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灰色の眼の女
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灰色の眼の女
神西清
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Chapter 2 of 5

2

ある友人が十吉を評して、「あいつにはあんまり多量の未来がありすぎる」と言つたことがある。これを別の友人が簡略にして、彼を未来過多症と名づけた。実際、現在への無際限の反撥と、未来への無際限な憧憬とが、十吉の本質をなしてゐるらしい。この後のものが善く働くと、彼に一種苦行僧的な忍耐力や寛容やをあたへることになる。前のものが悪く働くと、浮気つぽい一面が強くあらはれることになる。この両面の平衡を見出さうと、彼は彼なりに苦心はしてゐる。その調和の見出される場所が、恐らく彼の「現在」になるのであらう。今のところこの青年には、まだ現在といふものが形づくられてゐないのだ。

そんな十吉にとつて、この新しい勤め口は、この上もない生活力の発散場所であつた。朝、登館してみると、ミトローニク氏はもう一時間も前から坐り込んでゐるやうな顔で、スリー・キャッスルを横ぐはへにして、ヴェランダでタイプライターを叩いてゐる。その日を未来へと開く合図のやうな新鮮な音である。ついで小幡氏が颯爽と風を切つて登館する。やがてブラウエンベルグ氏が汗を拭き拭き、あたふたと入つて来、暫く間を置いてイリリヤ・ラグーザナが、いたづらつ児のやうに足音を忍ばせて席につく。ブラウエンベルグ氏が十吉を呼んで、その日の仕事を割当ててくれる。給仕が電報や手紙を束にして、イリリヤ嬢のデスクの上に置いてゆく。彼女は発受信のレヂスター係なのである。やがて電話のベルが鳴りだす。訪問者もちらほら姿を見せはじめる。

これが総勢五人の輸入部の生活の開幕だ。時間が泡だちはじめる。それは急激に熱と騒音をたかめてゆき、タービン内の蒸気圧がほとんど限界に達するかに感じられる頃がちやうど十二時。あの東洋種らしい丸顔の給仕が、大コップに熱い紅茶をいれて、肉入りのピローグなどと一緒に配つて歩くとともに、機関ははたと停止する。そして猫のあくびも聞えさうな、森閑とした一時間がくる。

午後一時。ふたたび時のタービンが唸りを立てはじめるが、もはや音色は朝のそれとは違ふ。初めからもう何かカドミウム性の黄色い音色で、やがてしだいに疲れて、三時ちかくなると石黄いろに変つてゆく。そのあひだ、午前のうちに消化しきれなかつた訪問者の応接。それがやつと片づく頃には、電報の文案が手から手へ乱れ飛びはじめる。朝の申込みが遅れて、今ごろになつて立てつづけに通じる長距離電話。原稿の中絶と連絡の乱脈とに、ゐたたまれなくなつた半狂乱のタイピスト連中が、黄いろい声を立てて出入する。給仕に手伝はせて発信文書に封緘をしてゆくイリリヤ嬢の、おとがひの汗、手の甲の汗。……それが週に一度のメール・デーになると、文字どほりの火事場さわぎが現出するのであつた。

さうしたその日その日のめまぐるしい廻転が、事件と人間との実に思ひがけない組合せをその襞々に畳んでゐて、さすがのこの未来過多症も、最初のうちは満足を自覚するいとまもないほど、ひたすら送迎に忙殺されてゐた。刻一刻が、新しい未来を孕みつつ泡だち、泡だつたかと思ふと次の刹那には、また盛りあがつてくる新たな瞬間に席をゆづつて、自分は義務の充足感のなかへ快よくはじけ消えてゆく。そこには音楽の節奏に似た、意外さと満足感との涯しない継起があつた……。

