Chapter 1 of 14

1 美とは何であるか

自然の中に

美学とは何を学ぶ学問であろうか。大体人々は価値のあるものとして、真実であること、善良であること、美しくきれいであることの三つを好み、尊敬し、愛するのではないだろうか。その真実について学ぶのが、哲学、論理学であり、善良であることについて学ぶのが倫理学であり、美しいこととは何であるか、芸術とは何であるかを考え、たずねていくことが美学なのである。

それでは美しいということは、どんな意味をもっているのだろう。景色が美しいという場合と、建築物が美しいという場合と、絵画が美しいという場合は一応意味が異なるように思われるのである。その一つ一つについて、これから考えてみよう。

第一に自然の美しさとは何であろう。空、海、山河、あの大自然の美しさ、鳥や花、あるいは人の体の美しさでもやはり自然の美しさなのである。それらのものがなぜ美しいのであろう。この問題はまだ解けきれてはいない。実に数千年の間、人々はこのむずかしい問題の前にわからぬままに頭をたれているのである。しかし、いろいろの疑問を抛げかけている、この疑問の数々が、美学の歴史にほかならないともいえるのである。

人々がよく知っていると自分で思っていることで、案外わかっていないものが多い。例えば自分の体の構造や働きを知りつくしているだろうか。自分の体が自分の自由になっているだろうか。手があるとか、足があるとかということではなくて、もっと内部で、刻々いかに血がめぐり、いかに血管が縮んだり伸びたりしているか、わかっているだろうか。否、自分が自分を自由にすることすらできるだろうか。冷静であろうと努めているのに、顔が真赤になることはないだろうか。あるフランスの批評家のいったように、自分の体もまた一つの大自然であり、山あり川あり、無限の喜びと悲しみをもっている大きな天地ではないだろうか。それについて自分がわかっていることは実に僅かであって、星の世界についてわかっていないことの多いと同じように、自分の体の中の働きについて知っていることも少ないし、また自由にもなっていないのである。実に自分の体自身が考えようもない複雑な、緻密な、微妙な、精巧をきわめた秩序の結集体ではないだろうか。つまり宇宙にくらべるべき容易ならざる大切なものが、自分自身の中にもあるのである。それらのものについて私たちは何を知っているであろう。実は何も知ってはいないのである。

私たちが、日常のことで思い悩み、腹を立てたり、悲しんだりして疲れはてた時、ふと、自然を見て、「ああ、こんな美しい世界があるのを、すっかり忘れていた。どうして、これを忘れていたのだろう。」と何だか恥ずかしくなり、やがて、悲しみや、怒りを忘れてしまい、自然の景色の中につつまれ、「ああいいな」とうっとりとその中に吸い込まれていくことがある。この時私たちは、宇宙の秩序の中につつまれることで、その中に引き込まれて、自分の肉体もが自分は意識しないけれども、じかに、直接に響きあっているのである。美にうたれるというこころもちはこんなことではあるまいか。自然の大きな秩序につかまれ、抱かれて、私たちは自分の肉体をも、その中にそれにふさわしくゆだね、まかせていっているのである。しかもそれは無理にそうなっていくのではなしに、そうすることで初めて、自分が何を求めていたかがはっきりわかり、「ああそうだったのか」と、みずから安らけさを感じ、暢びのびと、気が開けていくこころもちになるのである。こんなこころもちの時、それを美しいこころとか、美の意識とかいうのである。

一言にしてみれば、これまでの不自由なこころもちが、その自然を見ることで、意外にも自分自身融けほぐれて自由になり、解放されたようなこころもちになることなのである。シルレルというドイツの詩人が次の意味のようなことをいっている。「人間が、自然の中に、自分の自由なこころもちを感じる時、それを美というのである」と。

歴史の中の、不自由きわみない時代にも、人間は、自然に面して、それに面している時だけでも、自然に戯れ、健康な自由を感じて、それによって、世の中のこの不自由がどこからきたかをかぎつけたのであった。シルレルはこの自由なこころを「美しい魂」Schne Seele と名づけている。彼の作品中の、人間の不正に正しく憤ったウイリアム・テルのもつ魂もこの「美しい魂」の一つである。また美しい魂は、だから、強い魂でもあるのである。考えてみれば、自然も、何の無理もなく本分をたどっているものもあるし、あるいは、毅然として、その秩序を守っているものもあるのである。あるいは何万年の水の流れの中に耐えに耐えて、その肌を円く円くしている岩のように、容易でない闘いのはての姿、自分たちにはかり知れない秩序を私たちに示しているものもある。

