Quay lại
45回転の夏 第2章 メリーゴーラウンド、1967年
Table of Contents
45回転の夏 第2章 メリーゴーラウンド、1967年
鶴岡雄二
Reading Settings
Cỡ chữ
18px
Giao diện
Sáng
Tối
Sepia
Bảo vệ mắt
Khoảng cách dòng
Chế độ đọc
Bản dịch Pagera AI
Nguyên bản Public Domain
Chapter 4 of 13

21 いちどでいいんだ きみのそばにいく チャンスをくれないか

〈ビコーズ〉

デイヴ・クラーク・ファイヴ

また圧倒的な緑の季節がやってきて、今年最初の中間試験も終わり、もう緑の濃さに目も慣れてしまった。

「滝口。ちょっと、ファズを貸してくれないか」

シールドのジャックをアンプに差しこみながら、広岡がいった。アンプがハムを起こし、すぐにいつものノイズにもどる。

「いいけどさ、やさしく踏んであげてよ。ちょっと接触がおかしいんだ」

慶一がファズ・ボックスと、黒いストレート・コードを広岡にわたした。奴の髪も、慶一ほどではないにしても、かなり伸びている。

「〈サティスファクション〉でも、やるわけ?」

「いや、ベースにつないでみようと思ってよ」

「へえ、やってみよう。どんな音になるのかな」

慶一は、広岡からファズをとりもどして、アンプにつないだ。

広岡がじぶんのギターを教壇に寝かせ、ヤマハのセミアコ・ベースをファズにつなぎ、テニスシューズでフット・スウィッチをゆっくりと踏み、四本の開放弦を鳴らした。なんだか、わけのわからない音だ。

「単音で弾いてみろよ」

奴は左利きなので、右用のベースをひっくりかえして、〈カム・ホーム〉のベースラインを弾きはじめた。

こいつは、きっと、頭のなかもひっくりかえっているにちがいない、と慶一は思っている。

じぶんのギターは、弦をさかさまに張り替えて使っているが、右用のギターでも、そのままひっくりかえしてコードを弾ける。いつだか、リード・ギターは無理だけど、コードなら、逆のほうが弾きやすいのもある、といっていた。どうなってんだ。

それにしても、面白くもなんともない音だ。ギターにファズをかけたのと大差のない音だし、へたをすると、音がブチブチ途切れたりする。慶一は、ファズのアジャストメントを動かしてみる。

「だめだ、こりゃ。ギターに使っても、伸びが悪いんだよ、これ」

「ま、いいや。とにかく、貸しといてくれよ」

広岡はベースからシールドを抜き、じぶんのギターにつないだ。そのたびに、アンプがいやな音をたてる。

「だれか、ガキにとどけさせて。二一二だからね」

「了解。うちの役者にもっていかせるから、なんか芸をさせてみろよ」

「芸って?」

「とにかく、おかしなガキだからよ。遊べるぜ、あいつは」

ビニールレザーのギター・ケースを肩にかけ、慶一は柾生たちをうながした。慶一たちの練習はこれで終わりで、これから、佐藤や広岡たちの番になる。

ファズを手にした人間は、どうしても〈サティスファクション〉のリフを弾かずにはいられない。ノブをつかんだとき、思ったとおり、広岡がそのリフを弾きはじめたので、慶一はクスクス笑った。