無我夢中のうちにいつしか残暑が過ぎて、影ふかい日ざしのなつかしい十月になつた。その頃になると、十吉は稍々気持のゆとりが出てくるとともに、ときどき眼をつぶつてあたりの物音を聴き澄ましたり、その眼をひらいてまはりをそつと眺めたりするだけの余裕もできてきた。眼のなじむにつれて、急速に旋回する走馬灯のおもての物のかたちが次第に見分けられて来るやうに、日々のあわただしい移りから月々の緩やかなうつろひの方へ、だんだん瞳孔が合はせてゆけるやうにもなつた。刹那刹那のまどはしを超えて、十吉の心象にはそろそろ季節や歴史のかげが萌しはじめたのである。

またその頃になると、時の推移の表面にゆらいだり、その陰に見えがくれしたりしてゐる人間の顔も、月の光のもとの花々のやうに、次第に朧ろのなかから立現はれ、くつきりと見わけがついてくるのであつた。

かうしてその勤め場所は十吉にとつて、刻々に無数の発見とメールヘンとにみちた「森の中の家」に変つてきた。それは今ではもう、彼の青春の揺籃と呼んでいいかも知れない。……

輸入部の入口側の一角を板壁で区ぎつて、そこが法律顧問のキャビネットに当てられてゐた。顧問はユールマンといふ、これまたドイツ風の名前をもつた男で、年配も恰幅もブラウエンベルグ氏と大体おつつかつつだが、猪首で、猫背で、頭がつるつるに禿げ上つて、その艶々した卵形の顔にいつも剽軽な笑ひを漂はせてゐる人物である。全体の感じはどことなく膃肭獣に似てゐたが、事実この人は円転滑脱の域をとうの昔に通りこして、寧ろ常規を逸しがちの所が常態になつてゐるやうな人で、輸入部の連中からは「間借人」と敬称されて親しまれると同時に、些かうるさがられてもゐた。

十吉が勤めだして間もない頃、ある朝まだ人の出揃はないうちに、このユールマン氏がのそりと十吉の傍へやつて来て、何やら間の悪さうな声で、

「アニさん、済まないが一つ重大なお願ひがある。」

と言ひだした(ハニフといふのが呼びにくいらしく、大抵の人はハニさんと呼ぶのだつたが、それがユールマン氏などになると頭のHまでが消えてしまふのだつた)。曲げにくい猪首をかがめながら、しきりに後頸を指すのを見れば、カラー・ボタンが外れて、カラーが一寸ほどもはみ出してゐる。それまで自分でもさんざん苦心したらしいのだが、肥りすぎてゐる上に、昔風の糊の堅い竪カラーをしてゐるものだから、手先がうまく届かないのであらう。顔を上気させ息をはずませてゐるその様子から、氏が盛んに伸びたり縮んだりして努力してゐた恰好を想像し、十吉は心の中で思はず噴き出さずにはゐられなかつた。ボタンがはまると、ユールマン氏はさもほつとしたらしく、肩を大きく一揺りしてカラーの居ずまひを直し、両手を垂らしたままのペンギン鳥みたいな恰好で、

「ども有難う、ども有難う!」

と、押し出すやうな日本語で繰返しながら、大真面目な感謝の眸をじつと十吉の眼につけて、アンコールに呼び出された音楽家よろしくの身のこなしで、後じさりに退場して行つた。この事件以来ユールマン氏は、十吉の心にとつて親しい人の一人になつたのである。

この人の電話はおそろしく長い。昼間の忙しい盛りだとさほど目立たないが、朝の間のまだひつそりしてゐるうちだと、その大音声の、語尾の端々まではつきりと言ひ切る馬鹿鄭寧な電話の応対は、輸入部ぜんたいの天井に響きかへつて、近所迷惑なこと夥しい。書類に埋もれて沈思黙考中のブラウエンベルグ氏などは、時たま堪りかねて、荒々しく舌うちすると、例の破顔一笑もろとも、

