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村の吸血鬼
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村の吸血鬼
チェスタートンギルバート・キース
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Nguyên bản Public Domain
Chapter 2 of 4

2

医者は車窓を流れて行く風景に顔をしかめていた。それからいつそうぶつきらぼうに言つた――

「わたしが村へ帰るのにあなたの助けをお願いしたのは、死体発掘が行われることになつているからです。毒殺の疑いがひじように濃厚なのです」

「ヤア、着きましたわい」とブラウン神父は上きげんで言つた。「どうやらあなたのお考えでは、そのきのどくな男を毒殺した疑いがふりかかるのはどうしても家事の勤めをしていた細君だというのでしような」

「フム、この村であの男と特別の関係があつた者はほかに一人もいなかつたらしいんです」マルボロは、列車から降りながら、答えた。「少なくとも一人だけ彼の昔の相棒で、役者くずれの変てこな男がうろついています。しかし警察や土地の弁護士は、そいつは頭のおかしいおせつかいだと思いこんでいるようです……昔自分の敵だつた或る役者――たしかにマルトラバースとは違う男――との喧嘩について固定観念にとりつかれている男です。まあ何かとりとめのない偶然事件で、たしかに毒殺の問題とは何の関係もありますまい」

ブラウン神父は話をすつかり聞いてしまつた。しかしこの人には、話の中の登場人物がわかるまで話というものはわかるものでないことが、わかつていた。ブラウンは翌日から二三日をつぶして、あれこれと礼儀正しい口実を作つて、この劇の主演者を訪ねてまわつた。最初の神秘的な未亡人との会見は短いが明るいものだつた。その会見からは少なくとも二つの事実がつかめた――一つはマルトラバース夫人はこういうビクトリア時代そつくりの村では、皮肉だと言われそうな調子で話すことがときどきあるということ……それから第二に、たいていの女優と同じに、彼女もたまたまブラウンの宗派に属していたということであつた。

ブラウンはこの宗派のことだけで当の犯罪についての彼女の身の潔白を推論するほど非論理的ではなかつた(またそれほどの異端者でもなかつた)。自分の古い宗派だつて幾人か著名の毒殺者がいたのを自慢できることをよく承知していた。しかしブラウンには、こういう場合の、或る程度の精神的自由とカトリックとの関係が苦もなくのみこめた……なにしろそういう自由は、清教徒の連中には放縦だと言われるだろうし、こうした旧式な英国のせまい教区ではたしかに四海同胞主義だと思われそうであつた。ともかく、彼女が善悪いずれにしても大いに問題にされそうだということはブラウンも確信した。彼女のとび色の目はいまにも戦おうとするほど勇敢だつたし、情の深そうなかなり大きい、謎のような口元は、彼女が牧師の詩人息子を動かした目的は、何であろうと、かなり根深いものだということを物語つていた。

牧師の詩人息子自身は、村の大へんな醜聞の最中に青獅子亭の表のベンチで会見してみると、まつたくのすね者だという印象を受けた。サミュエル・ホーナー師の息子ハレル・ホーナーは薄ねずみ色の服を着た肩幅の広い青年で、薄緑色のネクタイに多少芸術家的気分を見せていたが、そのほかは主としてたてがみのような金褐色の髪の毛と絶えずにがい顔をしているのが目についた。しかしブラウン神父は、一言もいわないと拒絶した相手にその理由をかなり長々と説明させてしまうコツを心得ていて、それをこの男にも用いた。この村でごくふつうになつている醜聞あさりについて、青年は思うままに罵倒しはじめた。自分のちよつとした醜聞あさりまでつけくわえた。清教徒のカーステアーズ・キャルー嬢と弁護士カーバー氏とのあいだの昔の浮気話らしい話をにがにがしげにほのめかしたのである。その法律家がむりにマルトラバース夫人と近づきになろうとしたのを非難したりさえした。しかし自分の父親の話になると、親に対する辛竦な礼儀か敬意からか、それとも口がきけないほど深い怒りのためか、二言三言かみつくように言つただけであつた。