だが、廊下に足を踏みだしたとたん、じぶんの見たものに驚いて、慶一はその場に凍りついてしまった。

両手を腰のところに組み、廊下の壁に背をもたせて、令子が待っていた。そのままのかっこうで首をかしげ、令子は慶一にほほえみかけた。

うしろからきた服部が急ブレーキをかけ、そのうしろのほうが混乱したらしく、ハードケースが壁にぶつかる音がした。

「最後にやっていた曲、なんていうんですか」

慶一に二、三歩近づきながら、令子がいった。

「〈イエス・アイ・ウィル〉っていうの」

と、服部が慶一のせりふを横どりしてしまった。

「聴いてたの?」

といってから、慶一は令子が高志の妹なのを思いだした。だが、令子は黙ってうなずいた。

「なーんだ。あれ、きょうはじめたばかりで、まだ、ぜんぜんサマんなってないんだよ」

「そんなことないって。おれの歌、もうバッチリ。おまえらバックが、全然なってないだけ」

うしろからきた柾生が、そういいはる。まあ、たしかに、それはウソではない。この曲は、柾生のきれいなファルセットを生かすために選んだものだ。

ホリーズの曲というのは、ギターはあまりむずかしくないが、ヴォーカルには往生する。いちおう、野瀬とふたりでバックコーラスをやってみたが、話にならなかった。

慶一は、とりあえずじぶんの音程の悪さを棚にあげて、野瀬のせいだと考えている。それは、すくなくとも二分の一の真実ではある。

「慶一さん、ちょっとお話があるんです」

ふたりがならぶと、令子がささやいた。部室から聴こえてくる、〈シークレット・エイジェント・マン〉のイントロのリフに、その声はかき消されそうになる。

「きいたあ? 慶一さん、ちょっと、お話があるんです、だってよ」

服部が人間アンプとなって、令子のささやきを増幅した。

ギターを肩にかけていることも忘れて、慶一は服部にヘッドロックをかけた。

「うるせえな、失礼だろ」

「わかった、わかった。まいった、降参」

と、服部が笑う。

「わるいけど、さきに帰ってくれよ」

服部をおさえこんだまま、慶一が柾生にいう。

「はいはい。ハーモニーの練習は、どうするんですかねえ」

と、柾生がニヤニヤと笑った。

「夕食後にしよう」

「へーい。いつものところね」

それは、西棟四階の非常口のことだ。新しい寮に移って、念願の最上階で練習できるようになり、慶一はアンプなしの練習が苦にならなくなった。

「じゃ、悪さしないように。ふたりで遅れて食堂に入ってきたりしたら、そこらじゅうから口笛もんだよ」

といって、柾生は服部や野瀬と、〈アイ・ソウ・ハー・スタンディング・ゼア〉を歌いながら、非常口から消えた。当てつけなのは、たぶんまちがいない。

「あの――」

令子が口を開きかけると、部室から〈トゥイスト&シャウト〉の3コードのイントロが流れてきた。チューニングが合っていない。

「待った。うるさくて話にならないから、どっか、いこうよ」

と怒鳴ってから、慶一は頭をフル回転させた。

落ちつけて、めだたず、邪魔が入らず、わざとらしくない場所。そんなところ、あるかな。

「庭園じゃ、どう?」

ちょっとわざとらしい、いや、ひどくわざとらしいが、ほかの条件は満たしている。

「ええ」

すこしためらって、令子は同意した。

このまま一階の廊下を突っきって、反対端の非常口から出るのと、中央の正面玄関から出て、外をいくのと、どちらが目だたないだろうか。これはむずかしい問題だ。

階上のヴェランダにいるだれかに、知らないあいだに目撃されるよりは、だれに見られたかを確認できるほうがマシだろう、と結論をだし、廊下を歩きはじめた。オーディオ部が、すでにこのフロアから四階に引っ越していたことも、慶一の判断を左右した。

「きょうは、クラブは?」

「先生がお休みなんで、みんな、じぶんでしてるんです」

「華道部だよね?」

どうも、バカげたせりふが多いなと、慶一はすこし焦りを感じはじめた。

「高志にさ、きみをKWTSに入れろって、一所懸命いったんだけど……」

中央階段に近づくと、ブラスバンドの音が大きくなった。練習台を叩く音もまじっている。ヘタな奴がいるので、なにがなんだか、わからないリズムに聴こえる。高橋路子先生もたいへんだ。

「高志兄さん、わたしがここに入ることも、反対だったんです」

中央の正面口から射しこむ西陽が、ビニールタイルの床で反射して、慶一の右側を歩きながら、こちらを見た令子の顔を、やわらかい光でつつみこんだ。

「そうだってね、なんでなのかな」

令子はなにもこたえない。化学実験室にさしかかったところで、ようやく、口を開いた。

「たぶん、妹がいたりすると、いろいろ冷やかされると思ったんじゃないかしら」

「そうかもね。KWTSに入れなかったのも、そういうことかな」

化学部って、なにをするのかな。十数人の部員がいるはずなのに、なにも声がきこえないなんて、不気味じゃないか。『ジキルとハイド』が頭をかすめる。

北端の非常口にたどりついた。

だれにも会わなかったなんて、拍子抜けだ。口笛を吹くような礼儀知らずでさえなければ、二、三人でくわしておいたほうが、既得権の誇示になっただろうに。すくなくとも、そう見せかけることはできたはずだ。

