昭和十八年
道のべの延命地蔵古稀の春
一月七日 小石川、護国寺。
片づけて福寿草のみ置かれあり
初夢の唯空白を存したり
寒鯉の一擲したる力かな
一月八日 草樹会。丸之内倶楽部。
寒稽古病める師匠の厳しさよ
一月十五日 大崎会。丸之内倶楽部。
示したる一映像や都鳥
都鳥飛んで一字を画きけり
一月二十日 物芽会。永代橋畔、都川。
猫いまは冬菜畑を歩きをり
一月二十三日 鎌倉俳句会。極楽寺月影ヶ谷、渡利月影邸。
冬空に大樹の梢朽ちてなし
香煙にくすぶつてゐる冬日かな
一月二十五日 玉藻句会。大仏境内、南浦園。
いと低き土塀わたりぬ冬木中
一月二十六日 二百二十日会。築地二丁目、八百善。
大仏の境内梅に遠会釈
二月二十一日 古稀祝を兼ね家庭俳句会。鎌倉、南浦園。
宿の梅あるじと共に老いにけり
二月二十二日 七十回誕生日に子供等集る。
家々の軒端の梅を見つつ行く
二月二十八日 鎌倉要山、香風園。古稀祝二百二十日会女連。
春蘭を掘り提げもちて高嶺の日
三月五日 景山筍吉招宴。霞ヶ関茶寮。
日をのせて浪たゆたへり海苔の海
三月九日 「玉藻五句集(第七十三回)」
春の水梭を出でたる如くなり
三月二十一日 大阪西区江戸堀、浜田止宿。立子、浜子と共に。「鹿笛」吟行、京都桂に行く。
長谷寺に法鼓轟く彼岸かな
花の寺末寺一念三千寺
御胸に春の塵とや申すべき
三月二十二日 阿波野青畝、藤岡玉骨其の他と共に長谷寺吟行。
ハンドバツク寄せ集めあり春の芝
三月二十三日 関西夏草会。宝塚ホテル。
麗かにふるさと人と打ちまじり
ふるさとに防風摘みにと来し吾ぞ
砂浜を斯く行く防風摘みながら
三月二十九日 在松山。風早の西ノ下に赴く。豊田、猪野等に迎へられ猪野宅招宴。
紅梅に薄紅梅の色重ね
四月二日 家庭俳句会。日比谷公園。
見るところ花はなけれどよき住居
四月九日 草樹会。丸之内倶楽部。
今日ここの花の盛りを記憶せよ
一様に岸辺の柳吹き靡き
四月十日 ホトトギス同人、虚子古稀祝賀会。不忍弁天生池院。池ノ端、雨月荘。
芝焼いて旧居のままのたゝずまひ
四月十一日 水竹居追善句会。深沢、赤星邸。
沈丁の香の石階に佇みぬ
四月十二日 笹鳴会。お茶ノ水、日本出版文化倶楽部。
謡会すすむにつれて夕桜
暮れければ灯を向けぬ家桜
四月十二日 望月龍、林周平招宴。木挽町、灘万。
藁さがるけふは二筋雀の巣
四月十六日 大崎会。お茶の水、日本出版文化倶楽部。
法外の朝寝もするやよくも降る
一蝶の舞ひ現れて雨あがる
四月十九日 横浜キリスト教青年会俳句会。
外套を脱げば走り来持ちくれぬ
四月二十日 浅草探勝会。千住青物市場、為成菖蒲園居。
手にうけて開け見て落花なかりけり
四月二十一日 物芽会。上野公園、東華亭。
寵愛の仔猫の鈴の鳴り通し
スリツパを越えかねてゐる仔猫かな
四月二十二日 丸之内倶楽部俳句会。
息子住む田舎家に来て春惜む
行き過ぎて顧みすれば花しどみ
四月二十四日 九羊会兼調布俳句会。武蔵調布、友次郎宅。
尾は蛇の如く動きて春の猫
四月二十五日 冬扇会。小石川植物園御殿。
朧とは今日の隅田の月のこと
脇息に手を置き春を惜みけり
四月二十六日 満洲俳人会。柳橋、深川亭。
藤房の垂れて小暗き産屋かな
君とわれ惜春の情なしとせず
ふたりづつ/\行く春の塵
五月二日 金沢あらうみ海会員大挙上京。上野韻松亭。池之端、雨月荘。
著倒れの京の祭を見に来り
五月九日 つるばみ会。鴨東、美濃幸。
薄暑はや日蔭うれしき屋形船
藤蔓の船の屋根摺る音なりし
五月十日 関西同人会並に文報会員。嵐山、花の家。
いかなごにまづ箸おろし母恋し
五月十二日 紀州和歌浦、望海楼。春泥招宴。
素袷の心にはなり得ざりしや
五月二十一日 自殺せる若柳敏三郎を悼む。
簡単に新茶おくると便りかな
生きてゐるしるしに新茶おくるとか
六月十七日 「玉藻五句集(第七十六回)」
隣り合ふ実梅の如くありし事