それをじっと見ている時、私たちは言葉でいいようもない深い深いこころの奥底で、または肉体でじかに、ああ自分のあるべき境地はこれであったのか、これがほんとうのあるべき私の姿だったのかと、自分自身にめぐりあったようなこころもちになることがあるのである。

自然にふれることで、自分のほんとうのあるべき、守るべき姿にぶっつかり、ほんとうの自由な自分、いとおしむべき、健康な、大切にすべき自分に気がつくことは、大変なことである。死んでも守らなければならない自分を、発見することでもあるのである。

芭蕉が、「しづかに観ずれば、物、皆自得す。」といっているように、この時、物、みなの姿が、しみじみと芭蕉に伝わり、それを追求するために、年老いた彼をして、死を賭して旅に出しむるほど、美は強い力をもっているのである。

例えば、ライオンの子が、子どもの時、人間に捕えられて、羊の群れの中に飼われていたところ、ある日、森の中に、ふとライオンの雄々しい叫びを聞いて、勃然として、自分の血の中にライオンを感じて、かたわらの羊の子を喰い殺したという物語があるように、自然の中に、自分の自由のありかたをかぎつけた時、人間は、また柔らかい、柔軟きわみなきこころと、強い、強靭きわみないこころの二つのものを同時にもつことができるともいえるのである。

技術の中に

人間の創った道具、建築、あるいはスポーツなどというような、人間の技術がつくりあげたものに、私たちがぶっつかった時、美しいなと思うことは、どんな意味をもっているのであろう。

例えば、水泳の時、クロールの練習をするために、写真でフォームの型を何百枚見てもわかりっこないのである。長い練習のうちに、ある日、何か、水に身をまかしたような、楽に浮いているようなこころもちで、力を抜いたこころもちで、泳いでいることに気づくのである。その調子で泳いでいきながら、だんだん楽な快い、すらっとしたこころもちが湧いてきた時、フォームがわかったのである。初めて、グッタリと水に身をまかせたようなこころもち、何ともいえない楽な、楽しいこころもちになった時、それが、美しいこころもち、美感にほかならない。自分の肉体が、一つのあるべき法則、一つの形式、フォーム、型を探りあてたのである。自分のあるべきほんとうの姿にめぐりあったのである。このめぐりあったただ一つの証拠は、それが楽しいということである。しかもそれが、事実、泳いで速いことにもなるのである。無駄な力みや見てくれや小理屈を捨て去って、水と人間が、生でぶっつかって、微妙な、ゆるがすことのできない、法則にまで、探りあてた時に、肉体は、じかに、小理屈ぬきに、その法則のもつ隅々までの数学を、一瞬間で計算しつくして、その法則のもつ構成のすばらしさを、筋肉や血や呼吸でもってはかり、築きあげ、そのもつ調和、ハーモニー、響きあいを、肉体全体で味わうのである。音楽は耳を通して、肉体に伝えるのであるが、この場合は、指さきから足までの全体の動きで、全身が響きあっているのである。これがわかった時、これまでの自分は、他人みたいなものなのである。自分がほんとうの自分にめぐりあうと、そうなってくるのである。

このように考えると、クロールまでが、美学にも関係をもってくるのである。楽しいことは、常に容易ならないものを、その背中に担っているはずである。ボートのフォームなどは、あの八人のスライディングの近代機械のような、艇の構造に、八人の肉体が、融け込んで、しかも、八人が同時に感じる調和、ハーモニー、「いき」があったこころもちが、わかってこないと「型」がわかったとはいえないのである。しかも、それがわかった時は、水の中に融け込んだような、忘れようもない美しいこころもちなのである。よく「水ごころ」とか「ゲフュール」などと、ボートマンがその恍惚とした我を忘れるこころもちを呼んで楽しむのである。それはまた他の人が見ても、近代的な、美しいフォームなのである。この気分が八人の乗りてに一様に流れてくる時、ひとりでにフォームは揃ってき、ゆるがすことのできぬもの、一つの鉄のような、法則にまで、それは高まってくるのである。