ふたりが、非常口から数歩外に出ると、

「はい、三組め!」

という声が、頭上から降ってきた。

ふりかえって見あげると、二階のヴェランダから、山崎が身を乗りだしていた。

それだけではない、ほかにも十人近い連中がヴェランダに鈴なりになっている。物理部の連中だ。

「慶一、助かったぜ。おまえのおかげで、五百円のもうけだ」

「なんの話だよ」

「十五分以内に、この道を何組のアベックがとおるか賭けててよ。ぎりぎりでおまえがきてくれたんで、命びろい」

と、山崎が巨体を揺すった。

「アホ!」

「池はやめとけ、もう、ふた組もいったからな」

連中がゲラゲラ笑った。慶一は、なにもいわずに歩きはじめる。どちらにしろ、池にいくつもりはない。あそこは、校舎からは見えないが、それ以外の三方はがら空きだ。

「いまのトボケた奴、山崎っていうの。いちおう、仲間だけど」

「知ってるわ。あの人、めだつから」

そりゃ、そうだろう。もう一八〇まで、あと二、三センチしかない。

ふたりは、県道へむかう坂道からはずれて、石畳の階段をくだりはじめる。階段といっても、一段が二メートル以上あるのだから、段のついた坂道といったほうがいいかもしれない。

両側には赤いツツジがならんでいる。名前を知らない鳥の声が、ふたりに降りそそぐ。

途中で階段をはずれ、稲妻型に配置された石の上を歩いていくと、東屋にたどりつく。

「紫陽花が咲いていると、最高なんだけどね」

東屋をとりかこむ紫陽花は、まだ色づく気配すらもない。

慶一は腰掛けの上に、ギターをそっと寝かせた。

「いつだったか、わたし、高志兄さんに、写真を撮られたことあるんです。『あじさいの歌』って映画をテレビで見て、おまえも芦川いづみみたいに撮ってやるって」

令子が笑いながら、どこに坐ろうか思案しているように、周囲をゆっくりと見わたした。

「ぼくも見たよ。うちの母親が裕次郎のファンでさ。ものすごくむかしで、よく憶えてないけど」

映画のなかで、大坂志郎が芦川いづみの写真をほしがったように、慶一も、紫陽花に囲まれた令子の写真をほしいと思った。

「ここに坐れば?」

と、慶一は、入口以外のすべてをめぐっている腰掛けの、角のあたりをあいまいに指さして、じぶんは角をはさんだ、となりの腰掛けに坐った。

令子が、慶一の指さしたあたりに坐り、東屋の角とふたりの脚が、小さな正方形をつくる。

「ぼくも去年の合宿のとき、高志に写真撮られたよ」

「それ、知ってます。高志兄さんの部屋に飾ってあったから」

令子は、わたしの写真といっしょに、と小さな声でつけたした。

「へえ、そうなんだ。ぼくには、見せてくれなかったな、あの写真」

高志の部屋といわれて、慶一は二〇二を思いうかべたが、すぐに、自宅のことをいっているのだと気づいた。

高志の家はどんなところだろう。急に、それが知りたくなった。もちろん、それは令子の家でもあるわけだが。

きっと、庭に紫陽花があるのだろう。酸性の土壌では青い花、アルカリ性の土壌では赤い花、それとも逆だったっけ。生物はにがてだ。

「なんだか、考えこんでいるみたいな顔してたわ、慶一さん」

そうだった。あれは、あれの話をきかされたときだった。話を変えなきゃ。

「なにか用なの?」

「用っていうほどじゃないんですけど、もう、お兄さんの誕生日がくるでしょう」

「え、そうなの。いつ?」

「知らなかったんですか。来月の十二日」

「じゃ、二週間とちょっとだ」

と口に出してから、慶一は、無意味なことばを慎もう、と反省した。

「そう。それで、今年はプレゼント、どうしようかと思って」

「プレゼントねえ……」

慶一は考えこんでしまった。高志にはいろいろなものをもらったし、あちこちでおごってもらったが、なにもあげていないことに思いあたった。

「高志兄さんて、むずかしいでしょう。もう、わたしにはよくわからなくて」

「なるほどね」

「慶一さんなら、お兄さんと仲がいいから、なにかいい考えはないかと思って」

考えれば考えるほど、むずかしく見えてきた。

「これって、けっこう難問だな。あいつ、なんだってもってるから」

「そうなんです」

「去年は、なにあげたの?」

「クツ。黒いウィングチップの。あれを履いているのを見たのは、いちどだけ」

慶一はギョッとした。それはたぶん、じぶんのロッカーに収まっているやつだ。

「きつくなったんじゃないのかな、あいつ、背が伸びたから」

どこかから逃げてきたのか、つがいらしい、二羽のセキセイインコが、むかいの腰掛けの背板にやってきて、すぐにまたどこかへ飛んでいった。瞬間の鮮やかな色彩が、慶一の網膜にとどまる。

