Chapter 1 of 7
一
J. K. Huys Mans あたりで、フランスの新らしい文章は一変したと言はれてゐる。文体、文章などゝ言ふものは、十年の間にはいつ変るともなく変つて行くものださうだが、実際さうだと私は思つてゐる。で、私はその意味でも Huys Mans の文章を面白いと思つてゐる。
Huys Mans の文章はゾラの系統をひいてゐる。それはその出立点が其処から出発したからである。此人も矢張ルーアンの大家の書斎にはよく出かけて行つた人だが、それよりも却つてゾラの感化を受けたといふやうなところが多い。洗煉したと言ふよりも、むしろ達者で、そして細かく入つて行くといふ趣がある。ゾラがモウパッサンよりもこの人の方が豪いなどゝ言つたのも無理はないと思ふ。
Huys Mans の描法は内面にかなり深く入つてゐる。人間の心理を描く時に、会話のやうにクォテイシヨンをつかつて、そしていくらでも長く続けてゐる。紅葉の『多情多恨』の長い会話や長い独語などに似たやうなやり方をしてゐる。
それに描き方が、ある人には煩瑣にすぎると思はれるやうな細かい描写をやつてゐる。一分間の独想を二頁も三頁も書いてゐるところがある。モウパツサンの気の利いた短かい巧みなあらはし方などゝは丸で違つてゐる。その代り文字の末に捉はれないやうな長所があつて、技巧でない生気が全篇に漲つてゐるといつて好い。