Chapter 1 of 7

黒い月と白い月

ハワイ島の高峰マウナ・ロアは、一万三千七百フィートの山頂を中心にして、神奈川県よりも一周り広い全地域が、黒い熔岩で蔽われている。木も草も、昆虫も鳥も、生命のあるものは、なに一つこの土地では生きて行かれない。この黒い月の世界のことは、前に書いた。

ところが、ちょうどこれと対照する白い月の世界も、この地球上にある。それはグリーンランドの氷冠(アイス・キャップ)の上の景観である。氷冠というのは、太古から降りつもった雪が解けないで、次第に積み重なり、自重のために氷化したもののことである。平らな土地にできた、動かない氷河と思えば、まずまちがいない。

グリーンランドは、島としては、世界でいちばん大きい島であって、南極大陸を除いては、いちばん極に近い陸地である。面積は二百十四万平方キロで、現在の日本の全領土の六倍半ある。所属はデンマークであるが、このとほうもなく広い土地に、人間は二万三千人くらいしか住んでいない。その大部分は、エスキモー人である。

日本の六倍半の土地に、人間が二万三千人といえば、ほとんど無人に近いといってよい。事実、グリーンランドの大部分は、氷冠に蔽われていて、この氷冠の上は、全くの無人の世界である。無人の世界というよりも、これはまったく生命のない世界といったほうがよい。グリーンランドの地図を見ると、海岸に沿ったごく狭い地域だけに色が塗ってあって、内部は真白になっている。この白く残されたところが氷冠であって、少なくも日本領土の六倍はある。そしてそこにあるものは、雪と氷だけであって、木もなければ、岩も見られない。要するに黒いものは、何ひとつない世界である。

さらに驚くべきことは、この氷冠の氷の厚さである。氷冠の標高は、大略ながらほとんど全土にわたって測られているが、いちばん高いところは、一万一千フィートを越え、平均して、約七千フィートである。ところで氷冠の厚さを、地下探鉱によく用いられる人工地震波で測ってみると、厚さは大体標高に近いか、あるいはそれよりも少し大きい値に出る。氷の底は、海面に近いか、あるいは海面下である。それでグリーンランドの氷冠は、ひと口にいえば、だいたい日本アルプスくらいの厚さで、日本全土の約六倍の大きさの氷の鏡餅と思ってよい。要するにとほうもないものである。

氷冠の上には生命がないといったが、それも当然である。草や木が生えようと思ったら、氷の中に長さ七千フィートの根をおろさねば下の土にはとどかない。木も草も生えない土地には、昆虫もすめないし、したがって鳥も獣も生きては行かれない。要するに、雪と氷だけしかないのである。氷の中に、黴菌くらいはいるかもしれない、というので、氷冠のいろいろな深さのところから採った氷を、生物学者が詳細に調べたが、いままでのところは、それも見つかっていない。黴菌も生きられない世界なのである。

氷冠の厚さが、それほど厚いというのは、なにかのまちがいではないかと、思われる方があるかもしれない。しかし南極大陸にも、同じような氷があることが、ごく最近わかった。バートランドはアメリカの基地の一つで、南極圏と極地点とのほぼ中間ぐらいにある。そこで人工地震波を用いて、氷の厚さを測ったら、約一万フィートという値が出た。今度の地球観測年の一つの収穫である。ところがバートランドの標高は、わずか五千フィートくらいにすぎない。それで氷の底は海面下五千フィートにまで達していることになる。

ところが、さらに驚くべきことには、南極点をはさんで、バートランドの反対側に、ソ連の基地があるが、そこでも、氷の厚さを測ってみたら、一万フィート近い値が得られた。これがほんとうなら、南極大陸は一つの大陸ではないことになる。従来からも、南極大陸は、二つの大陸からできているという説もあったが、あるいはそういうことになるかもしれない。

グリーンランドの場合は、内陸の大部分が、海面以下にあるらしい、ということになっている。海岸に沿った狭い地域だけには、いわゆる海岸山脈が、ずっと島をとりまいている。これは古い地質の岩山であって、もちろん木も草もなく、いかにも万古の氷雪で削られたような裸の岩肌を見せている。大部分は、千フィートから二千フィート程度の岩山であって、これは確かに海面上に出ている。

それでは、もしこの氷冠の氷が、ぜんぶ融けたら、グリーンランドは、周辺だけが環になって残り、内部は浅瀬になってしまいそうである。珊瑚礁の一種に、環礁というのがあるが、ちょうどあれと同じようなことになりそうである。

しかしこれには異論があって、もし氷がぜんぶ融けたら、グリーンランドの内陸は、浮き上ってくるだろうとも考えられる。平均高度七千フィートの氷といえば、たいへんな重量である。これだけの重量が、何百万年もかかっていれば、陸地はその重みで沈んでしまう。しかしその荷重がとれればまた浮いてくるとも考えられる。大地などといっても、あんがいたよりないもので、菎蒻みたいなところがたぶんにある。事実、スカンジナヴィア地方では、近代になって、氷河がどんどん後退している。それにしたがって、海岸は、しだいに隆起してきている。グリーンランドの場合は、日本の六倍半もある土地が、浮いたり、沈んだりするのであったら、まことに規模雄大な話である。

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