天啓がひらめいた。こんなチャンスは、だれだって見のがさないだろう。

「あのさ、ちょっと、考えがあるんだ」

「なあに」

「とにかく、高志がなにかほしがっていないか、注意するよ」

といって、ひと呼吸おいた。令子がうなずく。

「それでさ、ぼくも、なにかプレゼントする。それとも、令子ちゃんとお金を出しあって、すこし高いものを買ってもいいしさ……そこでですね」

慶一の妙な口調に、令子は笑みを泛かべた。

「なんですか」

「こんどの外泊のときに、いっしょに、買いにいかない?」

令子は、困惑したようすで黙りこんだ。

慶一には、ホームラン性の打球を追って、フェンスによじのぼった外野手が見える。ホームランか、スリーアウト、チェンジかの分かれ目だ。

「いいんだよ、忘れてよ」

慶一は、すこし乗りだしていた躰を背板にあずけた。ホームランをキャッチしてしまった外野手が、高だかとグラヴをさしあげる。

「そうじゃないんです。お兄さんにナイショにしておくには、どうすればいいのかと思って」

そういわれれば、そうだ。外泊のときは、さすがの高志も、兄らしく令子をエスコートして帰り、いっしょに寮にもどってくる。

「やっぱり、土曜日はむりみたいですね」

光明が見えた。

「じゃ、日曜の午前中は?」

と、できるだけ意気込まず、さりげなく、ことばをすべり落とした――と思うのだが。

「たぶん、だいじょうぶだと思うけれど……」

グラヴのなかは空だった。線審の右手がまわる。ホームラン!

「やった」

といって躰を動かした瞬間、令子の膝頭に、じぶんの膝頭をぶつけてしまい、慶一はあわてて右脚を引っこめた。おたがいに意識して、沈黙がおとずれる。

「どうしよう。土曜の夜に電話していい?」

令子はまた考えこむ。

「高志が出たりするかな」

「そんなことはないと思うけれど、やっぱり、わたしが電話します。だいじょうぶですか」

「うん」

といってから、母親の顔が浮かんできた。まあ、いいや。

慶一はギター・ケースのところにいき、外側の大きなポケットをあけ、スパイラル・ノートとシャープペンシルをひっぱりだし、令子のそばにもどる。

「それ、譜面?」

「ううん。歌詞とコードネイムだけで、音符は書いてない」

これは、練習中に〈カモン・レッツ・ゴー〉の歌詞カードをやぶいてから、国語と数学の時間をフルに利用して、営々と書き写してきた、だいじな労作だ。

「あれって、いい曲ですね」

慶一は、じぶんの電話番号を書いたページをやぶりとった。

「なに、ああ、〈イエス・アイ・ウィル〉か。ホリーズのちょっとまえの曲。二年ぐらいまえ」

モンキーズもカヴァーしている、という注釈はのみこんで、紙片を令子にわたし、慶一は、それが令子に対する誓いのことばにも受けとれる、などということは意識せずに、

「アイル・ビー・トゥルー・トゥ・ユー、イエス、アイ・ウィル」

と、ファーストラインを口ずさんだ。

「あー、バカみたい。もう、今年の生徒名簿、もらったんだったね」

慶一は苦笑した。名簿には全生徒のアドレスがのっている。

「いいんです、これで」

令子は笑みを泛かべて、その紙をていねいに小さくおりたたみ、トランプをもつように、頭をのぞかせて右手にもった。

校服のスカートには、ポケットがあるはずだ。ブラウスの胸にはポケットはないな、と令子の胸に目をやって、あわてて視線をはずした。愛想のない、白いブラウスの上からでも、ちゃんと存在を示している。

しかし、はずした視線は、こんどは令子のひかえめな膝小僧にぶつかり、またしても、落ち着き場所をもとめて、うろつかなくてはならなかった。

Chapter 4 of 13
|