Chapter 1 of 1

Chapter 1

型の如く、青竹につるした白張の提灯、紅白の造花の蓮華、紙に貼付けた菓子、雀の巣さながらの藁細工の容物に盛つた野だんご、ピカピカ磨きたてた真鍮の燭台、それから、大きな朱傘をさゝせた、着飾つた坊さん、跣の位牌持ち、柩、――生々しい赤い杉板で造つた四斗樽ほどの棺桶で、頭から白木綿で巻かれ、その上に、小さな印ばかりの天蓋が置かれてある。棺台に載せて、四人して担いだ。――そして、そのあとから、身寄りのもの、念仏衆、村のたれかれ、見物がてらの子守ツ子たちがぞろ/\と続いた。

チン! カン! ボン!

念仏衆の打ちならす小、中、大の鉦の音が静かに、哀しげに、そして、いかにも退屈さうに響いた。行列は、それに調子を合せてでもゐるかのやうに、のろ/\と、哀しげに、そしていかにも怠儀さうに進んだ。

誰もが、唖ででもあるやうに、重苦しく押黙つてゐた。

チン! カン! ボン!

たゞ、鉦の音だけが、間をおいては同じ調子で繰り返へされた。が、小暗い村の小径を離れて、広々とした耕野の道へ出た時、たうとう我慢がしきれなくなつたといつたやうに、誰かが、前の方で叫んだ。

「鉦を、もつとがつとに叩けや。」

と、これも、みんなに寛ぎを勧めでもするやうな、殊更らにおどけた調子で、少し離れたところから、ほかの者が、それにつけ加へた。

「ほんとによ、今度の仏は、大分耳が遠かつたんだから。聞えねえと悪い。」

チーン! カーン! ボーン!

「さうだ、さうだ。もつと、もつと。はゝゝゝ。」

「爺さんな、陰気ツ臭いのが何より嫌えだつて、いつも口癖のやうに云つてゐさしたつけよ。」と、今度は後の方で、誰か女の人が云つた。

「それに八十二だつて云や、年齢に不足はねえんだからの、まあ、目出度え方なんだ。」

「ほんだてば。」

「八十二でゐさしたつて、え?」

「あ、さうだ、と。」

「ほう、それにしちや、まあ、とんだ岩畳なもんだつたの! 仕事ぢや、何をやらしても若いもんと同じこんだつた。」

縛めからでも解かれたやうに、一同は急にくつろいで、陽気に、がやがやとしやべり出した。「やれやれ!」といつたやうに大きな吐息を洩すものさへあつた。

風のない、ぽか/\する上天気である。収穫前の田畑はいづれも豊かに、黄に、褐色に、飴色に色付いてゐた。あたりには、赤とんぼの群がちら/\と飛んでゐた。その或るものは、歩いてゐる青竹に、朱傘に、柩にとまつたりした。

チン! カン! ボン!

