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緋のエチュード
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緋のエチュード
ドイルアーサー・コナン
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Chapter 2 of 14

第二章 演繹推理学

翌日、我々は約束通りに合流し、懸案のベイカー街二二一番地Bの部屋を見に行った。二つの快適な寝室と一つの大きな居間からなっていて、居間は風通しもよく、家具も揃っていて、採光のための大窓が二つあった。まことに願ったりかなったりな部屋で、家賃も二人で分けるには手頃な値段だった。その場で契約することに決め、すぐさま部屋は我々のものとなった。その晩、私はホテルから身の回りの物を運び込み、続いて翌朝、シャーロック・ホームズも箱やら旅行鞄やらをいくつも運んできた。一両日中は二人とも荷ほどきしたり、私物をうまく置こうと悩んだりしながら時間をとられたが、終えると徐々に腰も落ち着いてきて、新しい環境に慣れ始めていった。

ホームズとの生活にさほど難儀はなかった。物静かで普段から規則正しい。夜十時を越えて起きていることもまれで、朝食は欠かさないし、私が起床する前に出かけていた。あるときは化学実験室で一日を過ごし、またあるときは解剖室、たまに長い散歩をすると思えば貧民街の方までも行くようだった。同居人の熱が何より高まるのは、格好の仕事についているときだ。しかし時としてある種の反動に襲われ、何日もずっと居間のソファに寝そべり、朝夕通して物も言わず微動だにしないことがあった。こういった際、同居人の瞳がとろんと、うつろになるのに私は気づいた。麻薬の常用癖でも疑いたくなるところだが、同居人の生活は日々けがれなく、つつましやかなため、そんな考えは問題外だった。

数週間が過ぎ、同居人に対する興味、あるいは同居人の生き甲斐に関する好奇心が日増しに膨らんでいった。風貌は通りすがりの者の目でさえも引きつける。背は六フィートを越える程度だが、ひどく細身のためそれ以上ののっぽに見える。先に述べた脱力期間をのぞけば、眼光は射抜くように鋭く、筋の通った鷲鼻のせいで、顔立ちから意志固く用心深いという印象を受ける上、牙型の顎からもその果断さが伺える。手には相変わらずインクや薬品の染みがついていたが、手先はまったく器用なようで、壊れやすい研究用具の扱いを見物したときに何度も目にしている。

読者諸賢は私を救いがたいお節介者だと思われるだろう。私がこの男にひどく好奇心をくすぐられ、身の上を包み隠す男に対して、何度も口を割らせようとしたのも事実である。だが判断を下す前に、我が生活の無味乾燥と、興味をそそるものがあまりにも少なすぎたということも思い出していただきたい。健康を考えると雲ひとつない快晴でなければ外へ出られず、訪ね来て単調な毎日を打破してくれる友人もない。こんな風であるから、同居人を取り巻くささやかな謎でさえ万々歳で、時間を惜しまず、解きほぐそうと躍起になるのだ。

同居人は医学を学んでいるのではなかった。その点は本人もスタンフォードの言う通りだと問いに答えた。しかるべき学位を取るための研究課程をこなしているわけでも、知的世界の入り口となるどこぞの権威ある大学の門を叩こうとしているわけでもない。しかしある種の学問にたいへん熱心であり、偏ったきらいがあるものの、知識は度外れに豊富かつ仔細なため、その意見に私ははっとさせられるのだ。何か確固たる目標を見据えることもなく、勉学に励んだり正確な情報を求めたりする者がいようものか。ただ漫然と本を読んでいても、厳密な知識など現れてはこない。よほどの理由がなければ、小さな事には神経を使わないはずであろう。

無知も、博学と同様に同居人の特徴の一つである。当世の文芸、哲学、政治などを知らない。私がトマス・カーライルを引き合いに出したときなど、無邪気にも何の人で何を為したかと訊くのだ。それならまだしも、私の驚きが頂点に達したのは、偶然、同居人がコペルニクス理論も太陽系の配置も知らぬとわかったときである。この十九世紀に生きる文明人でありながら、地球が太陽の周りを回っていることを知らぬとは、いやはや驚愕の事実であり、私は理解に苦しんだのだった。

