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Before the Dawn 01: Part One, Upper Volume
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Before the Dawn 01: Part One, Upper Volume
島崎藤村
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Chapter 8 of 37

三

その年、嘉永六年の十一月には、半蔵が早い結婚の話も妻籠の本陣あてに結納の品を贈るほど運んだ。

もはや恵那山へは雪が来た。ある日、おまんは裏の土蔵の方へ行こうとした。山家のならわしで、めぼしい器物という器物は皆土蔵の中に持ち運んである。皿何人前、膳何人前などと箱書きしたものを出したり入れたりするだけでも、主婦の一役だ。

ちょうど、そこへ会所の使いが福島の役所からの差紙を置いて行った。馬籠の庄屋あてだ。おまんはそれを渡そうとして、夫を探した。

「大旦那は。」

と下女にきくと、

「蔵の方へおいでだぞなし。」

という返事だ。おまんはその足で、母屋から勝手口の横手について裏の土蔵の前まで歩いて行った。石段の上には夫の脱いだ下駄もある。戸前の錠もはずしてある。夫もやはり同じ思いで、婚礼用の器物でも調べているらしい。おまんは土蔵の二階の方にごとごと音のするのを聞きながら梯子を登って行って見た。そこに吉左衛門がいた。

「あなた、福島からお差紙ですよ。」

吉左衛門はわずかの閑の時を見つけて、その二階に片づけ物なぞをしていた。壁によせて幾つとなく古い本箱の類も積み重ねてある。日ごろ彼の愛蔵する俳書、和漢の書籍なぞもそこに置いてある。その時、彼はおまんから受け取ったものを窓に近く持って行って読んで見た。

その差紙には、海岸警衛のため公儀の物入りも莫大だとある。国恩を報ずべき時節であると言って、三都の市中はもちろん、諸国の御料所、在方村々まで、めいめい冥加のため上納金を差し出せとの江戸からの達しだということが書いてある。それにはまた、浦賀表へアメリカ船四艘、長崎表へオロシャ船四艘交易のため渡来したことが断わってあって、海岸防禦のためとも書き添えてある。

「これは国恩金の上納を命じてよこしたんだ。」と吉左衛門はおまんに言って見せた。「外は風雨だというのに、内では祝言のしたくだ――しかしこのお差紙の様子では、おれも一肌脱がずばなるまいよ。」

その時になって見ると、半蔵の祝言を一つのくぎりとして、古い青山の家にもいろいろな動きがあった。年老いた吉左衛門の養母は祝言のごたごたを避けて、土蔵に近い位置にある隠居所の二階に隠れる。新夫婦の居間にと定められた店座敷へは、畳屋も通って来る。長いこと勤めていた下男も暇を取って行って、そのかわり佐吉という男が今度新たに奉公に来た。

おまんが梯子を降りて行ったあと、吉左衛門はまた土蔵の明り窓に近く行った。鉄格子を通してさし入る十一月の光線もあたりを柔らかに見せている。彼はひとりで手をもんで、福島から差紙のあった国防献金のことを考えた。徳川幕府あって以来いまだかつて聞いたこともないような、公儀の御金蔵がすでにからっぽになっているという内々の取り沙汰なぞが、その時、胸に浮かんだ。昔気質の彼はそれらの事を思い合わせて、若者の前でもなんでもおかまいなしに何事も大げさに触れ回るような人たちを憎んだ。そこから子に対する心持ちをも引き出されて見ると、年もまだ若く心も柔らかく感じやすい半蔵なぞに、今から社会の奥をのぞかせたくないと考えた。いかなる人間同志の醜い秘密にも、その刺激に耐えられる年ごろに達するまでは、ゆっくりしたくさせたいと考えた。権威はどこまでも権威として、子の前には神聖なものとして置きたいとも考えた。おそらく隣家の金兵衛とても、親としてのその心持ちに変わりはなかろう。そんなことを思い案じながら、吉左衛門はその蔵の二階を降りた。