七月二日 伊藤葦天来りて『紅緑句集』に題句を徴す。
顧みる七十年の夏木立
草刈の顔は脚絆に埋もれて
七月十日 句謡会。鎌倉要山、香風園。
いつの間に世に無き人ぞ梅雨寒し
七月二十一日 五月二十五日大西一外逝去せし由、此日報あり。
そこにある団扇をとりて寛ろぎぬ
汗をかくかかぬなんどの物語
昼の蚊の静かに来にし雅会かな
吹き上げて廊下あらはや夏暖簾
七月二十五日 芝公園、浪花屋、下山霜山招宴。
立秋の雲の動きのなつかしき
八月八日 鎌倉八幡宮実朝祭献句。
悠久を思ひ銀河を仰ぐべし
八月九日 伊藤柏翠来り、小田中久二雄、菅波康平共に重態の由を語る。句を作りて柏翠に托す。
温泉の客の皆夕立を眺めをり
人走る滝見戻りの俄か雨
家二三ある山蔭に滝ありと
八月十二日 句謡会。箱根湯本、清光園。
自転車に花や線香や墓参り
大いなる蚊が出て喰ふ早雲寺
幾本の蝉の大樹や早雲寺
八月十三日 箱根、早雲寺。
日出でて葉末の露の皆動く
雲間より稲妻の尾の現れぬ
八月十五日より十八日に至る 山中湖畔。新蕎麦俳句会。
秋風や顧みずして相別る
八月十五日より十八日に至る 山中湖畔。藤崎雀荘寉田を訪ふ。
秋雨を衝いて人来る山の庵
萩芒おほかた閉ぢし山の庵
萩叢の中に傘干す山の庵
八月十五日より十八日に至る 山中湖畔。山廬。
選集を選みしよりの山の秋
八月二十九日 吉田俳人七、八人来る。
狼藉や芙蓉を折るは女の子
芙蓉花の折り取られゆく花あはれ
九月三日 家庭俳句会。日比谷公園、丸之内倶楽部別室。
滝の威に恐れて永くとどまらず
九月七日 「玉藻五句集(第七十七回)」
凄かりし月の団蔵七代目
九月十日 成田の額堂に七代目団十郎の石像があつたが、久しく鼻が欠けたままになつてゐた(今は修覆されてゐるが)。七代目団蔵がこれを嘆き、六代目団蔵の像と共に別に銅像を建立した。今度襲名した八代目団蔵は、七代目団蔵追善供養の為め、其後撤去した銅像の残された台石の上に句碑を立てることにした。
よべの月よかりしけふの残暑かな
九月十三日 笹鳴会。駿河台、日本出版文化倶楽部。
月を待つ人皆ゆるく歩きをり
九月十五日 観月句会。鎌倉山ノ内、東慶寺。
歌膝を組み直しけり虫の宿
九月十六日 物芽会。芝琴平町、松韻社。
過ちは過ちとして爽やかに
爽やかにあれば耳さへ明らかに
栓ひねり水爽やかに迸り
人々の皆爽やかに頼母しき
九月十七日 大崎会。駿河台、日本出版文化倶楽部。
交りは薄くも濃くも月と雲
九月十八日 十七日夜七時十二分、永田青嵐逝く。
いつまでも用ある秋の渋団扇
九月二十日 銀座探勝会。永田町、真下宅。
夕立来て右往左往や仲の町
ここはしも山口巴秋簾
九月二十一日 浅草探勝会。吉原引手茶屋山口巴。
いつの間に壁にかかりし帚草
取りもせぬ糸瓜垂らして書屋かな
白萩の殊に汚なくなりやすく
九月二十三日 丸ノ内倶楽部俳句会。
鶏頭のうしろまでよく掃かれあり
九月二十五日 「玉藻五句集(第七十九回)」
爽やかに屈托といふもの無しに
爽やかに皆面上げて真つ直ぐに
九月二十六日 鹿郎祝賀会。白山招宴。上野伊香保。
おはん居の屏風開に招かれし
九月二十七日 おはん居。
木犀の香は秋の蚊を近づけず
十月二日 句謡会。鎌倉要山、香風園。
北嵯峨の祭の人出見に行かん
十月六日 草樹会。丸之内倶楽部別室。
秋晴の少し曇りしかと思ふ
天高し雲行く方に我も行く
十月十三日 日比谷公園、松本楼。
白雲の餅の如しや秋の天
あの雲の昃り来るべし秋の晴
十月十四日 七宝会。小石川後楽園、涵徳亭。
椿の葉最も揺れて小鳥居る
秋の灯をともさんとして手をやりぬ
十月十八日 銀座探勝会。昭和通り、八重洲園。
マスクして早や彼ありぬ柳散る
十月十九日 浅草探勝会。公園茶店、宮戸川。
渡り鳥堤の藪を木伝ひて
十月二十日 「玉藻五句集(第八十回)」
門の内掛稲ありて写真撮る
句碑を見て溝蕎麦の逕左へと
秋晴の奇北高臥のところ是れ