同居人は我が動天の表情に微笑む。「驚きのようだね。だが知ってしまったからには、全力で忘れるとしよう。」

「忘れるとな!」

「そう。」と同居人。「思うに、そもそも人間の頭脳は、何もない屋根裏の小部屋のようなもので、選りすぐりの家具を揃えておかなければならない。未熟者は出会ったものすべてを雑多に取り込むから、役立つはずの知識が詰め詰めになるか、せいぜい他とない交ぜになって、挙げ句の果てには取り出しにくくなる。しかし腕の立つ職人なら、頭脳部屋にしまい込むものにはとても敏感になる。仕事の役に立つ道具だけを置いておくのだが、各種全般を揃え、完璧に整理しておこうとする。この小部屋の壁が伸縮自在で、際限なく膨らませると思っているなら、それは違う。いいかい、知識が一つ増えるたびに、前に覚えたものを忘れることになるのだ。それゆえに肝要なのは、有用なものを押し出してしまうような、無駄な情報を持たないことだ。」

「しかし太陽系くらい――!」と私が食い下がると、

「そんなものがいったい何になる?」と同居人は我慢ならないとばかりに口を挟む。「君によると、僕らは太陽の周りを回るらしい。しかしたとえ月の周りを回ったとて、僕や僕の仕事には一ペニィの得にもならない。」

その仕事は何なのかと、私は問いたくて仕方なかったが、同居人の態度から、その質問は歓迎できないということが伺えた。しかしこの短い会話から色々巡らし、私なりに演繹というものを試みようとした。当人は目的にかなわない知識は取り入れないと発言した。裏を返せば、持っている知識はすべて当人にとって有益だということだ。小出しに拾った様々な長所を、知っているだけ思い浮かべてみて、ついには鉛筆を取り、書き立てるに至った。この表を作り終えたとき、私は思わず吹き出してしまった。このようなものだ――

シャーロック・ホームズ――その能力値 一、文芸の知識――ゼロ。 二、哲学の知識――ゼロ。 三、天文の知識――ゼロ。 四、政治の知識――不十分。 五、植物の知識――物による。ベラドンナ、阿片、毒物一般に詳しい。実用園芸には無知。 六、地学の知識――実用的だが、限られている。様々な場所の土を一目で見分けられる。帰宅した私のズボンに付いたはね跡を見て、色や質感からロンドンのどこで付けたものか言い当てるほど。 七、化学の知識――該博。 八、解剖の知識――正確だが、体系的ではない。 九、怪奇事件の知識――計り知れない。今世紀中の惨事をすべて、詳細にいたるまで知るものと思われる。 一〇、ヴァイオリンの名手。 一一、シングル・スティック、ボクシング、フェンシングの達人。 一二、英国法の極めて実用的な知識あり。

ここまで書き上げたところでどうでもよくなり、私は紙を暖炉へ投げ込んだ。「結局わかるのは、あの男が何に打ち込んでいるかだけではないのか。できることをうまく照らし合わせて、それらがみな必要となる職業を探し当てたところで。」と頭によぎり、「ならばすぐにやめた方がいいな。」となったのだ。

