Chapter 1 of 1

Chapter 1

夕暮の癲狂院は寂寞として

苔ばんだ石塀を囲らしてゐます。

中には誰も生きてはゐないのかもしれません。

看護人の白服が一つ

暗い玄関に吸ひ込まれました。

むかふの丘の櫟林の上に

赤い月が義理で上りました

(ごくありきたりの仕掛です)。

青い肩掛のお嬢さんが一人

坂をあがつて来ます。

ほの白いあごを襟にうづめて

脣の片端が思ひ出し笑ひに捩ぢれてゐます。

――お嬢さん、行きずりのかたではありますが、

石女らしいあなたの眦を

崇めさせてはいたゞけませんか。

誇らしい石の台座からよほど以前にずり落ちた

わたしの魂が跪いてさう申します。

――さて、坂を下りてどこへ行かうか……

やつぱり酒場か。

これも、何不足ないわたしの魂の申したことです。

●図書カード

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