「フム、そうなんですよ。父は彼女を、白粉を塗つた男たらしだ、にせ金髪の酒場女だと言つて、朝に晩に攻撃するんです。ぼくは、そんな人じやないと、言つてやります……あなたはご自分でお会いになつたので、そんな人じやないのはおわかりでしよう。ですが父は会おうともしないんです。通りがかりのところさえ見ようとしないし、窓からのぞいて見ようともしないんです。女優なんていうものは父の家をけがし、父の神聖な存在さえけがすんでしようよ。それでもし清教徒的だと言われるようなら、おれは大喜びで清教徒になると言うんですよ」

「あなたのお父さまは、たとえどんな意見にしても、ご自分の意見を尊重される資格があります……お父さまのご意見はわし自身にはよくのみこめませんけどな。したがいくらお父さまでも、自分が会つたこともない婦人について独断的な文句をならべて、その上顔を見ることさえ拒絶する資格がないのは、わしも認めます。それでは理屈に合いません」

「それが父の大へんかたくなな所です。ほんのちよつとでも会おうとしないんです。もちろん、父はぼくのそのほかの演劇趣味にも同じようにどなりつけますがね」

ブラウン神父はこの新しい手がかりを手早くたどつて、知りたいと思うことを大分きき出した。この青年の性格上一つの汚点だと見られていた詩は、ほとんどまつたく劇詩ばかりであつた。韻文でいくつかの悲劇を書いていて、それは立派な目のある人たちに賞賛されていた。彼はただの芝居気違いのバカではなかつた……実際どこからみてもバカではなかつた。シエクスピア劇の演技については、ほんとうに独創的なアイデアを持つていた。彼がお屋敷であのすばらしいレデイを見つけて、呆然として歓喜した気持はよくわかることであつた。そして坊さんの知的な同情だけでもこのポタス・ポンドの反逆児の胸をよほどやわらげたとみえて、別れるとき彼はほんとに微笑してみせた。

青年が実はみじめな気持でいることがふいにブラウン神父にはつきりわかつたのは、その微笑であつた。顔をしかめているあいだは、それはなるほどただのすね者なのかもしれなかつた。しかし彼が微笑したときは、それはともかく心の底の悲しみをもつとほんとうに物語つていた。

詩人と会見してから何かがいつまでも坊さんの頭から離れなかつた。本能的にたしかだと思われたのは、このたくましい青年が、月並な親たちがほんとうの恋愛の進路の障害物になるという月並な物語以上に、何か大きな悲しみに内部からむしばまれているということであつた。そのほかに明らかな原因がないのだから、なおさらそうとしか思えなかつた。青年はすでに文学的にも演劇的にもかなり成功していた。いくつかの作品は飛ぶように売れていたと言つてもよかつた。それに酒を飲みもしなかつたし、自分でかせいだ金を使いはたしもしなかつた。青獅子亭での悪名高い底抜け騒ぎは軽いビール一杯のことだつた。そして自分の金にはかなり用心しているらしかつた。ブラウン神父は、ハレルの大きな収入と小さな支出にはどうやら別のもつれが関係していそうだと考えて、ひたいを暗くした。

ブラウンがその次ぎに訪問したカーステアーズ・キャルー嬢の話は、たしかに牧師の息子を一番暗い色彩で色どるように計算されていた。しかし夢中になつてしてくれる話が、ブラウン神父にはたしかに全然感じられなかつたあの青年の特別の悪徳ばかりならべ立てているので、これはありふれた清教主義と噂話が結びついたからだなということがわかつた。しかしこの婦人は、高尚ぶつてはいたが、ごく親切だつたので、どこでも見られるごく古風な大伯母さんのような態度で、お客さまに小さなグラスのポートワインと一切れの種入れケーキを出してきて、ブラウンが逃げ出すひまのないうちに、道徳や行儀作法の一般的堕落についてさんざんお説教を聞かせたのであつた。

次ぎの寄港地はそれとは大へん対照的であつた。というのはブラウンは暗いきたない裏道に姿を消したが、こんな所はカーステアーズ・キャルー嬢なら考えるだけでも同行を拒絶しそうであつた。それからブラウンは、屋根裏部屋でカン高い熱弁をふるつている声がするためによけいそうぞうしい、せま苦しい一軒の借家にはいつて行つた……。そこからブラウンは、かなりボーッとしたような表情で、また現われてきたが、歩道までそのあとを追つてきたのはようかん色のフロックコートを着て、顎の青々とした、ひどく興奮している男で、議論するように大声で叫んでいた――