ところで、先に触れた同居人のヴァイオリンの能力、非常に目を見張るものがあるが、それ以外の才と同様に奇抜でもあった。小品ばかりか難しい曲も弾けることは、要望に応えて、メンデルスゾーンのリートや私のお気に入りを何曲か演奏してくれたことからもよくわかる。しかし同居人に任せると、およそ曲らしい曲さえ弾かず、聴いたことのある旋律すらも弾こうとしない。夕べになると同居人は肘掛椅子にもたれかかり、目を閉じ、膝の上に立てかけたヴァイオリンを思うままに弾きつづる。折々、弦の奏でる音が憂鬱に響いたり、あるいは明るく幻想的なものとなったりする。その場その場の同居人の気持ちを如実に表すものとだけはわかるが、この音楽が思索の助けとなるのか、ただ単たる気まぐれや思いつきの所産なのか、私には判断しかねた。こんな腹立たしい演奏には文句を言ってもいいのかもしれないが、同居人はいつも締めに私のお気に入りの旋律を流れるようにいくつも奏でてくれるので、私はわずかな埋め合わせと見て取って我慢していた。

最初の数週間は来客もなく、この同居人には私と同様に友がいないのではないかと感じていた。だが程なくして、多くの知己、それもあらゆる階層の友人がいるとわかった。そのひとりに、血色が悪く、黒目で、ネズミのような顔をした小兵の男がいる。レストレード氏というそうで、週に三、四回は訪ねてきた。ある朝には、流行の身なりをしたうら若き女性が訪れ、三十分以上もいたと思えば、同じ日の午後には、今度は白髪混じりでみすぼらしいユダヤ商人風の客がたいへん興奮したていでやってきて、またそのすぐ後に粗末な姿の老女までもが現れるといった次第。別の機会には、白髪の老紳士が同居人に会いたいと言って来たし、また別珍の制服に身を包んだ駅詰めの運送屋がやってくることもあった。このとらえどころのない人々が姿を現すたびに、シャーロック・ホームズは居間を使わせてくれないかと頼むので、よく私は寝室に引き上げたものだ。手間を掛けてすまないと、いつも同居人は謝り、「部屋を仕事場にせねば。みな依頼人でね。」と言う。ここでまた私はずばり問いただす機会を得たわけだが、やはりまた気が引けて、図々しくなりきれない。それとなくも言えない、何らかの強い動機があってのことだとその時は思ったのだが、程なくして当人の口からこの事に触れたので、謎は氷解した。

忘れもしない、あの三月四日のこと、私は普段よりも少しばかり早起きすると、折しもまだシャーロック・ホームズは朝食中だった。下宿の女主人は私の寝坊癖にすっかり慣れていたため、私の席も、コーヒーすらも準備されていなかった。人間、不条理な怒りもあるもので、私はこと荒げに呼び鈴を鳴らし、起きたという合図を送った。それから卓上の雑誌をふと取り上げ、しばし落ち着こうと思った。同居人が黙々とトーストをほおばっているかたわら、とある記事の見出しに鉛筆で印が付いていたので、私は何とはなしに目を通してみた。

題は「現世の書」と少々意欲的なもので、ある証明を試みていた。注意深い者なら、綿密で体系的な調査をもってすれば、出くわすあらゆるものからおびただしいことが知りうるという。読んだ印象としては、詭弁と滑稽のごった煮と言ったところか。論理は緻密で熱が入っているものの、演繹による結論が実に誇大偏向そのもの。筆者の主張からすると、一瞬の表情、筋肉の動き、視線まなざしから人間の秘めたる考えを推し量ることが出来るという。さらに彼は、観察と分析を極めれば、何事にもごまかされないとも言い切り、これをエウクレイデスの諸命題と同様に完全無欠だと結論づけた。慣れない者はその帰結に面食らうかもしれないが、そこに至るまでの筋道を知らぬ間は、筆者を死霊使いと思われてもやむなし、とも。