かねて前触れのあった長崎行きの公儀衆も、やがて中津川泊まりで江戸の方角から街道を進んで来るようになった。空は晴れても、大雪の来たあとであった。野尻宿の継所から落合まで通し人足七百五十人の備えを用意させるほどの公儀衆が、さくさく音のする雪の道を踏んで、長崎へと通り過ぎた。この通行が三日も続いたあとには、妻籠の本陣からその同じ街道を通って、新しい夜具のぎっしり詰まった長持なぞが吉左衛門の家へかつぎ込まれて来た。

吉日として選んだ十二月の一日が来た。金兵衛は朝から本陣へ出かけて来て、吉左衛門と一緒に客の取り持ちをした。台所でもあり応接間でもある広い炉ばたには、手伝いとして集まって来ているお玉、お喜佐、おふきなどの笑い声も起こった。

仙十郎も改まった顔つきでやって来た。寛ぎの間と店座敷の間を往ったり来たりして、半蔵を退屈させまいとしていたのもこの人だ。この取り込みの中で、金兵衛はちょっと半蔵を見に来て言った。

「半蔵さん、だれかお前さんの呼びたい人がありますかい。」

「お客にですか。宮川寛斎先生に中津川の香蔵さん、それに景蔵さんも呼んであげたい。」

浅見景蔵は中津川本陣の相続者で、同じ町に住む香蔵を通して知るようになった半蔵の学友である。景蔵はもと漢学の畠の人であるが、半蔵らと同じように国学に志すようになったのも、寛斎の感化であった。

「それは半蔵さん、言うまでもなし。中津川の御連中はあすということにして、もう使いが出してありますよ。あの二人は黙って置いたって、向こうから祝いに来てくれる人たちでさ。」

そばにいた仙十郎は、この二人の話を引き取って、

「おれも――そうだなあ――もう一度祝言の仕直しでもやりたくなった。」

と笑わせた。

山家にはめずらしい冬で、一度は八寸も街道に積もった雪が大雨のために溶けて行った。そのあとには、金兵衛のような年配のものが子供の時分から聞き伝えたこともないと言うほどの暖かさが来ていた。寒がりの吉左衛門ですら、その日は炬燵や火鉢でなしに、煙草盆の火だけで済ませるくらいだ。この陽気は本陣の慶事を一層楽しく思わせた。

午後に、寿平次兄妹がすでに妻籠の本陣を出発したろうと思われるころには、吉左衛門は定紋付きの姿で、表玄関前の広い板の間を歩き回った。下男の佐吉もじっとしていられないというふうで、表門を出たりはいったりした。

「佐吉、めずらしい陽気だなあ。この分じゃ妻籠の方も暖かいだろう。」

「そうよなし。今夜は門の前で篝でも焚かずと思って、おれは山から木を背負って来た。」

「こう暖かじゃ、篝にも及ぶまいよ。」

「今夜は高張だけにせずか、なし。」

そこへ金兵衛も奥から顔を出して、一緒に妻籠から来る人たちのうわさをした。

「一昨日の晩でさ。」と金兵衛は言った。「桝田屋の儀助さんが夜行で福島へ出張したところが、往還の道筋にはすこしも雪がない。茶屋へ寄って、店先へ腰掛けても、凍えるということがない。どうもこれは世間一統の陽気でしょう。あの儀助さんがそんな話をしていましたっけ。」

「金兵衛さん――前代未聞の冬ですかね。」

「いや、全く。」

日の暮れるころには、村の人たちは本陣の前の街道に集まって来て、梅屋の格子先あたりから問屋の石垣の辺へかけて黒山を築いた。土地の風習として、花嫁を載せて来た駕籠はいきなり門の内へはいらない。峠の上まで出迎えたものを案内にして、寿平次らの一行はまず門の前で停まった。提灯の灯に映る一つの駕籠を中央にして、木曾の「なかのりさん」の唄が起こった。荷物をかついで妻籠から供をして来た数人のものが輪を描きながら、唄の節につれて踊りはじめた。手を振り腰を動かす一つの影の次ぎには、またほかの影が動いた。この鄙びた舞踏の輪は九度も花嫁の周囲を回った。