「爺さんな、今ごろ、どの辺を歩いて居られることやら?」

突然、真中あたりで、こんなことを云ひ出したものがあつた。と、それが、ちやうど波紋かなどのやうに、順々に前後に拡つて行つた。

「三途の川あたりだらうかなう?」

「なんぼ足が早いつたつて、十万億土つていふから、さうは行かれめえてば。」

「なあに、さうでねえと。瞬きしるかしねえうちに向ふへ行きつくもんだつてこんだ。」

「そんな事だつたら、何で脚絆だ、草鞋だつて穿かせてやることがあらうば。」

「七日七夜の間は、魂が、まだ家のまはりに止つてゐるもんだつてこんだよ。」

「さうだかも知れねえ。」

「どれが当つてゐるか、坊様にお尋ね申してみるが、いつちいゝ。」

話の波が、また中央へ復つて来た。が、頭を青々と剃立てた生若い坊さんは、勿体ぶつた顔にちよいと微笑を浮べただけで何とも答へなかつた。

しかし、そんな事には一向頓着なく、別な新しい話が、もう、別なところで持ち上つてゐた。

「爺さんな、わるくすると、地獄街道をどん/\行つてしまつたかも知れねえてば。」

「なんしてや?」

「極楽の道は人通りがすくねえんで草だらけだつてこんだからなう。」

「呑気もんだから、そんなことに気がつかれめえも知れねえ。」

「さうだてば、真直ぐに、ぶら/\と、いつもの鼻唄かなんかでの。」

「爺さんの鼻唄か、はつはつはつは。」

「ほつほつほ……。」

「ばか云ふもんでねえ。おどけでも地獄へおちるなんて、かわいさうによ。……あゝあ……なむあみだぶつ、なむあみだぶつ。」

「道を間違はつしやらねえやうに、せつせと鉦を叩けや!」

チン! カン! ボン!

「もつと、がつとに!」

チーン! カーン! ボーン!

「だつて、そんな話が出るたんびに、爺さんな、いつも云つてゐさしたつけよ。『極楽なんて真平だ。』つて。『年百年中、蓮のうてなとやらの上に、お行儀よくかしこまつて坐りこんでゐるなんて、俺がやうながさつ者にや、とても勤まるめえ。』つてよ。」

「爺さんの云ひさうなこんだ。」

「そして、云ふことが面白え、『俺、これで大した悪働いてゐねえから、どつちみち、大した苦患に遇ふこともあるめえ。それどころか、地獄にや、ほれ、でつけえ人煮る釜があるつてこんだから、俺がやうな薪割稼業は案外調法がられめえもんでもねえ。』ツてんだ。」

「はゝゝ、そんなら、爺さんな、あの世へ行つてからも、薪割でおつ通さうツて考でゐさしたんだつたか。」

「いや、さう云や、よう割らしたもんだつたなう!」

「ほんにさ、この何十年が間つてもの、村中の薪つて薪、みんな、あの爺さん一人で割らしたんだからなう。」

「それから、柴まるけるんだつて、それから、根つ子掘りだつて、みんな、まるで爺さん一人の受持ちみてえにして頼んでゐたもんでねえか。」

「さう云や、俺、近いうちに、二三日も来て貰えてえと思つてゐたんだのに、思ひがけなく、ころつと逝かしつたんでなう、ほんに、はや!」

「俺がとこでも、根つ子掘りの約束をして置いて呉れさしたんだつたのに、よ。」

チン! カン! ボン!

「なむあみだぶ、なむあみだぶ。」

「いゝお天気で結構なこんだ。」

「今度は珍しく永く続いたもんだ。今日で五日目かの?」

「もう、雨は要らねえ、これから、照つただけが儲けだ。」

「爺さんはいゝ時に死なしたもんだ。」

「これこそ、ほんとに、爺さんの生涯の功徳といふもんだ。藁も薪もから/\に干てゐるから、さぞ、よう燃えさつしやるこつたらうてば。」

「ならうことなら、俺も、こんな日に死にてえもんだ!」

「はゝゝゝ、我家の婆さんが、何を云はつしやることやら。縁起でもねえ、……しかし、婆さんや、お迎が来たら、そんな、あとの心配なんかしねえで、いつでも心持よう行つてくらつしやい、や。どんな風雨の時だつて、俺、お前のこと半焼のまゝになんかして置かねえから、の。」