その筆によると、「論理的な思考をすれば、一滴の水から大西洋やナイアガラといったものの可能性を、どちらの見聞がなくても導き出すことができる。すべて現世はひとつの大いなる鎖、一つの輪さえ知らば、おのずと本質も知れる。他の技芸と同様に、分析と演繹の学問も不断の努力修練の末、得られるものだ。名人の域に達するまでには、人生はあまりにも短い。この道を求める者は、最も難解な精神面の推理を始めるより先に、初歩的な問題をこなすことから始めるといい。ある男性と出会ったときに、まず一目で男の経歴から職業まで見て取れるくらいにはなるべきだ。かかる訓練は面倒かもしれないが、ひいては観察能力をとぎすませ、目のつけどころを教えてくれることとなる。男の指の爪から、上着の袖、靴、衣服の膝、人差し指と親指のたこ、表情、シャツのカフスにいたるまで、そのひとつひとつが男の職業をありありと物語っている。これらを総合しても、しかるべき求道者の光にならないとなれば、それこそ驚天動地というものである。」

「なんたる妄言綺語!」と私は雑誌をテーブルに叩き付けた。「こんな屑記事、生まれて初めてだ。」

「何のことだ?」とシャーロック・ホームズが訊いてきた。

「いやなに、この記事だよ。」私は食卓に落ち着くと、卵用の匙で指し示す。「君が読んで、印を付けたんだろ? うまく書けているのは認めるが、癪に障る。どうせ書斎に引きこもって、肘掛椅子にもたれかかりでもして、筋が通るようこんなちんけな逆説をこしらえたんだろう。実用には向かんよ。こいつが地下鉄の三等客車にぶち込まれて、同乗者全員の職業を当ててみろ、なんて言われるところを見てみたい。こいつの負けに千倍賭けてもいい。」

「金の無駄だ。」とホームズの平板な声。「その記事だが、僕が書いた。」

「君がか!」

「そう、僕は観察と演繹の才を兼ね備えている。僕がそこに書いた理論は、君には鵺みたいな話に思えるかもしれないが、実用も実用――実用的すぎて僕はこれでパンとチーズを得ているくらいだ。」

「どうやって?」と私は不本意ながらも尋ねる。

「まあ、これが僕の生業でね。おそらく世界中に僕一人、諮問探偵なのだ、と言っても君にはわからないだろうね。ここロンドンには多くの刑事探偵と、多くの私立探偵がいる。この人々が窮すれば、たちまち僕の元へ軌道修正してもらいに来るのだ。証拠はみな向こうで揃えてくるから、僕は犯罪史の知識をたぐるだけで、大抵はまっすぐにできる。悪事には強い同族的類似性があってね、一〇〇〇の事件の詳細を自家薬籠中のものにして、一〇〇一番目の事件が解けないとすれば、それこそ奇妙な話。レストレードは馴染みの刑事で、彼は目下、偽造事件の煙に巻かれている最中。だから僕の元へ来た。」

「なら他の人たちは?」

「おおかた民間の興信所から回されてきた人々だ。みな何かしら厄介事を抱えて、ささやかな解決を望んでいる。僕はその話を聞き、人々は僕の意見を聞き、さすれば報酬は懐の中。」

「だが本気かね? では君は部屋を出ずして謎が解けると言うのか、他の人間は事細かに知っていたにもかかわらず、まったくお手上げだったというのに。」

「無論。その筋なら、ある種の直観力がある。時として少々込み入った事件が出来することもあるが、そのときは動き回って、直に物事を見ねばならんよ。ほら、僕には豊富な知識があるから、問題に当て嵌めて事を格段に処理しやすくできる。この記事にあるような、これら演繹推理の公式。君にはあざけりの対象でも、僕にしてみれば、実地におけるその価値は何物にも代え難い。僕の観察力も二つ目の天分だ。君は驚いていたね、初対面の時、アフガニスタン帰り、などと僕が言ったものだから。」

「人から聞いたに決まっとる。」

「そんなことはない。わかったのだ、君がアフガニスタン帰りだと。いつもの癖で、一連の思考が頭を一瞬で駆けめぐって、中の段階を意識せずに結論へと行き着く。ただ中間がないわけではない。一連の推理を追うと、『ここに医師風の男がいる、だが軍人の雰囲気もある。では軍医なのは明らか。彼は熱帯地方から帰ってきたばかりだ、というのも顔が黒いが、地肌でない上、なにしろ腕が白い。彼は艱難病苦を経験している、やつれた顔がなによりの証拠だ。左腕を負傷していて、ぎこちなく不自然な動きをしている。熱帯地方のどこに、英国軍医が苦難を経験し、腕に負傷を受けてしまうような所がある? アフガニスタンをおいて他になし。』すべて一連の思考は一秒に満たない。そしてアフガニスタン帰りだと僕が開口すれば、君は驚いたという次第。」