その晩、盃をすましたあとの半蔵はお民と共に、冬の夜とも思われないような時を送った。半蔵がお民を見るのは、それが初めての時でもない。彼はすでに父と連れだって、妻籠にお民の家を訪ねたこともある。この二人の結びつきは当人同志の選択からではなくて、ただ父兄の選択に任せたのであった。親子の間柄でも、当時は主従の関係に近い。それほど二人は従順であったが、しかし決して安閑としてはいなかった。初めて二人が妻籠の方で顔を見合わせた時、すべてをその瞬間に決定してしまった。長くかかって見るべきものではなくて、一目に見るべきものであったのだ。

店座敷は東向きで、戸の外には半蔵の好きな松の樹もあった。新しい青い部屋の畳は、鶯でもなき出すかと思われるような温暖い空気に香って、夜遊び一つしたことのない半蔵の心を逆上せるばかりにした。彼は知らない世界にでもはいって行く思いで、若さとおそろしさのために震えているようなお民を自分のそばに見つけた。

「お父さん――わたしのためでしたら、祝いはなるべく質素にしてください。」

「それはお前に言われるまでもない。質素はおれも賛成だねえ。でも、本陣には本陣の慣例というものもある。呼ぶだけのお客はお前、どうしたって呼ばなけりゃならない。まあ、おれに任せて置け。」

半蔵が父とこんな言葉をかわしたのは、客振舞の続いた三日目の朝である。

思いがけない尾張藩の徒士目付と作事方とがその日の午前に馬籠の宿に着いた。来たる三月には尾張藩主が木曾路を経て江戸へ出府のことに決定したという。この役人衆の一行は、冬のうちに各本陣を見分するためということであった。

こういう場合に、なくてならない人は金兵衛と問屋の九太夫とであった。万事扱い慣れた二人は、吉左衛門の当惑顔をみて取った。まず二人で梅屋の方へ役人衆を案内した。金兵衛だけが吉左衛門のところへ引き返して来て言った。

「まずありがたかった。もう少しで、この取り込みの中へ乗り込まれるところでした。オット。皆さま、当宿本陣には慶事がございます、取り込んでおります、恐れ入りますが梅屋の方でしばらくお休みを願いたい、そうわたしが言いましてね。そこはお役人衆も心得たものでさ。お昼のしたくもあちらで差し上げることにして来ましたよ。」

梅屋と本陣とは、呼べば応えるほどの対い合った位置にある。午後に、徒士目付の一行は梅屋で出した福草履にはきかえて、乾いた街道を横ぎって来た。大きな髷のにおい、帯刀の威、袴の摺れる音、それらが役人らしい挨拶と一緒になって、本陣の表玄関には時ならぬいかめしさを見せた。やがて、吉左衛門の案内で、部屋部屋の見分があった。

吉左衛門は徒士目付にたずねた。

「はなはだ恐縮ですが、中納言様の御通行は来春のようにうけたまわります。当宿ではどんな心じたくをいたしたものでしょうか。」

「さあ、ことによるとお昼食を仰せ付けられるかもしれない。」

婚礼の祝いは四日も続いて、最終の日の客振舞にはこの慶事に来て働いてくれた女たちから、出入りの百姓、会所の定使などまで招かれて来た。大工も来、畳屋も来た。日ごろ吉左衛門や半蔵のところへ油じみた台箱をさげて通って来る髪結い直次までが、その日は羽織着用でやって来て、膳の前にかしこまった。

町内の小前のものの前に金兵衛、髪結い直次の前に仙十郎、涙を流してその日の来たことを喜んでいるようなおふき婆さんの前には吉左衛門がすわって、それぞれ取り持ちをするころは、酒も始まった。吉左衛門はおふきの前から、出入りの百姓たちの前へ動いて、

