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しかしかういふことは考へて見なければならなかつた。若い人達は人生においてまだ大した重荷は負つてゐないが、それに引かへて中年になつた作家達は、家庭の重荷を負はされた上に、長い間やつて来たために疲れて、場合によつては、金を取るためにのみ書かなければならないやうなはめにおかれて、いつかその内部に芸術的活動のやんでしまつてゐるのをそのまゝにしておくやうなことがないではなかつた。勿論、それはわるい。いくら疲れたといつても、それは申訳にはならない。しかしその背負ひきれない人生の重荷を負ひ、疲労と戦ひ、倦怠と戦つて、孤往独邁して行くといふ境涯は、中年の作家でなければ味ふことの出来ないもので、若い人達に取つては、想像だに許されない境涯であるといつて差支ないのである。だから、中年作家が振はないといつたところで、簡単にそれを片づけてしまふことは出来ない。兎に角に彼等はその人生の重苦しい潮の中に漂つてゐるのである。本当の荒波の中に浮きつ沈みつしてゐるのである。少くともこれから人生の海の中に飛込まうとしてゐる若い人達とは、その心持において、感じにおいて、気分において全く違つてゐるのである。これは考へて見なければならない。だから、気のぬけたやうな作が二三あつたにしても、新進作家にも劣るやうな作を書いたにしても、単にさういふことだけで若い人達と比較することは出来ないやうなところがあるのであつた。何故といふのに、中年の作家もまた燃え出して来ることがあるに相違ないから。否、燃え出して来たあかつきには、若い作家達とは全く違つたすぐれたものを書くであらうから……。
岡田三郎の『一九二〇年時代』は立体派を以て自ら任じてゐるものださうだが、どうも少し感じが稀薄でないかといふやうな気がした。たとへ、形式はどんな形に変つてゐても、その中に隠された暗示とか感じとか気分とかいふものが何等かの形でもつとはつきりあらはれて来てゐなければならなかつた。何故なら、芸術は作者の内部に燃え立つて来た活動でなければならないから。立体派とか表現派とか言つても、皆その作者の内部に燃え上つた芸術的表現であらねばならないから……。無論私はつまらないものとは思はなかつたけれど、もう少し印象的であつても好くはないかと思つた。私はタイロフの解放された演劇などといふことをも胸に浮べて見た。
戸川貞雄の『遠雷』は後半がちよつと好いが、あの妾の出し方なども旨いとは思つたが、それよりももつと大切なことは、この作者がもう少し自由に、もう少し大胆に、その持つた型を打ち壊してしまふことではないかと思つた。『一九二〇年時代』では余りに先きに走り過ぎはしないかといふやうな気がしたが、この作では取残されたやうな一種のさびしさを私は感じた。どんなになつたつて構はぬ。どんなに不味いといはれたつて構はぬ。ひとつ大に違つたものを書いて見やう。かういふ心持になつてもらひたいものだと私は思つた。つまり私はもつと内部の芸術的活動に富んだものを欲しいのである。
「演芸新潮」では菊池寛の『浦の苫屋』を読んだ。無論、さう大したものではなかつた。しかし、エノツク・アヽデンや、モウパツサンの小話や、さういふものと同じに見せかけておいて、それをあの結末のところでひつくり返した形は、遉はこの作者だと思つた。この作者はああいふところが旨いのだ。また一方からいつて、ああいふところが即ち戯曲などを書くもののコツではないかといふ気がした。
もつと若い人達のものを読んで見たいと思つて、「新小説」に出てゐる川端康成の『かがり火』と金子洋文の『狼』とを読んだ。両方とも多少の面白さを持つてゐたけれども、もう少しどうかならないかと思つた。
