Chapter 1 of 6

一 公園の占師

南洋のある半島の港です。太陽がてりつけて、暑い、けれどさはやかです。木がこんもりとしげり、椰子や棕櫚が、からかさのやうに葉をひろげて、いろんな花がさきほこつてゐます。

その港町の、公園の木かげに、みごとな白い髯をはやしたお爺さんが、ぢめんに毛布をひろげて、占の店をだしてゐます。まはりには、おほぜいの人があつまつてゐます。

このお爺さん、占といふのはつけたりで、じつは面白いことをしてみせるのです。十日に一度くらゐでてくるのですが、町の人たちはよく知つてゐて、薬屋の爺さんとか、白髯の爺さんとかいつてゐます。薬屋がしやうばいで白髯があだ名です。

「さあ/\、そんなによつてきちやいかん。」とお爺さんは人々にいひます。「これからいよ/\見とほしの術……うまくあたつたら、いくらでもよいから金をおいていくんだ。あたらなかつたら金はいらん。……おうこれ/\、シロちやんクロちやん、お前たちはひつこんでゐるんだ。」

シロちやんにクロちやん、それは猫のことです。まつ白な猫とまつ黒な猫で、いつもお爺さんがつれてゐるのです。これがあやしいのですが、たかが猫のこと、見物人たちは気がつきません。

そこでいよ/\見とほしの術……。お爺さんは、木の箱をとりだして、それを毛布の上にふせます。

「さあ/\、この箱の下に、なんでもよいからかくしなさい。わしが外から見とほして百ぱつ百ちゆう、ぴたりといひあてゝみせる。世にもふしぎな見とほしの術……。さあ/\誰かやつたやつた。」

お爺さんは、くるりとうしろをむいて、そのうへ両手で目をふさぎます。

一人の子供がでてきて、箱の下に物をかくします。見てるのは、見物人たちと、シロとクロの二ひきの猫だけです。

「もうよろしいか。」と爺さんはたづねます。

「よろしいよ。」と子供が答へます。

お爺さんはむきなほつて、じつと箱を見つめます。そしてちらと、シロとクロの顔を見ます。シロとクロもお爺さんの顔をちらと見ます。お爺さんはまた箱を見つめます。

「ははあ、つまらないものをかくしたな。石ころが二つ。どうだ。」

子供は頭をかいて、箱をとります。石ころが二つならんでゐます。

見物人たちは、笑つたり、よろこんだり、ふしぎがつたりします。

そんなことをなんどもやります。紳士がでてきて、時計をかくします。女がでてきて、ハンケチをかくします。学生がでてきて、ペンをかくします。それをお爺さんはみないひあてます。まつたく箱を見とほすのでせうか。一つとしてはづれつこありません。

