Chapter 1 of 6

一 自由論争

新年を迎えて、過去一年間をふり返ってみると、まことに多事であったという気がする。鳩山総理のモスクワ訪問と日ソ交渉、砂川事件など、何となく急迫した空気が、日本の空におおいかぶさってくる気配が感ぜられる。

こういう気持を一層強めたものは、昨年の春から夏にかけて、一時日本を風靡した、いわゆる自由論争である。この方は、砂川事件ほど刺戟的ではなかったが、有識階級の間に発生した事件として、案外根強い影響を残したように思われる。

ジャパンタイムスによれば、ことの起こりは、私と桑原武夫氏との対談に始まったということになっている。文藝春秋に出た『自由過剰の国・日本』という対談で、われわれ両人は、日本には自由が多過ぎると論じた。しかしそれは大したことではなかったが、その後一月ばかりして、石川達三氏が、朝日新聞に『世界は変った』を書かれて、俄然議論が沸騰する騒ぎとなった。恐らく、日本で評論家と目されている人の大多数は、この問題に口をさしはさまざるを得ないような情勢になった。事実、いわゆる第一線の評論家或いは文化人は、ほとんど全部がこの問題について、意見を述べられた。

問題は、それほど重大であったのである。というわけは、この論争をつきつめて行けば、結局日本は、自由国家群の考え方を可とするか、共産圏諸国の考え方に落ちつくか、というところに帰するからである。あまりにも簡単に割り切ると言われるかもしれないが、理念や文章の粉飾をとり去って、煎じつめたところは、個人主義を重視するか、全体主義的な考え方を取り入れるかという点に行きつく。

この点を説明するには、発火点となった石川氏の論文からはいる方が、一番わかり易いであろう。石川氏の説を要約すれば、次のとおりである。日本には自由が多分にあるが、その自由には方針がない。知識人は各々自己の小自由に安住していて、建設的な意図をもたない。ソ連や中国では、自由は制限されているが、建設がある。国力がどんどん充実して行き、国民の生活水準が上がることが、大きい意味での自由である。日本も何とかしなければ、近い将来に、すっかり取り残されてしまうであろう。

言葉はもちろんちがうが、本筋は大体右のとおりと思われる。この意見に対しては、知識人の間には、概して反対が多く、全体主義への復帰を危惧する声が高かった。しかしそれは中央のジャーナリズムの話であって、地方では、とくに若い人たちの間では、この石川氏の論文は、相当熱意をもって受け入れられたそうである。

ソ連や中共の急速な進歩、とくにその建設ぶりの華々しさには、瞠目すべきものがあるらしい。そうかといって、日本でも全体主義の体制を採るべきかといえば、尻込みをする人が多い。しかし今のままでは行き詰まるか、取り残される心配が相当濃厚である。亀井勝一郎氏は、全体主義への復帰を危惧する人々は、それでは具体的にどうすればよいかと聞かれると、皆口ごもってしまう、と言っておられる。そしてどういう幼稚な説でもいいから、各々が自分の思っていることを、具体的にはっきり言うべきだと付け加えている。そのとおりであって、そういういろいろな具体的な意見が沢山出て、それがだんだんと絞られて行って、中庸を得た具体案に到達するのが本筋であろう。

Chapter 1 of 6