Chapter 1 of 3

1

「日本精神」という語が何時から世に現われたのか、確かには知らぬが、それがひどく流行したのは最近のことのようであり、いわゆる「非常時」の声に伴って急激に弘まったものらしく思われる。断えず高い調子で叫ばれ、何となく物々しいところがあるのみならず、いいようにより聞きようによっては一種の重苦しい抑圧的のひびきさえも感ぜられるのは、この故であろう。平安朝の昔にいわれた「やまとごころ」または「やまとだましい」は別としても、徳川時代の国学者の歌った「しきしまのやまとごころ」には勿論のこと、明治二十年代に唱えられた「国粋」にも、その後いろいろの形で時々に現われた「日本主義」の語にも、これはなかったことである。語気の強い点では、幕末のいわゆる志士がともすれば口にした場合の「大和魂」に幾らかの似よりがあるが、それはもとより一定の意図を有っての宣伝なり運動なりではなかった。しかし、この語が、かかる状態で世に喧伝せられているに拘わらず、それが何を指しているかは、実は明かに示されていないといってもよい。人々は各々その好むところに従って任意にこの語を用いているようであり、従ってその間には往々齟齬し矛盾するところさえもありげに見える。あるいは初めに唱え出された時の意義と、後になって広く用いられるようになった場合のとの間に、いくらかの変化があったかも知れぬ。これは流行語には通有な状態でもあるが、特にこの語について考えると、それには種々の理由があろう。それを知るには、この語の唱え出されたのがどの方面からであるか、その動機がどこにあったか、如何にこの語が世に迎えられ、如何なる状態で世にひろがったか、ということを考えてみなければならず、それはまた今日の思想界の一側面を明かにするにも必要なことであるが、余はここでそれを試みようとするのではない。ただこの語がかなり多義に用いられていることを一応指摘するまでである。なおこれについては種々の興味ある問題が提起し得られるので、「やまとごころ」とか「大和魂」とかいう語があるのに、何故にことさらに「日本精神」というような語が作られたのか、日本の精神という意味を表現するのに、日本語でなくして漢語を用いたことに如何なる理由があったのか、というようなこともその一つである。偶然のことかも知れないが、偶然そうなったのは、どこかにそうなるべき理由があったに違いないから、それが問題になる。あるいはまた、上に述べた国粋主義日本主義などの主張乃至宣伝とどこに違いがあるのか、何故にそういう違いが生じたのか、ということも考えてみるべきであろうし、この語の主唱者及びそれぞれの方面の宣伝者追従者の心理を観察することも一つのしごとであろう。が、根本的には、もっと広汎な問題がその底に横わっている。日本精神という語の作られたのは、一般に一つの民族もしくは国民にはその民族精神もしくは国民精神がありまたはあるべきであるという予想の上に立っているかと思われるが、もしそうならば、そういう民族精神または国民精神というものが如何にして形成せられ、またそれが如何にその民族生活または国民生活の上にはたらいてゆくものであるか、ということの社会的心理的考察が必要だからである。日本精神というものを説くには、これについての確かな見解を基礎としてその上に立つことが要望せられるであろう。特に今日の如く、人の生活がすべての方面において世界的となっている時代においては、民族もしくは国民としての生活が単にそれだけでは成り立たないので、その点からこの問題に一層の重要性が加わって来る。従ってまた日本精神についても、そのことが考えられねばなるまい。しかし、これらのことも余の今立ち入ろうとする領分ではない。ただ余は世に既にかかる語の行われている以上、如何にしてそれを正しく理会し得べきかについて、一、二の所見を述べて見ようと思うのみである。今日のこの声高い叫びは、かかることの常として、遠からずおちついてゆくであろうが、おちついた後に何が残されるかということが実は問題であるので、できるだけよい遺物の残されるようにするには、日本精神そのものを正しく理会してかかることが必要である。然らざれば、却って予期せざる結果が生じないにも限らぬ。人々はこころ静かに何を日本精神とすべきかを深省し、如何にして正しき道に日本精神を導いてゆくべきかを熟慮すべきである。