ところが、この法則は、自然の法則のように、宇宙の中にあった法則であろうか。これは人間と水との間に、人間の創りだした新たな法則であって、自然の法則ではない。人間がこの宇宙の中に、自然と適応しながら、自分で創造し、発見し、それを固め、そしてさらに発展させていく法則である。これを「技術」というのである。これは大きい意味の技術をさすのではあるが、どんなつまらない技術も、みな、この大宇宙に対決するにたりる、大創造物でないものはない。たとえ、破れ靴のきれっぱしでも、人間の創造物なのである。

例えばこの大東京の一角に立ってみて、見えるかぎりの家、バラック、その中にうごめいているどんな人間の、ぼろぼろの着物だって、持ち物だって、電車だって、自動車だって、長い長い二十万年の人間の歴史が創りあげたものでないものは、一つもないのである。たとえ、どんな謬りを、たがいに犯していても、みな、この謬りをふみしめて、耐えに耐えて、さらに創りあげ、創造しようとしている技術でないものはないのである。

このすべてのくだらないものの中に、美がどうして発見されるのであろう。それは、ちょうど、クロールのフォームを発見した時のように、かつては溺れ、苦しんだ水の中に、すがすがしく泳げたように、そのあたえられたいろいろの条件を、ほんとうに自分たちのものとし、自分たちの法則にまで、たどりついているのではあるまいか。つまりこれらのものの中から私たちが美しいものを発見するということは、その中にそれを探りあてた時の証拠ともいえるのである。

しかし、歴史の永い伝統は、その証拠が、長い長い謬りをふみしめ、あるいは、足をたびたびふみ滑らしながらも、より高く、より高く立ちあがってきていることを示しているのである。こう考えると二十万年という人間の長い長い歴史が、何かいじらしいような気持にさえなってくるのである。この感じが、一口でいえば、ヒューマニズムとでもいうべき感じなのである。

人間が、言葉を発見したということは、手を自由にして、二つの足で立ったよりも、もっと根本的なことであった。このことから、人間は、この宇宙に、秩序があるらしいこと、法則があるらしいことに気づきはじめ、それを確かめたのである。宇宙が何も知らないのに、人間は、宇宙の秩序を、一人一人自分の中にうつしとることができるものとなったのである。生まれて、死ぬるまで、百年に充たない、取るにたらない、はかない存在であるのに、しかも、宇宙の秩序をいささかたりとも、探り求める存在として、みずからを創造したのである。そして、さらに物の中にだけ、法則があるのではなくして、第一に、人間と物との間にも、また第二に、人間と人間の間にも、秩序があるらしいことに気づき、それを、絶えず探し求めているのである。

国家を築きあげる努力と試み、社会の関係、道徳、法律、経済、政治など、みんなこの試みにほかならない。

大きくいって、人間の技術は、みんな、このはかない試みなのである。渺たる宇宙に比して、小さな秩序ではあるが、しかし、宇宙のほかのどこにもありえない、創られつつある秩序である。

それが創られたものであるかぎり、自然の星の軌道のように、寸分の狂いも謬りもないものではない。むしろ、常に謬りつつ、その謬りをふみしめることが、真実へのただ一つの道しるべとなるといえるであろう。

この謬っては正され、謬っては正されるところの技術の秩序、この中に、人々が、やはり、自然に向って感じたと同じ、美の驚きにめぐりあうことがあるのである。クロールのフォーム、ボートのフォームもそうである。また道具の世界でもそれを飾ろうとしたのではなくて、人間の道具に必要な条件を充たしたのに過ぎないのに、あっという驚きをもって、人々をうち、しかも、人々のこころのありかたを教えさとすことがある。

例えば、刀、ことに日本刀を見る時、その緊まった、寂けさは、人のこころを寒くするほどである。それはただ、その切るという機能が、純粋になりきった時、その秩序は、自然の美しさをしのぐほどのものにまで立ちいたっている。飛行機の美しさ、すべての機械の美しさ、機能美の近代建築もまたそうである。