「さあ、やっとくれや。」

とそこにある銚子を持ち添えて勧めた。百姓の一人は膝をかき合わせながら、

「おれにかなし。どうも大旦那にお酌していただいては申しわけがない。」

隣席にいるほかの百姓が、その時、吉左衛門に話しかけた。

「大旦那――こないだの上納金のお話よなし。ほかの事とも違いますから、一同申し合わせをして、お受けをすることにしましたわい。」

「あゝ、あの国恩金のことかい。」

「それが大旦那、百姓はもとより、豆腐屋、按摩まで上納するような話ですで、おれたちも見ていられすか。十八人で二両二分とか、五十六人で三両二分とか、村でも思い思いに納めるようだが、おれたちは七人で、一人が一朱ずつと話をまとめましたわい。」

仙十郎は酒をついで回っていたが、ちょうどその百姓の前まで来た。

「よせ。こんな席で上納金の話なんか。伊勢の神風の一つも吹いてごらん、そんな唐人船なぞはどこかへ飛んでしまう。くよくよするな。それよりか、一杯行こう。」

「どうも旦那はえらいことを言わっせる。」と百姓は仙十郎の盃をうけた。

「上の伏見屋の旦那。」と遠くの席から高い声で相槌を打つものもある。「おれもお前さまに賛成だ。徳川さまの御威光で、四艘や五艘ぐらいの唐人船がなんだなし。」

酒が回るにつれて、こんな話は古風な石場搗きの唄なぞに変わりかけて行った。この地方のものは、いったいに酒に強い。だれでも飲む。若い者にも飲ませる。おふき婆さんのような年をとった女ですら、なかなか隅へは置けないくらいだ。そのうちに仙十郎が半蔵の前へ行ってすわったころは、かなりの上きげんになった。半蔵も方々から来る祝いの盃をことわりかねて、顔を紅くしていた。

やがて、仙十郎は声高くうたい出した。

木曾のナ

なかのりさん、

木曾の御嶽さんは

なんちゃらほい、

夏でも寒い。

よい、よい、よい。

半蔵とは対い合いに、お民の隣には仙十郎の妻で半蔵が異母妹にあたるお喜佐も来て膳に着いていた。お喜佐は目を細くして、若い夫のほれぼれとさせるような声に耳を傾けていた。その声は一座のうちのだれよりも清しい。

「半蔵さん、君の前でわたしがうたうのは今夜初めてでしょう。」

と仙十郎は軽く笑って、また手拍子を打ちはじめた。百姓の仲間からおふき婆さんまでが右に左にからだを振り動かしながら手を拍って調子を合わせた。塩辛い声を振り揚げる髪結い直次の音頭取りで、鄙びた合唱がまたそのあとに続いた。

袷ナ

なかのりさん、

袷やりたや

なんちゃらほい、

足袋添えて。

よい、よい、よい。

本陣とは言っても、吉左衛門の家の生活は質素で、芋焼餅なぞを冬の朝の代用食とした。祝言のあった六日目の朝には、もはや客振舞の取り込みも静まり、一日がかりのあと片づけも済み、出入りの百姓たちもそれぞれ引き取って行ったあとなので、おまんは炉ばたにいて家の人たちの好きな芋焼餅を焼いた。

店座敷に休んだ半蔵もお民もまだ起き出さなかった。

「いつも早起きの若旦那が、この二、三日はめずらしい。」

そんな声が二人の下女の働いている勝手口の方から聞こえて来る。しかしおまんは奉公人の言うことなぞに頓着しないで、ゆっくり若い者を眠らせようとした。そこへおふき婆さんが新夫婦の様子を見に屋外からはいって来た。