『狼』の作者はいくらか傾向のある作者だといふことは耳にしてゐたが、これを読んだだけでは、それほどとは思へなかつた。空想としては、またセオリイとしては、突詰ても考へて居るし、さういふ方向に強ひて自己をむちうつて進めてもゐるけれども、どれだけ本当に実際に当つて痛感してゐるかといふことは疑問であらねばならなかつた。否、すくなくともさうした幻影はまだこれから先何遍も破壊されるであらうと思はれた。ことに『狼』の中に書いてある男女の争闘心理は、あれはまだ極めて初心ではないかと思つた。初心であるがために、ああいふ形に出て行つたのではないか。男女の争闘といふものはああした叙述的なものでなくて、もつとピリピリしたものではないか。説明すればすぐその気分がそこからにげて行つてしまふやうなものではないか。お互に黙つて歯を食ひしばつてゐて、そしてお互に肉体的に精神的にひとつになることを覘つてゐるやうなものではないか。争闘は争闘でも、男同士の争闘、女同士の争闘とは、全くその種類を異にしてゐるのではないか。かう私は思つた。しかし、この作にもさういふところはいくらかあるにはある。あの背中を向けてゐた男が他愛なく女の手にまかれてしまふあたりなどがそれである。あそこいらはいい。しかし、その説明することの出来ない気分、それを表はすことがむづかしいので、作者はわるく色を濃く塗つてゐる。誇張してゐる。ケバケバしいものにしてゐる。結果として、女の言葉などまで、いひさうもないことをいはせてある。微妙な心持や気分をあらはすことの出来ないために、最初にはまつて行つた誇張から更につぎの誇張へと走つて行つてゐる。そしてその度毎にその『自然らしさ』を失つてしまつてゐる。
『かがり火』は『狼』とは正反対だ。しかし『狼』よりいいともいへなかつた。私はそこに若い感情の柔かに展げられたのを見た。『狼』のやうな暗い男女の争闘の代りに、初心な、おぼこな恋の事件のゑがかれてあるのを見た。『狼』では、苦虫をかみ潰したやうな作者を見たが、ここでは無邪気な、余りにいい気になり過ぎた作者を見た。ひとつは毒々しい赤いカンナの花、ひとつは田舎娘に似たモモの花を私は思ひ浮べた。
これに引きかへて、田中純の『老牧師』は、モウパツサンの深いところは取らずに、その通俗なところだけ取つたといふやうな感じのする作だつた。まとまつてはゐるけれども、それは中年の作者達に常に見るまとめ方で、そこからは何等の新らしさをも輝かしさをも見出すことが出来なかつた。『狼』『かがり火』『木枯の日』『鼻眼鏡』などといふ作は、それは欠点はあるにしても、何処かに新しい、まだ型にはまらない、そこから何かすぐれたものが生れ出して来さうな感じが味ははれるけれども、『窮鳥』や『義母』や『雪解の流れ』や『皮肉の報酬』や『金』や、またはこの作からなどは、いくらうまくつても、いくらまとまつてゐても、別に大して変つたものが生れ出して来やうとは思へなかつた。それは何故だらう? それは前にもいつたが、難きを避けて易きにつき、芸術的の緊張を内部に欠き、馴れた手法で非難の少ないもののみをつくり、一刻といへども活動しなければならないはずの芸術家が、一ところに停滞して、丸で食もたれのやうな形になつてゐるためではないか。中年作家の奮励を望まずにはゐられない。
「文芸と宗教」に出てゐる山崎※の『おせいの上京』は達者ではあるが、またその素質においては濁りはないと思ふが、ややあつけないといふ気がした。もう一節も二節もあつて然るべきものだと思つた。それに、一体かういふ書き方は、もつと濃淡の影をつけたり、事件の面白味を加へたりしなければ、全体の感じが引立つて来ないのではないかしら? 私の好みからいへば、前にいつた若い作家達のものなどよりも、技巧的には無論すぐれてゐるとは思ふけれども、しかもその作者の内部の芸術的感興においては、あまり活動してゐるとは思へなかつた。
木村毅の『郊外の家』は小説といふべきほどのものではなかつた。しかし、家の周囲に来る小鳥だのリスだの尾長鳥だの蛇だのを書いたあたりは、ちよつと私にある興味を持たせた。無邪気な作者もよかつた。
長田秀雄の『塹壕の内』はちよつとした一幕物だ。結末の中隊長の言葉が、もつと強く出て来れば、一種のある深い意味を着けて来たかも知れなかつたが、これでは中隊長の部下に対する愛憎――更にいひ換れば、人間の集合の中に必然にかもされて来る愛憎をゑがいたものとしか思へなかつた。従つて舞台が塹壕の中の必死な場合であるに拘はらず、小さくしきられた感じしかそこから受取ることが出来なかつた。
