて訪問する際に誰でもが感ずる億劫な氣持といふだけのものではなかつた。相手の伊貝は、年齡、閲歴、境遇、性格、趣味、教養、思想の何れから云つても一つとして共通點を持たぬ人間だつた。同じ村に住んでゐながら、全く觸れ合ふことのない離れ離れの世界に住んでゐる二人であつた。駒平の話を思ひ返して見る毎に、駿介の氣持は重くなつた。駿介には、伊貝の性格といふものは、一寸見當がつかなかつた。彼が今まで接觸したり、見たり聞いたりして來た人間の中にはそれに近いものすらも思ひ浮ばなかつた。駒平の話の斷片から、次々に想像の翼が延びて、益々えたいの知れぬものに伊貝の人間が形造られて行くのであつた。それに彼が持つて行かねばならぬ要件が要件である。若い駿介が二の足を踏んでゐるのは無理がなかつた。想像の世界でだけこねまはしてゐるから伊貝の人間が愈々不可解な、時には怪物じみたものにさへなつて來るのだ。さういふ幻想をぶちこはすためには早く逢つて見ることが必要なのだ。逢へば何でもない人間であることがわかるだらうし、この一點を突きさへすれば、脆くも陷落するといふ弱點だつて見拔くことが出來るだらう。――さう思つては見るのであつたが。
部落の中でも特に近く往き來してゐる煙草の耕作者仲間に逢つた時など、駿介は廣岡のことを話してみた。そして彼等と話したといふことは駿介に必ずしもいい心理的影響を與へなかつた。話を聞いても彼等は一向に何の感動をも示さなかつた。何も初めて聞くことではなく、知り盡してゐる事實だからと云へばそれまでのやうでもあるが、駿介が何とかしたいといふ考へに對しても同じやうに冷淡であるのは意外であつた。間接には自分達の利害にも關係する事柄に對して、一向に冷淡であるのは意外であつた。ここで駿介は、今迄彼が見て來たところとは矛盾するやうな彼等の一面を見た。成るか成らぬかも分らぬ、事の初めに當つては常にさうなのかとも思へた。うまく行つた結果だけに對して興奮するのかも知れない。しかしこの場合の彼等の冷淡には、ほかに原因があることが段々に分つて來た。彼等のあるものは、單に消極的に心を動かさぬと云ふだけではなくて、露骨な反對感情をすらも駿介に示した。餘計なことをしなさるな、といふ心だつた。駿介のむきな若い心は嗤はれてゐるやうであつた。
村での煙草耕作者の多くは、自作、自作兼小作で、耕作農民中の上層の部分で、暮し向きも比較的らくな方であつた。これは煙草耕作には、固定資金がかなりいるところから來る結果であつた。そのなかで小作一方でひどく貧しい廣岡などは、ごく少數の例外であつた。部落の耕作者仲間の間でも、彼一人は何かにつけて區別されてゐた。そしてこの區別はどこまでも區別として殘しておきたいといふ心理が、云はず語らずの間に人々には働いてゐるらしいのだつた。自分達に何かのとくがあるといふわけでもない。しかしたださうであることを望む心があるのだ。廣岡も自分達も共に均霑し得る利益ならば何も云はない。しかし廣岡一人が浴し得る利益となれば、それがどんな小さな、またどんな性質のものであらうとも、何となく心平らかならぬものがある。劣つてゐるものが、自分達の域に少しでも近づくことに對する不快がある。
駿介は、去年の夏の葉煙草乾燥の時、廣岡一人が、それが當然の約束のやうに非常にわるい乾燥場所を與へられて、人も我も怪しまずにゐた奇妙な風景を、その時もおかしなことに思つたことを、今になつて又思ひ出した。
それには廣岡といふ人間の人柄もある。彼が外見も内も元氣のいい、あたりの者に愉快を感じさせるやうな、その元氣で相手を壓して了ふやうな、さういふ人間であるならば、人々にそんな氣持を抱かしめるやうな餘地は無いのだ。しかし廣岡といふ人間はおよそそれとは反對な存在だつた。見る者をして、陰氣な、じめじめとした感じを抱かしめる貧相な存在だつた。みじめなしよぼしよぼしたものは、同情を起さしめるよりも、却つて苛立たしい氣持を起させる。いぢめてやりたい氣持を人に起させる。