最初に日本精神という語そのものが、種々の意義に用い得られるものであることを考えて置く必要がある。「日本」を国家としての称呼とする場合には、国家存立の根本原理、または国民全体として日本人の意欲すること、あるいはまた特にその対外的意義に重きを置いて、国家を国家として立ててゆく、あるいはそれを強めてゆく、意気、熱情、もしくはその誇り、というようなことなどが、何れも日本精神といい得られるであろう。また国家としてよりは寧ろ民族としての名とする場合には、文化的意義において日本の民族生活の或る著しい特色もしくは傾向というようなものを歴史に求め、それを民族生活に内在するものと見て、この語をあてはめることができよう。あるいはまた個人として有する日本民族に特異な気質、習性、能力、趣味、または生活のしかたとでもいうべきことに日本精神があるというようないいかたもある。その他、特殊の内容のあることでなく、ただ日本人が日本人であることを強く意識するという意義にも用いられているらしい。精神という以上、生活の内面に動いている何ものかを指すには違いないが、それがこういろいろに考え得られるのは、精神という語が、本来、多義を含んでいるためである。しかし、多義に用いられるところから考えかたの混乱が生じ易いことを注意しなければならぬので、現にそういう事実があるらしい。例えば日本人の気質なり習性なりに日本精神があるというようないいかたをする場合には、その意義での日本精神は必しもよいこと美しいことばかりではないはずである。けれども、もともと日本精神というような語の用いられたのは、日本精神がこうであるというよりは、こうでなければならぬという主張からであり、従ってそれは日本人のよい美しい一面を強調していい、または日本人のすべてにそれがなくてはならぬものとして要求せられることをいったものと解せられる。従ってそこから、ややもすれば日本人の気質や習性のすべてをよいもの美しいものとして考える傾向が生ずる。そうしてそれが国家の対外的態度の問題に適用せられると、自国の行動はすべて批判を超越するものとなり、あるいはそこから危険なるジンゴイズムの展開せられる虞さえもある。だから日本精神を考えるについては、如何なる意義でこの語を用いるかを明かにしてゆくことが必要である。日本精神の何であるかを具体的に考えるのではなく、ただ如何にしてそれを知り得べきかについての一、二の用意を述べようとするに過ぎないこの小稿においては、それを一々弁別して説く遑はないが、これだけのことを思慮のうちに加えるではあろう。

日本精神を知ろうとするものは過去の歴史にそれを求めるのが普通のようである。日本の民族生活に長い歴史があるとすれば、日本精神の語が如何なる意義に用いられるにせよ、それは歴史的に漸次養われて来たものに違いないから、何を日本精神とすべきかを知るに当って、歴史による外に道のないことは明かである。けれども歴史は発展を意味する。民族生活そのものが歴史的に発展して来た以上、その生活の内面に動いて来た精神も、また発展して来たとしなければならぬ。勿論、それには歴史の全体を通じて一貫した発展の過程がある。それは一つの生命過程である。けれども、日本精神という或る固定したものが、古今を通じて動かずに変らずに、存在するというのではない。だから日本精神を正しく理会しようとすれば、この歴史の発展の全過程の上にそれを求めねばならぬ。その歴史の発展が、民族生活の全体もしくは全面において認識せらるべきものであることは、いうまでもない。民族生活の種々の側面または時代々々の特殊な様相にそれぞれ日本精神のはたらきもしくは発現があると見るのも、一つの理会のしかたであるが、そう見るにしても、それが民族生活の全体に対して有機的関係を有するものであることと、歴史的発展の過程において或る任務を有っていたという点において意味のあるものであることとを、忘れてはならぬ。或る側面、或る時代の様相がそれぞれ独立した意味のあるものでないことを注意しなくてはならぬのである。だから、任意に過去の時代の或る事象を取り出し、そうしてそれだけを全体の民族生活とその歴史とから切り離して考え、そこに日本精神の何ものかを認めようとするのは、正しい方法とはいい難かろう。神道、武士道、儒教、仏教、多趣多様の文学芸術、その間には由来と本質とを異にしまた過去において互に相排撃して来たものもあるに拘わらず、それらが種々の人々によって何れも日本精神の発現として説かれているようであるが、その説きかたを見ると、ここに述べた用意のない場合が甚だ多いのは遺憾である。甚しきは、その間に起源を支那印度に有するものがあるために、東洋精神というような語を用いて、それが即ち日本精神である如く宣伝せられることさえもある。同じく西洋に対立する概念として日本と東洋とが同じ地位に置かれまたは混同せられるという事情も、それを助けていようが、根本は日本人の精神活動の或る一面のみを全体の生活から取り離して見るからである。それと共に一方では、支那や印度の思想の入らない前の日本に純粋の日本精神、日本固有の精神があるとして、それを日本の古典に求めようとするものもあるが、かかる考えかたをするについても、そういうものが歴史的発展の全過程において如何なる地位を占め如何なるはたらきをしているかは、明かに思慮せられていないようである。日本精神が多義に用いられる理由の一つはここにもあるが、それは主として考えかたの不用意によるものである。