飾りがないことは、嘘がないことである。率直にその働きに即いているのである。桂の離宮の建築は、日本の美の伝統にあるところの、素直さによって、この美しさに到達しているともいえるのである。しかも、この美しさこそ、日本の美の伝統的な純粋なものともいえるのである。技術の美が、自然の美の、ふところの中に飛び込んで、それと見まごうものとさえなっているところの、素晴らしいものといえるのである。

芸術の中に

人の創りだした、食べる道具、住居、着物その他いろいろの用途をもったものの中に、その用いかたとは別に、その目的のためには、一定の深い秩序をもたなければならない。その秩序、精密な構造を見ているうちに、人間にあるこころもちが湧いてくることになるのである。秩序のもつ美しさにうたれることなのである。それは、考えてみれば皮肉ででもある。例えば人を殺すことの目的でできた刀の中に、いつの間にか、いらだったり、血迷った心を寂めるような感じをもつ秩序と線が、現われたりするのである。つまり、めったに人を切ってはならないという反対のこころを、人間に教えていることになるのである。

やがて、さらに、もう一歩進めて、何に用うるかという用途を離れて、人間が、ただ美しさそのもののみを求めて、新しい秩序を創造してみたいと考えはじめた時、ここに芸術の世界が創られてくるのである。

例えば、弓を射る狩人が、獲物のない渓谷で、絃そのものを弾じて、その音に聞きほれた時、彼は、やがていろいろの弓を何本も集めて弾いてみることを考えつき、やがて、ハープのようなもの、琴に似たものを創りだしたと想像されるのである。そして、それはついに音階の機械としてのピアノにまで到達するのである。音の数学とでもいってよい近代の音楽が、完全に道具の世界から自由になっているのを見る時、もはや、弓絃との関連が考えられないぐらい、自由なものになっている。

原始的な労働につながる盆踊りのような輪舞で、うたった歌は、言葉の芸術の最初のものであるが、これが現今の戯曲、小説、映画にまで発展し、文学の世界を形づくってくるのである。また、明日の日の獲物を瞼に描き、洞穴に彫りつけた動物の絵が、宗教時代の偶像に、さらに近代の美術にまで移るにあたって、それらのものは、ひたすらに芸術のための芸術へと発展、分化してきたともいえるのである。

しかし、発展し、純粋化したといっても、それがほんとうの自由であるとはかぎらない。確かに、指を動かせることの自由、音の範囲を選ぶことの自由は、実にひろく大きく、自由になった。しかし、山の中で昔の人が、一本の弓絃に聞き入って、いろいろの音色をしらべている寂かな渓谷を想像して、その楽しみの自由さについては、昔と今と、どちらが自由かは、ちょっと考えものなのである。

昔、ある能の名人が、将軍の前で、能をすることとなり、控えの部屋で待っていた。いよいよ将軍の前に出ることになり、呼びだしがきたのである。ところが、その芸術家は、「少し待っていただきたい。今日はこころいっぱい表わしてみたい松風の音の気分が、自分の中に湧いてこないのです」というのである。ところが、なかなかその松を吹くあの美しい風の音が彼の胸中に湧いてこない。そしてついに将軍の機嫌をすっかり損ってしまったのであった。

この芸術家は、二つの意味で、可哀そうである。二つの意味で、自由を求めているのである。一つは、自分の中に、いつも自信まんまんとやれる「あの自分」が、自分の中でめぐりあえないのである。探しても、呼んでも、現われてくれないのである。その意味で可哀そうな、自由を失った人なのである。

第二の意味では、彼は、その自分を、思ういっぱい探し求める自由な社会に生きていないのである。自分が食べるためには、また自分の舞に、鼓をうったり、太鼓をうったりしてくれる多くの人々と、その家族を食べさせるには、芸術としては、忍ぶべからざる恥をも、忍ばなければならないようなことが起るのである。馬鹿馬鹿しいと思うようなこともしなければならない。ここに第二の不自由と、気の毒さがあるのである。