「姉さま。」

「あい、おふきか。」

おふきは炉ばたにいるおまんを見て入り口の土間のところに立ったまま声をかけた。

「姉さま。おれはけさ早く起きて、山の芋を掘りに行って来た。大旦那も半蔵さまもお好きだで、こんなものをさげて来た。店座敷ではまだ起きさっせんかなし。」

おふきは※苞につつんだ山の芋にも温かい心を見せて、半蔵の乳母として通って来た日と同じように、やがて炉ばたへ上がった。

「おふき、お前はよいところへ来てくれた。」とおまんは言った。「きょうは若夫婦に御幣餅を祝うつもりで、胡桃を取りよせて置いた。お前も手伝っておくれ。」

「ええ、手伝うどころじゃない。農家も今は閑だで。御幣餅とはお前さまもよいところへ気がつかっせいた。」

「それに、若夫婦のお相伴に、お隣の子息さんでも呼んであげようかと思ってさ。」

「あれ、そうかなし。それじゃおれが伏見屋へちょっくら行って来る。そのうちには店座敷でも起きさっせるずら。」

気候はめずらしい暖かさを続けていて、炉ばたも楽しい。黒く煤けた竹筒、魚の形、その自在鍵の天井から吊るしてある下では、あかあかと炉の火が燃えた。おふきが隣家まで行って帰って見たころには、半蔵とお民とが起きて来ていて、二人で松薪をくべていた。渡し金の上に載せてある芋焼餅も焼きざましになったころだ。おふきはその里芋の子の白くあらわれたやつを温め直して、大根おろしを添えて、新夫婦に食べさせた。

「お民、おいで。髪でも直しましょう。」

おまんは奥の坪庭に向いた小座敷のところへお民を呼んだ。妻籠の本陣から来た娘を自分の嫁として、「お民、お民」と名を呼んで見ることもおまんにはめずらしかった。おとなの世界をのぞいて見たばかりのようなお民は、いくらか羞を含みながら、十七の初島田の祝いのおりに妻籠の知人から贈られたという櫛箱なぞをそこへ取り出して来ておまんに見せた。

「どれ。」

おまんは襷掛けになって、お民を古風な鏡台に向かわせ、人形でも扱うようにその髪をといてやった。まだ若々しく、娘らしい髪の感覚は、おまんの手にあまるほどあった。

「まあ、長い髪の毛だこと。そう言えば、わたしも覚えがあるが、これで眉でも剃り落とす日が来てごらん――あの里帰りというものは妙に昔の恋しくなるものですよ。もう娘の時分ともお別れですねえ。女はだれでもそうしたものですからねえ。」

おまんはいろいろに言って見せて、左の手に油じみた髪の根元を堅く握り、右手に木曾名物のお六櫛というやつを執った。額から鬢の辺へかけて、梳き手の力がはいるたびに、お民は目を細くして、これから長く姑として仕えなければならない人のするままに任せていた。

「熊や。」

とその時、おまんはそばへ寄って来る黒毛の猫の名を呼んだ。熊は本陣に飼われていて、だれからもかわいがられるが、ただ年老いた隠居からは憎まれていた。隠居が熊を憎むのは、みんなの愛がこの小さな動物にそそがれるためだともいう。どうかすると隠居は、おまんや下女たちの見ていないところで、人知れずこの黒猫に拳固を見舞うことがある。おまんはお民の髪を結いながらそんな話までして、

「吾家のおばあさんも、あれだけ年をとったかと思いますよ。」

とも言い添えた。

やがて本陣の若い「御新造」に似合わしい髪のかたちができ上がった。儀式ばった晴れの装いはとれて、さっぱりとした蒔絵の櫛なぞがそれに代わった。林檎のように紅くて、そして生き生きとしたお民の頬は、まるで別の人のように鏡のなかに映った。

「髪はできました。これから部屋の案内です。」

というおまんのあとについて、間もなくお民は家の内部をすみずみまでも見て回った。生家を見慣れた目で、この街道に生えたような家を見ると、お民にはいろいろな似よりを見いだすことも多かった。奥の間、仲の間、次の間、寛ぎの間というふうに、部屋部屋に名のつけてあることも似ていた。上段の間という部屋が一段高く造りつけてあって、本格な床の間、障子から、白地に黒く雲形を織り出したような高麗縁の畳まで、この木曾路を通る諸大名諸公役の客間にあててあるところも似ていた。

熊は鈴の音をさせながら、おまんやお民の行くところへついて来た。二人が西向きの仲の間の障子の方へ行けば、そこへも来た。この黒毛の猫は新来の人をもおそれないで、まだ半分お客さまのようなお民の裾にもまといついて戯れた。