見物人たちはかつさいします。お金をぱら/\なげます。

「もうよろしい。そんなにたくさんなげなくてもよろしい。」

お爺さんは、お金をひろひあつめます。

「こんどはおれがやつてみるよ。」

さういつて、一人の男がでてきました。みなりはりつぱですが、目のぎよろりとした。肩はゞのひろい、ひとくせありさうな男です。見なれない男です。

お爺さんがむかうをむくと、男は箱をふせました。

お爺さんはむきなほつて、箱をみつめ、シロとクロの顔をちらと見、また箱をみつめ、そしてちよつと考へました。

「ははあ、ごまかさうとしたね。なんにもない。箱の下には、なんにもかくしてない。」

「ほんとにないかね。」

「ないといつたらない。」

男は両手を箱にかけて、ぱつととりのけました。すると、そこには、ダイヤの指輪がきら/\光つてゐます。

「はゝゝゝ。」と男は笑ひました。「みごとはづれたな。」

見物人たちはあつけにとられました。そんなことははじめてなんです。お爺さんは首をかしげてゐます。

「よろしい、も一度やつてみよう。」

おなじことをくりかへしました。お爺さんはいひました。

「なるほど、こんどはなにかかくしたな。紙のやうなもので……紙幣だ。」

「紙幣……どうかな。」

男はつぶやきながら、箱に両手をかけ、はじめはそつと、そしてぱつと、箱をとりのけました。そこには、マッチが一つころがつてゐます……。

「はゝゝゝ、なか/\あたるよ、はゝゝゝ。」

男はあざけり笑ひました。お爺さんは考へこみました。それからふきげんさうに立ちあがりました。

「今日は頭のてうしがいけない。まあ、しくじつたとしておかう。しくじつたから、もうこれでおしまひだ。」

そして毛布をまき、シロとクロをだいて、かへつていきました。

見物人たちは、ふしぎさうにさゝやきあひました。

白髯の爺さんは、薬屋の店にかへつてきました。そしてシロとクロをあひてに……話をした……といふとをかしいでせうか。

じつをいふと、このまつ白い猫とまつ黒い猫、シロとクロは、ひとり者のお爺さんが子供のやうにかはいがつてるものです。猫の方でも、お爺さんを親のやうにおもつてゐます。そしてたがひにしたしみあつてるうちに、猫はだん/″\お爺さんの言葉がわかるやうになり、なほ人間の言葉がわかるやうになりました。そしてお爺さんの方では、猫の目色や顔色がわかるやうになり、猫の言葉がわかるやうになりました。ほんたうに親しみあふと、人間と動物とでも、たがひに話が通じるものらしいのです。このお爺さんとシロとクロの間が、ちやうどさうなんです。見とほしの術で、お爺さんがなんでもいひあてるのは、シロとクロがついてるからです。見物人が箱の下に物をかくすところを、シロとクロはちやんと見てゐて、何をかくしたかお爺さんに知らせます。だからどんな物でもあたります。

ところが、あの男の時だけは、あたりませんでした。

「たしかに見てゐたかね。」とお爺さんはシロとクロにたづねました。

シロとクロは、たしかに見てゐたのです。あの男は、はじめの時はなんにもかくしませんでした。ところが、ダイヤの指輪がでてきました。二度めの時は紙幣をかくしました。ところが、マッチがでてきました。ふしぎです。

「きつと、ごまかしたんですよ。」とシロもクロもいひました。

「なるほど、それにちがひない。」とお爺さんはいひました。「箱をとりのける時にごまかしたんだ。手つきにあやしいところがあつた。あれは、どうも、悪い奴らしい……。」

そして、お爺さんとシロとクロが考へこんでるところへ、ポン公が、いきをきらしてかけつけてきました。

ポン公といふのは、町の広場で、夕刊新聞の立売をして、どうにか暮しながら、ひとりで勉強してるかんしんな少年です。白髯のお爺さんの友だちで、またシロとクロの友だちです。いつもやつてきては、お爺さんからいろんなこと教はつたり、シロとクロとあそんだりするのです。

「お爺さん、今日の見とほしの術の……あの男、へんな奴ですよ。」とポン公はいひました。

「あゝ、うまくやられたよ。」とお爺さんはにが笑ひをしました。

「僕ね、すこしあとをつけてみたんです。ところが、自動車にのつていつてしまつたから、だめでした。だが、あの男を僕は知つてるんです。今日はあのとほり、りつぱななりをして、ダイヤの指輪なんかもつてましたが、ふだんは、きたないなりをして、漁師みたいなふうをして、海岸でつりをしてるんです。そんな時、いつも、沖にはれいのあやしい船がついてるんです。きつと、あのあやしい船の仲間ですよ。」

「あやしい船の……うーむ、さうかなあ。」

「ひとつさぐつてみませう。」

「さうだな。それはけしからん奴だ。」

あやしい船……どこからかやつてきて、またすつとでてゆく船です。軍艦のやうな、また商船のやうな、わけのわからない船です。

その船が沖についてる時に、あの男が海岸でつりをしてる……。なにかあひづをしてるのかも知れません。

「僕がいくと、用心するかも知れないから、シロとクロをやつてみませう。」

てはずがとゝのひました。

「しつかりやれよ。」とポン公はシロとクロにいひました。

さて、シロとクロだけで、うまくいくでせうか。でも、シロもクロも喜びいさんでゐます。見とほしの術のかたきうちをするつもりなのでせう。

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