せんだって、ある音楽家に、国会図書館で、ヴァイオリンを弾いてもらった時「ちょうど、出演する十分前に館に着くように車を寄こしてくれないか」と、その音楽家のお母さんがいわれるのである。二十分も緊張して待っていては固くなるし、またいってすぐでは、心構えが整わないという意味なのであろう。これを聞いて、深い芸への真剣さにうたれたのであるが、自分の日常を顧みて、この真剣さなくしては、生きているとはいえない、ほんとうの生きている自分を探し求めて、生きているとはいえないと深い感動をうけたのである。

この探し求めることの自由、そして探しえた時の「ああこれだ」といえる充ちたりたこころ、これがみんな、芸術家のもつ、自由へのもがきから生まれるのである。ほんとうの自分にめぐりあったという自由への闘いなのである。

この境地を、芸術の美しさを求める苦しみというのである。人々は、その芸を見、聞いて、その芸術家をうったものが自分に伝わり、また、芸にうたれるのである。

だから、能の芸術家にせよ、誰にせよ、まず自分の肉体、神経と闘っている。そしていつも、あのこころもちになってしまえば、あとは、あの自分にまかせて演奏すればよいのだという自分を、自分の中にもっているのである。しかし、その自分は、いつでも、人々の前に「カバン」から出すように、容易には見つかりはしない。時には、自分を自分の中に捕えようもなく、見失ってしまうこともあるのである。

それは、練習に練習を重ねることで、鍛練に鍛練をつみ重ねることでのみ、初めて宇宙の中に、ほんとうの自分にめぐりあうことができるのである。多くの人々は一度もほんとうの自分にめぐりあわずに死んでいっているのである。芸術家だけは、それも、ほんとうの、いい加減でない真の芸術家だけが、どんなに貧乏しても、ほんとうの自分にめぐりあって死んでいっているともいえるのである。

その意味では、芸術家は幸福だともいえるようだが、芸術の歴史の示すところでは、売れっ子でない、貧乏して苦しんだ芸術家が、このようなほんとうの自分にめぐりあっているらしいのである。さきにいった、第一の自由、すなわち鍛練に鍛練を重ねて、自分が自分を自由にできた人が、必ずしも、社会生活で成功しない。社会が悪い場合、食うためには失敗し、あるいは不法な弾圧を受け、批評家にいじめられ、不自由に満ちた生活をしているのである。社会を変えないかぎり、必ずしも、芸術家は幸福とはいえないのである。

しかし、真に生きる域にいたるには、容易ならざる訓練が必要である。たいてい素人が芸を習いはじめておもしろくてたまらない、自慢したくてしようがないという三年ぐらいがある。これが入門時代である。たいていの旦那芸はこれである。アマチュア芸術である。尺八の首ふり三年というようなのんきな気持の楽しみぐらいでは十年やっても同じである。この基本訓練がすんで、むしろこれはむずかしいものだということがわかる時があって、表芸に入るのである。しかし、これもたいてい、マニエール、一つの自分癖のようなものを再現することに終るのである。ちょっと評判のよかった自分を、またしても自分がまね、自分がそんなにほめられるものをもたなければ、自分の師匠の型をまねる。その型が立派だと、一生涯ぐらいは芸術家で通用するのである。ただしほかにもっとよいのがなければであるが、何しろ、このマニエールが、時には個性があるといってほめられることもあるのである。しかしそれではまだ、ほんとうの自分にめぐりあっているのではなくして、人がほめたことのある自分のポーズを、自分で繰り返しまねているのである。そんなものから離れて、自分が自分を責めて、真剣な命をかけた鍛練をした時、このマニエールが消えて、一つのスタイル、一つの風格に達するのである。万人が見て、仰いでいよいよ高く感ずる、何ともいえない芸道を感ずる、芸の鬼といった凄みを感ぜしむることになるのである。この世界がほんとうは、自分がほんとうの自分にめぐりあうかどうかを、定めることのできる世界なのである。ほんとうの幸福、芸術だけにあるところの「しびれるような喜び」は、ここから生まれるのである。芸術のいわゆる、醍醐味という世界である。

自然の美しさ、技術の美しさにくらべて、一つの大きな飛躍した世界である。

Chapter 1 of 14