私の机の周囲に置かれてあつた雑誌は、これであら方批評し尽したが、しかも私はこれだけでは満足が出来なかつた。今月は書かなかつた人のものについても、もう少しいつて見なければ折角批評しても本当に文壇を評したとは言へないやうな気がした。久保田、芥川、里見、佐藤、室生などといふ作者については、殊にもう少し何かいつて見たかつた。しかしこれは月評だ。あまり先月や先々月のものを批評するのもおかしなものだ。否、現に、二三やつても見たが、何うも本当のことがいへないので作者にも気の毒な感じがした。だから、ここでは、これで満足して、少しばかり今の文壇についていつて見たいと思ふ。
私の考では今の文壇は、余りに技巧的になり過ぎてはゐないか。第一義的でなくて、第二義的第三義的になりつつありはしないか。面白いといふことを中心にしてはゐないか。否、中心にしないまでにも、無意識にさういふ風になりつつありはしないか。社会運動などを社会的と誤解して通俗小説が好いなどと思つてはしないか。一体技巧的になるといふことは、労れたことだ。本当に内部の芸術的活動が盛んであれば、ひとり手に技巧が伴つて来るのはあたり前のことである。技巧はいふをまたないことといつて好いのである。だから作者としては、本当に感ずる。本当に第一義的にこの人生と人間とに触れる。第一義的に社会の欠陥にも触れる。そして内部の芸術的活動を盛んにする。かういふ意志が先づ一番先きに動いて行かなければならないはずである。そしてその次に至つて初めて好いものを書かう、すぐれたものを書かうといふ作者的要求が起つて来なければならない筈である。ところが、意志の発達の盛んな時には、さういふことは元より当然で、別に疑ひを持つてゐず、ドシドシ刹那的に、また燃焼的に新陳代謝して行つてゐるけれども、少しでもその体と心とが衰へて来れば、眼に見えて技巧的にか低徊的にかなつて来るのはまことに止むを得ないことである。
だから技巧的になるといふことは好いことではない。また、面白いものを書かうと思ふことも好いことではない。作者の頭は常に活溌々地で、何んなものでも、すぐひびいて来るやうでなければいけない。それから長く停滞してゐる形が好くない。
大抵の作者は一段階をつくるまでは努力奮闘するが、一度そこに達すると、誰でもほつと呼吸をつくものである。いや、ほつと息をつくぐらゐなら好いけれども、大抵はそこらでえらくなつて停滞する。そして今まで骨を折つてつくつて来た作なり作の心持なりに愛着する。それがいけない。つまりそれが張詰てゐない証拠である。もつと努力が旺んで内部の芸術的活動が盛んであれば、完成したものとして、振返つても見ずに、すぐ先きの活動に移つて行くはずである。自分でつくつたものがよく出来たとか、この刻り方が旨いとか、このしわやひだの刻み方が細かいとか、また他の書いたものが拙いとか、うまいとか、なつてゐるとかゐないとかいつて低徊してゐるやうなことはないはずである。否、もう一度いひ換へれば、この人生や宇宙が片時も活動をやめてゐないと同じやうに絶えず活躍をつづけて行かなければならないはずである。それが作者達の第一義的生命である。
従つて文壇的意識――自己の文壇に於ける位置とか、自己の文壇に於ける勢力とか、自己が折角奮闘してつくり上げた傾向とか、さういふものにこだはつて来るといふことは、その作者の内部の低徊的に技巧的に立つて来た第一歩で、そこから内部の活動が次第に鈍つて行くのである。中年の作者が振はないのなども、ひとつは前に言つたやうに生活の重荷から、ひとつはさういふ形からやはり孕まれて来てはゐはしないかと私は思ふ。
それからもう一歩進むと、かういふことが言へる。内部の活動が刹那的、燃焼的であれば、一方は大きな自然にもそのまま肉迫して行くことが出来ると共に、一方では社会の欠陥、社会の堕落といふことにも、人一倍敏感的になつて行つて、本能的にそれに触れて行くことが出来るやうになる。従つて自然的作家であると共に、社会的作家であることが出来る。しかしこの境は非常にむづかしい。大抵な人は、これを一緒にせずに、離れ/″\に見てしまふ。現に、ある人にいはせると、心境的といふこと、自然的といふことは、それは静止的なもので、それにこだはつてゐては、とても活溌々地に心を動かして行くことが出来ないといつてゐるけれども、それは見方が小さいので、棒を空中に廻した円のその円端の動くのだけを見て、その円の中心から動いてゐるのを見ないやうなものである。自然はひとところに停滞してゐるやうに見えてゐても、実は矢張すさまじい力を持つて絶えずこの空間に回転してゐるのである。