「やれやれ、また韃靼人の天気の挨拶がはじまつたわい!……お暑うござい、奥さまの御機嫌は?……ほら、まだやつてゐる、まだやつてゐる……」

などとまぜつ返す。するとユールマン氏は忽ち聞きとがめ、電話はそつちのけで、

「まあ待て、コンスタンチン! これからまだドイツ流の挨拶が始まるところだ。君には懐かしからう、よく聞いてゐろよ!」

といつた調子で逆襲してくる。そして益々大音響の時候の挨拶が、長々とつづくのであつた。こつちは毒気を抜かれて、黙つて拝聴する形になつてしまふ。そんな風で、賑かさを通り越して寧ろうるさい「間借人」ではあつたが、この人のゐるお蔭で、どつちかといふと謹厳な輸入部の空気が、打つてつけの時機に巧みにもみほぐされることのあるのも事実であつた。……

その間にも十吉の世界は、徐々にではあるが輸入部の小天地を越えて、しだいに外界へひろがつて行つた。

さうした外の世界のうちで、十吉がまづ最初に密接な交渉をもつたのは、何といつてもタイピストの部屋であつた。

日本人の給仕が三人ゐるのだが、うち二人は会計部や、門内の樹林のなかの別館を占領してゐる農産部に、それぞれ半ば専属の形になつてゐるので、本館は客の受付から二階の用向き、それに輸入部の雑用まで、西川といふひ弱さうな青年が一人で受持つてゐる。午前中はそれでも何とか捌いてゆくけれど、午後になるともう、いくらベルを押してもいつかな姿は現はさない。そこで、殊に遠慮ぶかいミトローニク氏などは、急ぎの書類は自分でタイピストのところへ持つて行つたりする。ブラウエンベルグ氏は立つのが大儀らしく、気長にベルを押しつづけてゐるが、やがて、待ち切れなくなつてこれもあたふたと出てゆき、やがて息をせいせい云はせながら戻つてくる。十吉は初めのうち用心してゐたが、間もなくそれが機密の文書でないことの見極めがつくと、気軽にその用を勤めるやうになつた。のみならず十吉自身の作る送状の類もあつて、これはどうしてもタイピストの手を通さなければならない。中には附きつきりで急き立てて、その場で打つて貰はなければならないやうな書類もある。殊にメール・デーの午後がさうである。そんなわけで十吉は、いつの間にかその部屋の常連の一人になつてしまつたのである。

タイピストたちは、階下突当りの暗い廊下の奥まつたところにある北向きの洋室に、五六人いつしよに詰め込まれてゐた。採光が悪いので、日中から電灯がつけてある。いくら暑くても吹き抜け風をおそれて廊下の扉をしめ切つてゐるから、一あし踏み込むと若い女の汗と脂粉の饐えた臭ひが、むつと鼻をつき刺す。なんともいへず鋭い酸性の臭ひである。この特有の温気のなかでタイピストたちは、機銃のやうにはじき出される騒音に聴覚をすつかり鈍麻させ、眼ばかり神経質に光らせながら、あるひは萎えしをれ、あるひは却つて毒々しく照り映えて、ひしめき揺らいでゐるのだつた。そこは、外来者の神経をたちまち疲労させるばかりか、中の住み手の若い生命をも目に見えてじりじりと蝕んでゆく、熱帯性の「毒の園」にちがひなかつた。

この女性の園のなかで、寧ろ冷やかな晶質の耀きによつて一きは人目を射るのは、ニーナと呼ばれる若いタイピストであつた。長身の、美しいブロンドの女で、線のよく整つた細おもての端麗な顔だちであるが、その口辺にはいつも何かしら嘲りを帯びた薄笑ひをただよはせてゐる。その口で、細巻の煙草を器用にくはへたまま、傍目もふらず十の指を青蛇のやうにキイの上に躍らせてゐる。おそろしく仕事の早い勝気な女で、時たま何か癇にさはることでもあると、キラリと金属質な声で、