日本精神は日本の民族生活の歴史的発展の全過程の上に求めらるべきものであるという一つの事例を、その最も顕著なる表徴とせられていることについて説いてみよう。或る時代の何らかの事情から発生した状態が、次第に展開せられる歴史の動きにおいて、変らずに継続して来た。それは、そういう状態の発生した事情とそれを導いた過去の民族生活の長い歴史との故でもあり、その状態に内在する力の故でもあるが、それと共に、その時代の日本民族の生業の性質や、文化の程度や、日本の地理的形態や、その位置や、または民族の同一であることや、附近の民族の状態や、あるいはまたそのころの東方アジヤの形勢や、それらが互にはたらきあったためでもある。日本の上代においては、国内には勿論、国外との関係においても、戦争が稀であり、従って戦勝者の勢威を振う場合のなかったことに重要なる意味があるが、それは主としてここから来ている。そうしてそれはまたおのずから武力よりも他の方面、いわば精神的なところ、にすべての本源を認めることにもなる。かくしてこの状態が長く継続せられるに従い、その基礎も漸次固められ、それが定まった形態として考えられる。そうなると、そこから更に長く永久にそれを継続させようとする欲求が形態そのものの内部から生じ、次にはそうすることが道徳的義務とせられ、進んではそれが一つの信念となる。時にそれを妨げんとするものが生ずると、それに対抗しそれを排除することによって、この信念がますます鞏固になる。そうしてその信念が次第に一般化し国民化する。支那の知識の学習に導かれた文化の発達と共に、それに思想的根拠が与えられる。時が経つに従ってその淵源が益々遠く感ぜられ、無始の昔からの存在として、それが日本民族には本質的のことと思惟せられる。従ってそれが確乎不抜のものとして国民の間に信ぜられる。ただ根本の形態は動かないが、そのはたらきかたは時勢の推移に順応しておのずから変化し、その思想的根拠とても一般の思想の動きにつれて同じく変化する。動いてやまぬ時勢に順応してそのはたらきかたが変化するからこそ、根本の形態が動かずして益々固められるのである。固執するところがない故に損傷することがないので、たまにそういう場合が生じても、久しからずしてそれが止みそれが癒えたところに、重要なる意味がある。権力の存するところは常に別にあって、すべての責任がそこに帰すると共に、権力の直接に行使せられないあたりには人が圧迫を感ぜず、却ってそれをなつかしみ、また上代文化の面影がそこに認められることと相俟って、それを詩と美との雰囲気に包む。そうしてその精神的意義が益々深められる。かくして、この遠い昔からの形態は、時と共に漸次養われて来た歴史的感情によってその内容を豊かにし、それを無窮に持続せんとする国民の信念もまた益々強められて来たのである。要するに、それは民族生活の歴史的発展であり、そうしてそれによっていわゆる日本精神の重要なるものが養成せられたと共に、かかる発展を遂げたところに日本精神の活動があるのでもある。日本民族が一つの国家に統一せられたこととても、それがその前からの長い民族生活の歴史的発展の成果であり、そのこと自身が歴史的過程を有するものであることは、いうまでもあるまい。要するにすべてが歴史的であり、歴史的でないものはないのである。

Chapter 1 of 3