「奴は消えたんじやねえ! マルトラバースは絶対に消えやあしなかつた。奴は現われたんだ……死んで現われたし、あつしは生きて現われてらあ。だが一座のほかの連中はどこにいる? あの男はどこにいる……おれのせりふをわざと盗んで、一番の見せ場をだいなしにして、おれの一生を棒に振らせやがつた、あの化け者野郎はどこにいるんだ? あつしはいままでに舞台を踏んだ中じや一番みごとなチューバル(「ベニスの商人」に登場する端役)だつたぜ。奴はシャイロックをやつた――奴はあの役には大して芝居する必要はなかつたのよ! そしてあつしの一生で、最大のチャンスにもあんなことをする必要はなかつたのさ。あつしがフォーチンブラスをやつたときの新聞の切り抜きを見せたら……」

「きつとそりやすばらしい、また当然の批評だつたでしような」小がらな坊さんはあえぎながら言つた。「わしは一座がマルトラバースの死ぬ前に村を立つていたことがよくわかりました。したがそれでけつこうです。まつたくけつこうです」そう言うと、ブラウンは急いでまた通りを歩きはじめた。

「奴はポローニアスをやることになつていた」止めようのない雄弁家がうしろで言い続けた。ブラウン神父はふいにパッタリ足を止めた。

「ああ」ブラウンは大へんゆつくり言つた。「ポローニアスをやることになつていた」

「あの悪党のハンキンめ!」役者は金切り声で言つた。「奴の跡を追つ駆けてくれ。地球のはてまで追つ駆けてくれ! むろん奴は村を出て行つた……そいつはたしかさ。奴を追つ駆けてくれ――奴を見つけてくれ……そしたら畜生め――」しかし坊さんはまた通りを急いで進んでいた。

この芝居がかつた場面のあとで、もつとずつと散文的でおそらくもつと実際的な二つの会見が続いた。最初坊さんは銀行へはいつて行つて、そこでは支配人と十分間密談した。それから老年の愛想のいい牧師に大へん当然の訪問をした。ここもまたすべてが話にきいていたのとそつくりで、変つていなかつたし、また見たところ変えられそうもなかつた……厳格な伝統から生れた信心の深さがなんとなく偲ばれたのは、壁にかかつた細長い磔刑像や、書見台にのつている大きなバイブルや、老牧師が口をひらくとすぐ日曜日を無視する傾向がだんだんひどくなつてくるのを嘆いた苦情などであつた……しかしすべてに上品なゆかしさがただよつていたのは、ちよつとした所に見られる洗練された趣味と色あせたぜいたく品のためであつた。

牧師も客に一杯のポートを出した。しかしそれに添えたのは、種入れケーキではなく、古風なイギリス風のビスケットであつた。坊さんはまたしても、あまりに何もかもがそろいすぎているので、自分が一世紀も昔の世界にいるのではないかという不気味な感じを味わつた。ただ或る一点で、この愛想のいい老牧師はそれ以上愛想のいい所を見せようとしなかつた……彼はおだやかに、だが断固として、舞台の役者に会うのは自分の良心が許さないと言い切つたのであつた。

しかし、ブラウン神父は尤もだというような表情で謝意を表しながらポートのグラスを置いた。そして打ち合わせたとおり町角であの医者に会いに出かけた。そこから二人は弁護士カーバー氏の事務所に同行することになつていた。

「うつとうしい訪問だつたでしような」と医者は言いはじめた。「それにひどく退屈な村だということがおわかりになつたでしよう」

ブラウン神父の声は金切声に近いほど鋭かつた。

「この村を退屈だなんて言わないことじや。わしは保証しますが、実際ここはなかなか尋常でない村ですわい」

「わたしはいままでこの村で起つた唯一の尋常でないことをあつかつてきたところですよ。それだつてよそから来た人に起つたことです。実をいうと当局は昨夜こつそり死体を発掘しました。わたしは今朝それを解剖しました。わかりやすく言えば、われわれはまつたく毒薬をつめこんであるような死体を掘り出していたのです」

Chapter 2 of 4
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