「うるさい!」

と仲間を遠慮なしに極めつけ、その余韻のまだ終らぬ白けた空気のなかへ飛びこんた外来者を面くらはせることもあるが、手を休めてゐる姿を見たことがない。そのくせ人の出入りに一ばん敏感なのもこの女で、十吉などがはいつて行つても、又かといつた表情できつと眉をひそめ、澄みきつた眼から紫水晶のやうな光をはなつて射とほすやうに人を見る。……

それが自分のところへ持つて来た仕事でないことを、こちらの気配で見てとると、注意はすばやく再びキイに吸ひとられてしまふが、こちらがその瞬間を捉へて頷きかけるやうな時には、勢ひあまつて五六字ほども打ち継いでしまふや間髪を容れず、むき出しの両の腕を機械のタブレットへぐいと横倒しにもたせかけ、顎ごと乗り出してくるといつたヂプシー女めいた恰好で、こちらのたどたどしい言葉にさももどかしげに耳を貸す。どうかすると語尾の間違ひなどを、意地わるく一々とがめ立てて、その都度ヒステリックな笑ひ声をたてる。それでゐて、確かに急ぎの書類だと納得がゆくと、彼の手から引つたくるやうに原稿をつまみ上げ、傍の予備の機械へくるりと向き直り、その場でばたばたと片づけてしまふ。……ひどく取つつきの悪い相手だが、呑み込みはいいし、第いち胸のすくやうな早業の持主でもあるしするので、十吉は気ごころが分つてくるにつれて、せつぱ詰まつた場合には大抵このニーナに持ち込むやうになつた。

分つてみれば結句気のいい女で、侠気で出しやばりで機嫌買ひで、そのため損ばかりしてゐるやうな性分なのだ。十吉は次第に、この女の歴史には何か不幸があると、そんな風な気がしはじめてゐた。さういへば、まだ秋口の暑さ盛りだといふのに、早くも黄いろつぽい毛糸の袖無しジャケツを着込んで、汗をかきかき決して脱いだ例しのないのも、いかにもその人らしい感じであつた。

そんな初秋の或る午後、十吉が小幡氏と一緒に事務所を出て、日吉坂の停留所の方へぶらぶら歩いてゆくと、あとからニーナがやつて来て、追ひ抜きざまにニッと愛想笑ひを投げ、そのまま足早やに遠ざかつて行つた。平生から気がつかないではなかつたが、かうして二三十歩を隔てて遠見にながめると、片脚に何か不自由なところのあるらしいのが目につく。その微かに曳くびつこは、きりりとしまつた足どりで蔽ひかくせぬばかりか、腰や肩さきの薄い布地の揺れ方にまで却つてそれが拡大されて、小股のきれあがつた姿全体までがそのため何か刺々と骨ばつてゐるやうな印象を与へる。……

十吉がそれとなしに小幡氏に注意すると、氏は眼をほそめて注視するらしかつたが、やがて、

「さあねえ、いい子だが可哀さうに……まさか鉛毒でもあるまいがねえ……」

と、意外なことを言つた。

「鉛毒!……」

「いやまさか! 冗談だよ。……あの子は政変前には、フィウメあたりでオペラの歌姫をしてゐたさうだからね。一時はブダペストの劇場なんかにも出たことがあるらしい。……ああ見えて、年は相当くつてゐるだらうが……ひよつとすると日本の湿気のせゐで、神経痛でも出たんぢやあるまいかね。」

十吉が、角を曲がつてゆく後姿に気をとられてゐると、小幡氏はくるりとステッキを一振りして、

「あれも政変の犠牲者の一人だ……気性の勝つたいい娘なのに!」

と感慨ぶかさうに独りごち、ふと別のタイピストのことに話題を転じた。

それはソフィヤ・ヴェルホヴェーツカヤといふ老婦人のことであつたが、このひとの前身がダルマチヤの伯爵夫人であることを、この時小幡氏の話から十吉は初めて知つたのである。久しい前から横浜に住みついてゐたのだが、かなり手広く貿易を営んでゐた夫に死別した上に、政変さわぎで本国の財産を失くし、アメリカに留学させてあつた一人息子ともどうした訳か永らく音信不通で、たうとうあの年をしてタイプライターのキイを叩くことになつたのだといふ。

