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亡び行く国土
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亡び行く国土
中谷宇吉郎
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Chapter 7 of 9

七 日本の知性

ルース台風がすぎたあと、新聞紙は「台風ルースの浮かした電力事情の好転は、全国的にはたった一日限りであった」といって、簡単に片づけてしまった。こういうところに、日本の知性のあらわれを見ることが出来る。というのは、この台風の被害は、従来のどの台風にも勝るくらい烈しいものであったからである。

最初に襲われた鹿児島では、瞬間最大風速は四十七メートルに達した。そして猛威を揮ったこの暴風は、全壊大破十三戸、住宅床上浸水一万五千戸という損害をもたらしたのである。宮崎地方もまた同様な被害を受け、死傷者の数は予期以上の数に上った。鹿児島だけで、死者八十三名というのであるから、いかに猛威を揮ったかがわかるであろう。中国地方もこれに次ぐ大被害を受け、山陽線は寸断され、電信電話は全くの混乱に陥ってしまった。

海上船舶の被害が大きかったことも、この台風の見逃し得ない一つの特徴である。七千トンの金剛丸、二千二百トンの金星丸などの坐礁をはじめ大小船舶の遭難が続出し、広島だけでも沈没船の数が二十隻に達したと報ぜられている。十六日までに判明した被害の集計だけをみても、

死者   三百五十四名

行方不明 二百八十四名

負傷   千名以上

というのであるから、かつて最も被害の大きかったといわれているジェーン台風よりも、桁違いに大きい被害をもたらしたのである。ジェーン台風の時の死者は、百九十余名であったのに、あれだけの大騒ぎをしたのである。

けっきょくその後の調査によって、家屋の全壊及び半壊数は四万戸を超え、ほかに流失家屋が二千五百戸以上という数字が挙げられている。田畑の冠水、堤防の決壊、橋の流失なども、もちろん莫大な数字に上り、驚いたことには船舶の被害が、軽微な損害まで入れると、実に五千八百余隻に及んでいるという。

物的損害として明らかにされているのは、建設省関係の損害五百三十億円である。従来の台風被害の推定額から考えてみて、民間の損害まで入れると、物的損害だけでも、少くも三千億円以上と考えられるのである。

ところが、話はこれだけではない。その後になって驚くべき事実が判明した。それは山口県玖珂郡の錦川上流地帯に起きた大悲惨事である。十五日未明に今度の台風の進路を正面に受けたこの地方では、河川の決壊や山崩れが頻発して、全く外部との交通が杜絶してしまったのである。被害があまりにも大きかったために、県当局その他の手が及ばず、ついに予備隊の出動を見るまでになったのである。新聞でも、予備隊の初出動として大きく取り上げられたのであるが、派遣された予備隊は、惨憺たる難行進の末、ついに自動車用の道路を切り開き、二十一日に至って、ようやく救護物資を届けることが出来たのである。

それで初めて被害の程度が判明したのであるが、この郡だけで、死者及び行方不明者は三百九名に上り、重軽傷者千二百余名という驚くべき数字を示したのである。これほどひどい被害のあった台風は、近来珍しいくらいである。東京の新聞には恵みの台風として歓迎されたルースが、実は六百名以上の人間を殺し、二千名以上を傷つけたのである。しかもその恵みの効めたるや、僅か一日というのでは全く話にもならない。

もっとも、こんなことを幾らいい立てても、台風を食い止めることも出来ないし、治水も急には出来る話ではない。それに水力発電様式の変更などといっても、それは今のところはまだ全く夢のような話である。現在の日本の国力ではどうにもならないではないかという議論が、必ず出ることであろう。しかしこのルース台風騒ぎの一週間ばかりのうちに、新聞紙上に表われた、政府及び関係者の施策または案というのは、次のような見出しの記事のものばかりであった。

「石炭輸入と人工雨、遅れた対策取り戻す」

「電力とり合いの産業界」

「電源開発、政府で新機関、来年度に二、三百億」

「電力融通令発動か」

「都でも電源開発」

「公益委の融通強化案」

「電源開発の五ヵ年計画、安本試案成る、恒久的な電力対策」

「電源外資にドレーパー書簡」

「公益委干渉を強化」

「電化企業に融資考慮、政府の電力対策」

こういう見出しの記事ばかりであるが、これらを一瞥しただけでも、ルース台風を慈雨台風と呼ぶ、日本の知性のよってくるところが窺われるであろう。

Chapter 7 of 9
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