兎も角、彼等の態度がそのやうであることは、駿介には愉快ではなかつた。周圍の人間がそんな考へでゐるのを知ると、一方には反撥し、だからこそこの自分が委囑されたのだといふ氣持を強めるが、一方にはまた萎縮する氣持が兆すのもやむを得ないことであつた。
さうかうしてゐるうちに、家の仕事の方も段々忙がしくなる時にさしかかつてゐた。苗代地の冬起し、煙草の苗床の準備並に播種の時が相前後した。
苗代は去年は誘はれるままにほかの家と共同で持つたが、今年は別々だつた。今年は苗の仕立を新しいやり方でやつて見ることになつてゐた。從來の水田苗代に代つて乾田苗代が近年この地方にも段々行はれるやうになつて來てゐた。乾田苗は水田苗に比して優良であることが、經驗から段々わかつて來た。乾田苗の莖は勁く、根本は太くしつかりしてゐて、移植する時もいたまないし、植ゑ附け後は非常に速く根附き、發育は早いと云はれてゐた。どこの地方にも行はれると云ふわけにはいかぬことだが、この地方の土地の條件は、乾田苗代を可能ならしむるばかりか、必要とさへしてゐた。苗代時期にも、表土の充分乾き切る所を隨所に得られるといふ好條件に惠まれてゐた。また水田苗代であれば、播種の時から移植の時まで絶えず水を灌がなくてはならないが、溜池によつて灌漑するこの地方では、水は出來るだけ節約することが必要であつた。どの點から云つても、乾田苗代は有利な方法であつた。
駿介は父と共に苗代地の土を打ち起した。その土地は排水がわるく表土が乾きにくいといふやうな所ではなかつたが、今のうちによく打ち起し、日光や空氣を通して、乾かしておくに若くことはなかつた。駿介は最初の力強い一鍬を田の中へ入れた。黒い稻株が打ち下す鍬の先に掘り起され、白つぽく乾いてゐるやうな土の表面と、眞黒な濕りを持つた下の方とが、ムクムクと反轉して行くのを見ると、彼は新鮮な喜びを感じた。その喜びは色々な要素から成り立つてゐた。子供の時、泥にまみれて遊ぶことが特別な歡喜であつた。わざわざ深いぬかるみに入つたり、泥んこで團子やそのほか樣々な物の形を作つたり、手や足が土にまみれることが多ければ多いほど喜びを感じた。遂には何かの衝動に驅られて、着物のまま土の上を轉げまはり、仰向けに寢て、手や足をバタバタさせたりした。また少年の彼は、夏草が背丈ほどにも繁つた野原に寢轉んだり、堆く積んだ乾藁のなかに首を突込んだりして、夏草や乾藁の匂ひで胸一ぱいに膨らませることを喜んだ。草のなかに寢轉んでゐると、風に靡いてゐる草の先はそのまますぐに青い空にくつついてゐる。誰あれも自分がここにかうして寢轉がつてゐることなんか知りやしない、すぐ近くの道路を歩いて行くものからだつて見えやしない、といふことがいやが上にも彼の歡喜をそそる。何か祕密めいたぞくぞくするやうな氣持だ。しかし、さうしてぢつとしてゐるうちにはやがて自分がどこにどうしてゐるかをも忘れてしまふ。空も青草もその青草のかげの翅のある蟲も自分の身體も何もかにもが一つになつてしまふ。さうしてうとうとと眠りに落ちて行く。――秋も末になると、祭りがある。祭りの夜、小屋掛けの芝居を見ての歸るさは、丁度いい工合に疲れてゐる。人混みのなかにゐたのと、今見た芝居のあくどさ、ねつつこさに刺※されて、頭はのぼせたやうにぼつとしてゐる。大人達に外れて一人ぶらぶら夜道を來て、向うの田の畔に積み上げた藁グロの黒々と立つのを見ると、もうそこへ走つて行かずにはゐられない。べつたり土の上に腰を下し、手も足も投げ出し、藁のなかに首を突つ込むやうにして寄りかかる。毎日いい天氣が續いたあとで、それにまだ露が下りる時刻ではないから、どこもここもよく乾いてゐる。乾いた藁の匂ひに胸が膨らんで來るうちに、段々氣も冴え冴えとして來る。夜空には星が輝いてゐる。何の物音も聞えない。初めは餘りに何もかにもが澄んでしんとしてゐて、生きて息をしてゐるのは自分ばかりで、自分の存在だけが際立つてゐて、恐いやうだが、次第にその世界にも慣れて來る。慣れて來るといふのは、離れてゐたあたりと自分とが段々一つになつて行くことだ。夜つぴてでもかうしてゐたいと思ふ。するとやがて自分がどこにどうしてゐるのかをも忘れてしまふ。……