「あの婆さん、老人の気持の分つてくれるのはあんただけだなんて言つてね、よく僕のところに愚痴やら相談やらを持ちかけて来るんだよ。……こつちもピアノのお弟子さんを世話してやつたりなんぞ、できるだけの相談には乗つてゐるけれどね、ただその……あんたなどはアメリカに知人も多いことだらう、領事団や新聞関係にも顔がひろいことだらうから、なんとかその力で草の根をわけても息子の消息を――などと持ち出されるには、いつもながら往生だ。人の親として、その気持は重々わかるけれど、何せアメリカといつても広うござんすのでねえ!」

わざとおどけてぼやかした小幡氏の言葉のあとにつけて、十吉はしみじみとこの老婦人の風貌を心に浮べた。年はもう六十に近いであらう。いつもあの部屋の奥まつたところに、一人はなれて坐つてゐて、いたはるやうな手つきでキイを叩いてゐる。ニーナの気ぜはしい叩きやうとは違つて、調子のととのつた滑らかな打ち方であるが、なるほどさう言はれてみればあの手ぶりには、そのむかしダルマチヤの貴族屋敷の一室、夕闇せまるサロンの窓辺か何かで、ひつそりと独りクラヴサンを弾いてゐるとでもいつた風情が、たしかに何処となく消え残つてゐるやうだ。……十吉が勤めだした当初、言葉の不自由さからあの部屋へ使ひに行つても、ニーナなどに翻弄されてまごまごしてゐたとき、奥のはうから柔和なフランス語ではなし掛けて、彼の窮地を救つてくれたのもこの老婦人であつた。それ以来十吉は、英文の書類が専門のこの人とは直接の交渉はめつたにないながら、視線の合ふごとに必ず目礼することにしてゐる。向ふもそれに対へて、いたはるやうな眼ざしで頷き返すのである。昼の休み時間など、輸入部に人影のない頃あひを見はからつて、小幡氏のデスクに寄り添ふやうにして、絶えずおどおどと後ろに気をくばりながら、何やら小声でしきりに訴へてゐる姿も、一度か二度は見かけたことがあつた。……

「時勢の波といふものは、かなりその……何といふか……無慚なものだねえ。……一人々々に罪があるぢやなし、気の毒とは思ひはするが、かと云つてどうにもなる訳のものぢやない。……だがその一方、何ともいへず爽やかなところもあるね。古い言草かも知れんが、嵐のあとに芽ぐむもの……か、つまり新旧の交替だな。僕はかう見えてまだまだ血の気の多い方だから、さうした新しい世代の出現に、変に危なつかしい感じはしながらも、一種いふに言はれぬ魅力を感じるがねえ。……」

「新しい世代と仰しやつても……実は僕もそいつにいきなりお目にかかるつもりで、覚悟をきめてゐたんですが、一向にまだ現はれてゐないぢやありませんか? ブラウエンベルグ氏にしても、あのユールマン氏にしても……」

「いやいや、まだ君の見聞が狭いのだ。そのうちに霧が霽れてくる。クロワチヤの諺ぢやないが、山は山の前触れなのさ。……見えないところで潮は現にぐんぐん満ちて来てゐるよ。僕には殆どその音が聞える思ひがする。それに、これははつきり断言して置くが、今度の政権はああ見えて決して崩壊も挫折もするもんぢやない。……まあその辺は僕の勘を信じて貰ふんだな。そのうち気の弱い君なんぞは怖気をふるふやうな……」

「鬼でも出ますか?」

「まさか、それほどでもあるまいが。……いや僕も、これでもう二十も若かつたらなあ!」

あとは笑ひにまぎらしてしまつた。

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