Chapter 1 of 50
序
これは私の前著「山岳渇仰」――戦時最悪の条件下で生れた――に次ぐ第二集で、あれに洩れたものと、その後の文章から選んで、ささやかな一本に纒めたものである。書名はその中の一篇から採った。
山は私にとって全くありがたい存在なのである。いつからか私は山に向えば、思わずぬかずき、拝む癖がついている。いわば山は、わたくし流の自然教の偶像といってもいい。
思えば明治の探検期以来、半世紀を越える年月を、山の恵みにあずかってきた私は、まことに仕合わせであるが、山も時代の外に超然たるわけには行かなかった。今そこには、探検時代に無かった山気の混濁がある。単に炭酸ガスの増加だけではない。一種の悪気が漂うのだ。そして何か山に対する心に欠けたところがある。
それが、ひいて山の自然を破壊する。人間の精神活動の源泉たる自然、その大切な宝庫を、みずから破壊する矛盾をおかしている。遭難はおろか、暗い霧のかなたを指す導標に、〈民族自滅へ〉と書かれていなければ幸いである。
畏れと、慎しみと、感謝と、それに自然を敬重する知恵が要望されること、今日より切なるはない。
昭和三十五年早春、頼もしき鶯の声を味わいつつ 阿佐ヶ谷の七葉山房にて清太道人
梅が香や雷鳥の影まぼろしに