「お民、来てごらん。きょうは恵那山がよく見えますよ。妻籠の方はどうかねえ、木曾川の音が聞こえるかねえ。」

「えゝ、日によってよく聞こえます。わたしどもの家は河のすぐそばでもありませんけれど。」

「妻籠じゃそうだろうねえ。ここでは河の音は聞こえない。そのかわり、恵那山の方で鳴る風の音が手に取るように聞こえますよ。」

「それでも、まあよいながめですこと。」

「そりゃ馬籠はこんな峠の上ですから、隣の国まで見えます。どうかするとお天気のよい日には、遠い伊吹山まで見えることがありますよ――」

林も深く谷も深い方に住み慣れたお民は、この馬籠に来て、西の方に明るく開けた空を見た。何もかもお民にはめずらしかった。わずかに二里を隔てた妻籠と馬籠とでも、言葉の訛りからしていくらか違っていた。この村へ来て味わうことのできる紅い「ずいき」の漬物なぞも、妻籠の本陣では造らないものであった。

まだ半蔵夫婦の新規な生活は始まったばかりだ。午後に、おまんは一通り屋敷のなかを案内しようと言って、土蔵の大きな鍵をさげながら、今度は母屋の外の方へお民を連れ出そうとした。

炉ばたでは山家らしい胡桃を割る音がしていた。おふきは二人の下女を相手に、堅い胡桃の核を割って、御幣餅のしたくに取りかかっていた。その時、上がり端にある杖をさがして、おまんやお民と一緒に裏の隠居所まで歩こうと言い出したのは隠居だ。このおばあさんもひところよりは健康を持ち直して、食事のたびに隠居所から母屋へ通っていた。

馬籠の本陣は二棟に分かれて、母屋、新屋より成り立つ。新屋は表門の並びに続いて、すぐ街道と対い合った位置にある。別に入り口のついた会所(宿役人詰め所)と問屋場の建物がそこにある。石垣の上に高く隣家の伏見屋を見上げるのもその位置からで、大小幾つかの部屋がその裏側に建て増してある。多人数の通行でもある時は客間に当てられるのもそこだ。おまんは雨戸のしまった小さな離れ座敷をお民にさして見せて、そこにも本陣らしい古めかしさがあることを話し聞かせた。ずっと昔からこの家の習慣で、女が見るものを見るころは家族のものからも離れ、ひとりで煮焚きまでして、そこにこもり暮らすという。

「お民、来てごらん。」

と言いながら、おまんは隠居所の階下にあたる味噌納屋の戸をあけて見せた。味噌、たまり、漬物の桶なぞがそこにあった。おまんは土蔵の前の方へお民を連れて行って、金網の張ってある重い戸をあけ、薄暗い二階の上までも見せて回った。おまんの古い長持と、お民の新しい長持とが、そこに置き並べてあった。

土蔵の横手について石段を降りて行ったところには、深い掘り井戸を前に、米倉、木小屋なぞが並んでいる。そこは下男の佐吉の世界だ。佐吉も案内顔に、伏見屋寄りの方の裏木戸を押して見せた。街道と並行した静かな村の裏道がそこに続いていた。古い池のある方に近い木戸をあけて見せた。本陣の稲荷の祠が樫や柊の間に隠れていた。

その晩、家のもの一同は炉ばたに集まった。隠居はじめ、吉左衛門から、佐吉まで一緒になった。隣家の伏見家からは少年の鶴松も招かれて来て、半蔵の隣にすわった。おふきが炉で焼く御幣餅の香気はあたりに満ちあふれた。

「鶴さん、これが吾家の嫁ですよ。」

とおまんは隣家の子息にお民を引き合わせて、串差しにした御幣餅をその膳に載せてすすめた。こんがりと狐色に焼けた胡桃醤油のうまそうなやつは、新夫婦の膳にも上った。吉左衛門夫婦はこの質素な、しかし心のこもった山家料理で、半蔵やお民の前途を祝福した。

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