Chapter 1 of 1

Chapter 1

――悪いことがなければよいが

電柱のとつさき、工夫が云ふふん 今夜は誰も苦情は云ふまいて。十分そこらの停電はな。

窓ぎは。若い薬剤師が云ふやあ! まるで砂でも調合してるやうだよ。この匙でね。

夜店。植木屋が云ふ瓦斯を消しちまひな。もつたいない、そのかはり水をうんとやつておゝき。

解剖室。死体が云ふあんちきしよ 窓のカアテン引いとくのを忘れやがつて。くそ! おれは明るいと風邪をひく。

製図室。半分出来た製図が云ふおいおいみんな 今夜はうちの主人をおどかしてやらうぞ。ちびの主人が帰つて来ぬうちにさあ。一二三!真白くなつておかうぞ。

温室。こまちやくれた花が云ふあたい今晩だけは夜露に打たれてみたいと思ふわ。

鏡屋。いつぱい並んだ鏡が云ふけッ! 鏡鏡鏡鏡鏡どうしの睨めッこか。

ああ 娘の頬ぺた。紅い椿が食べたいよ。

活動写真館。映写幕が云ふ見物ひとり居ないのに 横ッ腹の窓から映つたりしやがつて。それにちつとも面白くないやい!

洋服屋の飾窓。臘人形が云ふあらあらあら。あたいの躯がこんなに透いちやつて。まあ花入り硝子!あたいの心臓。

玩具屋のガラス棚。ゴム人形が云ふ僕嫌だい。空気なんか詰められるのはもう嫌だい。よう お日さまの光が吸ひたいよう。

自動車陳列窓。青塗りのフオードが云ふ諸君つくづく俺は後悔するんである。一匹の黄金虫に生れなかつたことを。空を翔べなくともだ、ああ今夜の街上に逃げられたら!

ガソリン供給箱。赤い喞筒が云ふあああああガソリンは倦いたぞ倦いたぞ。

硝子製造所の高窓。長い硝子管が云ふチリリーン おお 月の光が身に沁むて。起きろい! フラスコ カツプ 花瓶も起きろ。チアリリーン 月に浮かれて躍らうよ。

僕。ちつぽけなそいつが云ふいやだい はづかしい。よせよ よせよ 恥しいつたら!あッさうかい。そこで僕がお月さまから電柱を盾に取つて失敬したら、をつとこさ元気のよい噴水。

●図書カード

Chapter 1 of 1