「説明してみれば、簡単だな。」と私は微笑んだ。「君はエドガー・アラン・ポオのデュパンを彷彿とさせるね。物語の外にこんな人物がいるとは、思ってもみなかった。」

シャーロック・ホームズは立ち上がって、パイプに火をつけた。「君は褒めるつもりで僕をデュパンになぞらえたのだろうが、まあ僕にしてみれば、デュパンなぞひどく劣等な男だ。考え込む友人の前で突然、それも一五分も沈黙したあとで、もっともらしい意見を述べる。あのやり口が実に露骨で表層的。それなりに分析力に恵まれてはいたには違いなかろうが、ポオが思っていたほど非凡な人間とはお世辞にも言い難い。」

「ガボリオの作品は読んだことあるかい? ルコックなら君の探偵像に合致するだろう?」

シャーロック・ホームズは冷ややかに鼻であしらった。「ルコックは哀れなへっぽこだ。」と声は怒り調子に、「褒められたことは、その根気くらいか。あの本を読むと、本当に気分が悪くなる。問題は、正体不明の囚人の身元確認一点。僕なら二十四時間以内にやってみせる。ルコックは六ヶ月あたりはかかったな。いい教材にはなろう、探偵の避けるべきことがわかる。」

自分の褒めた二人の人物を、こうも上から目線で扱われては、私もそれなりに腹が立つ。私は窓際へ歩み寄り、賑やかな通りを見下ろした。「この男、なるほど賢いかもしれんが、すこぶる自負心が強すぎる。」と私は思った。

「近頃は犯罪も悪人もさっぱりだ。」と同居人は不平たらたらで、「僕の頭脳が泣くよ。名遂げるだけの才能が自分にあることは、重々承知している。過去現在に及んで、かくも研究に研究を重ね、なおかつ犯罪捜査の天分を有している人間が、僕以外にいるものか。それがどうだ、捜査に値する犯罪そのものがない。あってもへっぽこ悪事、動機が見え透いているから、スコットランド・ヤードの刑事どもでも見破れてしまう始末だ。」

その高慢ちきな口調に、私のいらだちは収まりそうにないので、話題を変えるのが賢明だと判断した。

「あの男、何を捜してるのだろう。」と私が指差した先には、素朴な服装をした体格の良い男がいた。通りの向かい側をうろつき、せわしなく番地を確かめている。大きな青色の封筒を手にし、見たところ手紙の配達人らしかった。

「あの海兵隊の退役軍曹のことか?」とシャーロック・ホームズは言う。

私が心の中で、「このほら吹き男爵が! 確かめられないからと――」

と思うか思うまいかのうちに、目線の先にあった男が我が下宿の番地を見つけて、道を急ぎ足で横切ってきた。強く叩く戸の音、階下から太い声、階段を上る重い足取りが次々に聞こえた。

「シャーロック・ホームズさん宛です。」と言ってこの部屋に踏み入り、我が友人に手紙を渡した。

これ同居人の鼻をへし折る機会なり。こうなることも考えず、当て推量したのだろう。私はできるだけ平静を装って、「ちょいと君、職業を聞いてもいいかな?」

「便利屋であります。制服は繕いに出していまして。」と野太い声で答えた。

「で、昔は?」と尋ね、同居人の方に少し意地悪い目を向ける。

「軍曹であります、海兵隊軽装歩兵でありました。他には? しからば失敬。」

男は踵を付き合わせ、敬礼をし、去っていった。

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