遠い遠い日の夢だ。あの頃のああした喜びは二度と歸つて來べきものでもない。しかし今鍬を振り土を掘つてゐる時の喜びには、少年の日のあの喜びにどこか通じたもののあることを駿介は感じた。二つのものは無論ちがふ。しかし今かうしてゐるとふとゆくりなくも少年の日の喜びが再び胸に歸つて來るのは、つまりはその兩者の間に共通したものがあるからだと思つた。自然から汲み出す、あるひは自然と一つになる喜び、原始に惹かれるこころには共通なものがあつた。
そこにはまた季節の喜びがあつた。湯氣でも立ちさうな温かさうな黒土に彼は逸早く春を感じた。これが稻作についての最初の勞働であると云ふこと、我家の稻作は、今年からはじめて、その生産の全過程が自分の勞働によつて貫かれるのだと云ふこと、その自覺から來る喜びも亦大きかつた。
それらすべての綜合から成る一つの力強い感情は極めて自然に胸に溢れて來た。この極めて自然にといふことの自覺は、駿介に二重の歡喜を與へた。新しい生活に入つた當初、彼は世間での所謂勞働の喜びの概念に對して反撥を感じてゐた。本來美しかるべきその言葉は、それが云はれる時のさまざまな政策的な動機や、ふざけた精神によつて冒涜されてしまつてゐた。人の勞働でうまい汁を吸つてゐるものや、勞働を手なぐさみにしてゐる、勞働の嚴しさを身を以て知らぬものに限つてその言葉を使つた。それを云ふ時、齒の浮くやうな甘たるさがあつたり、鼻持ちならぬ臭氣を發したりして、それを云ふ者のほんとうの腹は、勞働と勞働する者とを輕蔑してゐるのだと云ふことを彼等自身曝露してゐた。そしてそれ故にこそ駿介は自らの勞働によつて勞働の眞實の喜びに觸れることに向つて大きな期待を持つてゐた。勞働が持つあらゆる苛酷さと嚴しさを通り、甘皮を剥いたそれの核心に觸れた上での喜びを期待してゐた。しかしさうした境地といふものは容易には來なかつた。喜びはたしかにあつた。それは抑々初めての彼の勞働、父を助けて井戸を掘つた時からしてあつた。蚊の群に襲はれ、不眠を強ひられながらの葉煙草の乾燥、雜地の開墾、堆肥用の落葉集めなどの諸勞働に伴つた苦痛のなかにもそれはあつた。しかし祕かに思ふ時、その喜びを感ずるといふことのなかにはなほ無理があつた。その喜びを感じようがために、感じたいがために、心を奮ひ起してゐるといふやうなところがどこかにあつた。肉體的の勞働は、いな、肉體的な勞働を基礎としてゐるこのやうな生活は今の自分にとつての活路であると彼は信じてゐる。從つてそこには喜びがなければならぬと思ふ。またどうしても喜びを感じたい。さういふ風に強ひられたものがあつたのである。
それが何時の間にか變つて來てゐた。事の性質上、何時からと截然と句切りをつけて云ふことは出來なかつたが、今の彼は以前とは變つてゐた。言葉では云ひ難い、人には傳へ難い變化をひとり感じて駿介は嬉しく思つた。彼はこれで落ち着いたのだなどとは思はなかつた。勞働の苛酷さ嚴しさを人並にくぐつて來たなどとは戲談にも云へることではなかつた。今後またどのやうに變るかも知れなかつた。しかし今到達したこの境地すらも、そこからのささやかな歡喜すらも、去年の夏以來の自らの歩みによつて初めて得られたものである。それはほかのどんな方法によつても得らるべきものではなかつた。さう思へば、この到達を貴重に思ひ、自ら愛し育んで行かうとの氣持が、強く深い感情として駿介に湧き上つて來るのであつた。
苗代地の耕起が濟むと、直に、煙草の苗床の準備であつた。
苗床は本畑一段歩の分が一間に四間の廣さとして、今年の耕作段別は二段歩だから、二つ作らなければならなかつた。駿介はかねて山から伐り出しておいた材木をもつて、苗床の周圍に立てる柱と、この柱を横に貫く貫木とを作つた。柱と貫木とをもつて、苗床の床框が成るわけだつた。框で仕切つた内側は藁で圍ひをして、それからその中へ先づ落葉を踏み込んだ。秋に苦勞して山から運び、小屋に貯へてあつた落葉の板をほぐし、大籠に入れ、これを背負つては何囘にも運んだ。この落葉の床は厚さが一尺にも及び、一坪に三四十貫は要るのである。充分踏み込んでからその上によく腐らした堆肥と厩肥を混ぜて五六寸の層を作つた。次は二寸ほどの厚さに土を敷いた。この土は何を措いても先づ水捌けがいいといふことが必要だつた。それで山から礫の比較的多く混つてゐる土を運ばなければならなかつた。最後は播土である。これは土に油糟と木灰とをよくかきまぜたものである。