「さうだとも、さうだとも。」

「みんな、そんな話し、もう止めさつしやい。信じんが何よりだ。後生さへ願つてゐれば、それでいゝんだつてこんだ。……なむあみだぶ、なむあみだぶ。」

少し離れたところで、「あゝあゝ」と大きなあくびをしたものがあつた。と思ふと、また、それより別なところで、「はつはつは」と大笑ひした者があつた。

「おどけ者の與平次爺さんが居なくなつたんで急に村が淋しくなるこんだらう。」

「いつも、馬鹿ばつか云つて、みんなを笑はしてゐさしたつけが、ほんに、あんな頓智のいゝ人つてあつたもんでねえ。」

「さう云や、先だつても、飛んだ可笑なことを云つてゐさしたつけよ。だしぬけに、『死なば今だ。』つて云はつしやるんだ。『どうして、え?』つて訊くと、真面目な顔で、M(村の名)の勇助――ほれ、この春、死んだ歌唄ひさ。――あれが、現今、閻魔の座に直つてゐるからだつてんだ。」

ところ/\で、笑声が起つた。

「それは、また、どうした訳かつて訊くと、」同じ人が、調子づいて続けた。「閻魔の前で、勇助が前の世で歌唄ひを渡世にしてゐましたつていふと、それでは一つ唄つて聞せろつてことになつたんだ相だね。すると勇助の奴、いつもの癖で、ちよいと恐入つたやうに頭を掻いて、その実、大得意で勿体ぶつて、へつへつへつと笑つた相だ。そして、場所柄もわきめえねえつて酷く叱られたつていふね。それでも、勇助が、『なんぼなんでも、裸体では唄へません。』つていふと、それぢやつていふんで、閻魔が自分の着てゐた衣物を脱いで勇助に着せたんだ相だ。ところが、ちやうどそこへ鬼共がどや/\とやつて来て、間違つて、裸体の閻魔を物も云はせねえで引立て行つてしまつたんだ相だ。」

「なあるほど、それで、そのまゝ、あの勇助奴が閻魔様つてわけだね。」

「はゝゝゝ、これは面白えや。」

「何だつて、え?」

「はつはつは。」

「ほつほつほ。」

高笑ひが、行列全体をゆるがした。その為めに、白張の提灯をさげた青竹が傾き、朱傘が揺れ、柩が波打つた。

「それで、爺さんな、勇助と顔馴染だから、悪いやうには取計つてくれめえつてんだよ。それでも、もしかして、先方で白つぱくれてゐやがつたら、『やい、勇助!』つて、地獄中に響きわたるやうな大声で呶鳴つてやるんだつて云つて、自分でも可笑しがつて大笑ひしてゐさしたつけがよ。」

「はゝゝゝ、勇助と與平次爺さんとでは、全く、はや、うめえ取組だ!」

「はつはつは。」「ほつほつほ。」

みんなが長い間笑つた。やつとそれが止んだ時、また、誰かが、

「やい、勇助!」と、亡き人の仮声を使つた。

それで、わけもなく、みんなを、また大笑ひに陥れた。

と、また、別な人が、つゞいて、自分自身笑ひに噎せながら、一層巧みなところを試みた。

「やい、歌唄ひの勇助!……お前がいくら三円の雪駄を穿いてゐるなんて威張つたつて、俺等が唄はしてやらなかつたら、どうもなるもんぢやなかつたらうに。……この恩知らず奴が!……」

「はゝゝゝ。」「ほゝゝゝ。」

「あゝ、もう止めてくれ。後生だから、はゝゝゝ。腹が痛くなつて来た。……あゝ!」

「何だと! 薪割の與平次奴!……はつはつは。……」と、今度は勇助の仮声を使ふものが現はれて来た。一同が、また、新しくどつと笑ひ崩れた。

チン! ボン! カン! カン! チン! チン!

「はゝゝゝ、あゝ、鉦もなも叩かれたもんでねえ。はゝゝゝ。」

それから、また長いこと笑ひが続いた。そして、やつと終つた。ある者は涙を拭き、ある者は横腹を叩き、ある者は咳入つて、隣の人から背中を叩いて貰つたりした。

「あゝ。あゝ。」

あつちでも、こつちでも、笑ひに疲れた後の長い吐息が聞かれた。行列は、いつか識らぬ間に、火葬場に着いてゐるのであつた。

(大正十一年九月)

●図書カード

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