十月二十一日 埼玉県須賀村に川島奇北の病を訪ひ、不動岡、迷子居の「桜草」同人句会に列す。
一塵を見つけし空や秋の晴
末枯の原をちこちの水たまり
気安しや末枯草に且憩ひ
十月二十二日 鎌倉俳句会。笹目ヶ谷、星野宅。
枯蓮の水を犬飲むおびえつゝ
稲架遠く連り隠れ森のかげ
十月二十四日 鶴ヶ岡八幡宮社務所。
茶屋に居て下なる茶屋の屋根落葉
十月二十五日 玉藻句会。王子名主の滝。
礎の下の豆菊這ひ出でて
崩簗水徒らに激しをり
十月二十八日 丸之内倶楽部俳句会。
秋晴や諸手重ねて打ち翳し
十一月二日 銀座探勝会。実業ビル六階。
初時雨その時世塵無かりけり
十一月七日 句謡会。鎌倉要山、香風園。
両脚を伝ひて寒さ這ひ上る
十一月九日 二百二十日会。木挽町、田中家。
枯園を見つつありしが障子しめ
十一月十日 即事。
遠足の列くねり行く大枯木
十一月十一日 七宝会。上野花山亭。
一門の睦み集ひて桃青忌
切干もあらば供へよ翁の忌
紅葉せるこの大木の男振り
十一月十二日 吉右衛門一座、「嵯峨日記」を上演するにつき、芭蕉二百五十年忌追善会を上野清水寺客殿に催す。吉右衛門主催。
川下の娘の家を訪ふ春の水
十一月十五日 越前三国、愛子居。
滝風は木々の落葉を近寄せず
廻廊を登るにつれて時雨冷え
木々紅葉せねばやまざる御法かな
今も尚承陽殿に紅葉見る
十一月十六日 越前永平寺。
川にそひ行くまま草の枯るるまま
十一月十七日 金沢市逍遥。
北国のしぐるる汽車の混み合ひて
温泉に入りて暫しあたたか紅葉冷え
不思議やな汝れが踊れば吾が泣く
十一月十八日 山中、吉野屋に一泊。愛子の母われを慰めんと謡ひ踊り愛子も亦踊る。
無名庵に冬籠せし心はも
湖の寒さを知りぬ翁の忌
十一月二十一日 大津義仲寺無名庵に於ける芭蕉忌法要。膳所小学校に於ける俳句大会。
後苑の菊の乱れを愛しつゝ
十一月二十二日 京都鹿ヶ谷。ミユーラー初子邸。
ここに来てまみえし思ひ翁の忌
笠置路に俤描く桃青忌
焚火するわれも紅葉を一ト握り
掛稲の伊賀の盆地を一目の居
十一月二十三日 伊賀上野、友忠旅館。愛染院に於ける芭蕉忌。菊山九園居。
四五日は冬籠せん旅がへり
冬籠その日早くも人の訃を
十一月二十四日 帰宅。
四目垣内外の菊の乱れかな
十一月二十六日 鎌倉俳句会。極楽寺。
冬空を見ず衆生を視大仏
枯松の姿を惜み合へるかな
君を送り紅葉がくれに逍遥す
十一月二十八日 爽波送別。杞陽招宴。鎌倉大仏、南浦園。
話しつつ行き過ぎ戻る梅の門
十一月二十九日 玉藻句会。市川、佐川雨人居。
ただ中にある思ひなり冬日和
十二月三日 家庭俳句会。日比谷公園、丸之内倶楽部。
落葉吹く風に帚をとどめ見る
十二月四日 句謡会。鎌倉要山、香風園。
枯草に犬尾を垂れてものを嗅ぎ
菜を負ひて帰りをりしが子罵る
十二月五日 浅野白山還暦祝賀会。鶯谷、しほ原。
ほそぼそと残菊のあり愛しけり
十二月九日 七宝会。虚子古稀祝賀。
障子しめ自恃庵とぞ号しける
十二月十日 草樹会。丸之内倶楽部別室。
風邪引に又夕方の来りけり
十二月十一日 偶成。
人を見る目細く日向ぼこりかな
十二月十二日 横浜キリスト教青年会俳句会。
炭を挽く静かな音にありにけり
十二月十四日 二百二十日会。清三郎招宴。築地、藍亭。
天気やゝおちたるかとも冬日和
十二月十五日 物芽会。上野公園、東華亭。
振り向かず返事もせずにおでん食ふ
干笊の動いてゐるは三十三才
十二月十七日 大崎会。日本橋区三丁目、小島方。
うかとして何か見てをり年の暮
十二月二十日 銀座探勝会。築地河岸、朝日倶楽部。
枯木皆憐れみ合ひて立ちにけり
十二月二十二日 花鳥会。築地、田中家。
甘藷焼けてゐる藁の火の美しく
枯菊に尚ほ或物をとどめずや
起き直り起き直らんと菊枯るる
十二月二十四日 鎌倉俳句会。片瀬、仙石隆子邸。
川の面にこころ遊びて都鳥
十二月二十七日 玉藻句会。永代橋畔、都川。