二月に入つてから、この播土に種子を播いた。播いたその上を落葉と堆肥とで覆うて蓋肥とした。この上にさらに、早くからそのために織つておいた薦をかぶせて、かうして苗床の處置は一應終つた。
此頃の駿介は、朝は五時に起き、起るとすぐに鷄と山羊に餌をやり、家の表裏の掃除をすます。鷄はその後ずつとふえて八羽になつてゐた。掃除がすむ頃には妹達の手によつて飯の仕度が出來てゐる。飯がすんでも外はまだすつかりは明けきらない。窓から首を出して見るとすぐ眼の前の裏山もかくれるほど眞白な靄のやうなもので濁つてゐる。その靄のかげんと、家のなかを洗ふ水のやうな空氣の肌への感じで、ああ今日もいい天氣だなといふことがわかつた。すると朝毎に新しい彈むやうな生々とした力を感じた。
その冷い朝の間一時間ほど、すつかり仕事に出て行くばかりの恰好になつて、駿介は本を讀んだ。本を讀む姿勢は色々であつた。ほのぼのとしたあたたかみの傳はつて來る朝の竈の前に蹲まつて讀んだり、上り口に腰をかけたまま讀んだりした。彼は以前から、きれいに片附けた机の前に坐つてでなければ本を讀めぬといふ環境に慣れて來た人間ではなかつた。東京で岡島の家に使はれてゐた時には、道を歩きながら讀み、使ひに行つて返事を待つ間の玄關先きででも讀んだ。事情は今もその頃と殆ど變つてはゐない。
同じ頃、臺所の後片附けをした妹達は、茶の間へ來て坐つて、手内職にと此頃はじめた絹手袋のミシン縫ひにかかる。町の會社の出張所が近頃この村に出來たのである。娘相手の農家の副業とすれば、會社としては非常に安いものになり、女工を傭つたりするには及ばぬことである。それは手ミシンを向うで貸してくれ、裁斷した切地を渡されて、ただ縫ふだけである。手間賃は一ダース八錢だつた。絲はこつち持ちで、それは一ダースに二錢ほどかかるのだつた。仕事にかかると二人の妹は口もきかず、僅かな時間をも惜んで一心だつた。本を讀みながら、朝の靜かな空氣を動かして手ミシンがカタカタ云つてゐるのを聞くと、佗しく和やかな氣持を誘はれた。
年寄りは若いものと相前後して起きることがあり、その頃になつてもまだ寢てゐることもあつた。息子にもたれかかるといふのではないが、息子がしつかりして來て、力になつてくれてゐるといふ氣持は、何よりも親達にゆるゆるとした腰をのばさせた。襖一つ向うに漸く起きようとしてゐる氣配や、年寄りらしいしはぶきの聲にも安らかなものが感じられた。
さうかうしてゐるうちに朝の最初の光が射す。白い靄はまだ晴れ切らない。空は天心から青み渡つて行つて、山の上あたりはまだ靄にかすんでゐる。しかしそれはもはやただ白く濁つただけのかすみやうではない。その向うには空の青い地が透いて見える。そこへ明るく黄色い光りが滿ち渡るのだから、玻璃板をすかして見たやうな輝きになる。この朝の光りを見るや否や、駿介は仕事に出る。
彼は最初に煙草畑へ行く。夜ぢゆう上にかぶせておいた苗床の薦をすつかり取り拂つてやる。それがすむと戻つて來て、今度は堆肥を麥畑へ運ぶ。その頃は駒平も仕事に出て來るから、父と一緒の仕事になる。麥畑に堆肥をふり、また土をかける。十時になると彼一人また煙草の方へ行つて、苗床に水をかける。この水は午後の二時には二度目をかける。そして四時半頃、短い冬の日がかげり出す頃には再び薦をかぶせてやる。
苗床のかうした管理は、種子が發芽し、成長して、本畑に移植するやうになるまで續くことである。二月も半ばを過ぎれば暖かい春めいた日ざしの日が二日や三日は續いた。何もかにも新しいはじめての經驗に、駿介もこの季節のやうな若々しい力に溢れた。