四
『向う側に行つて見ますか?』
川に添つた公署で休憩してゐた時、かうIさんが言ひました。
『さうですな。厄介ぢやないんですか?』
私が言ひますと、
『ちつとも……。ねえ、君』向うに椅子に腰かけてゐる若い公署長心得の方を向いて、『舟はいくらもあるね?』
『あるとも……すぐ支度させます』ちよつとそこにゐた役員に目配せしましたが、その役員の立つて行くのを見送つてから、
『でも、行つても別に面白いこともないでせうけども……』
『でも、まだいくらかゐるにはゐるだらう?』
『避難民かね?』
若い公署長心得はIさんの方を見ました。すぐ言葉をついで、
『もう、大分ゐなくなつたね。もう沢山はゐないよ』
『でも、Tさんなんか御覧になつて置く方が好う御座んすよ。……何かの参考になるかも知れない』Iさんはかう言つて私の方を見ました。
舟の用意は手間を取りませんでした。そのまゝ私達は川の岸へと下りて行きました。そこには舟はあつたにはあつたが、何んな舟があつたと思ふ。あのアイヌのカノオを思ひ出させるやうな舟。細くつて長い/\舟。おとなしく真中に蹲踞つてゐないとすぐひつくり返りはしないかと思はれるやうな舟。そればかりではありません。或は丁度その時が舟が多く入つて来てゐない時なので、それでさう思はれたのかも知れませんが、段々漕ぎ出して行つて見ると、全く原始的な感じで、舟もなければ筏もなく、唯、岸に連つた人家の影がさびしく水の面に落ちてゐるといふだけでした。それに、川も静かに/\流れて、ともすれば、何方が上流だか下流だかわからなくなるくらゐです。それに、深いところもごくわづかで、一町ほども向うに近くと、もう浅い洲がところ/″\に出来てゐて、をり/\舟がそれにつかへるといふ始末です。
『ほ、成ほど、ロシア人がゐるね?』
『あれが避難民だね?』
『女なんかもゐるぢやないか』
やがてかういふ言葉が私達の口に上りました。岸には午後の日の当つた疎らな林がをり/\バラツクを点綴させて連つてゐました。藪だの萱原だのが次第にはつきりして来ました。