Chapter 1 of 1

Chapter 1

かくれんぼで、倉の隅にもぐりこんだ東一君がランプを持って出て来た。

それは珍らしい形のランプであった。八十糎ぐらいの太い竹の筒が台になっていて、その上にちょっぴり火のともる部分がくっついている、そしてほやは、細いガラスの筒であった。はじめて見るものにはランプとは思えないほどだった。

そこでみんなは、昔の鉄砲とまちがえてしまった。

「何だア、鉄砲かア」と鬼の宗八君はいった。

東一君のおじいさんも、しばらくそれが何だかわからなかった。眼鏡越しにじっと見ていてから、はじめてわかったのである。

ランプであることがわかると、東一君のおじいさんはこういって子供たちを叱りはじめた。

「こらこら、お前たちは何を持出すか。まことに子供というものは、黙って遊ばせておけば何を持出すやらわけのわからん、油断もすきもない、ぬすっと猫のようなものだ。こらこら、それはここへ持って来て、お前たちは外へ行って遊んで来い。外に行けば、電信柱でも何でも遊ぶものはいくらでもあるに」

こうして叱られると子供ははじめて、自分がよくない行いをしたことがわかるのである。そこで、ランプを持出した東一君はもちろんのこと、何も持出さなかった近所の子供たちも、自分たちみんなで悪いことをしたような顔をして、すごすごと外の道へ出ていった。

外には、春の昼の風が、ときおり道のほこりを吹立ててすぎ、のろのろと牛車が通ったあとを、白い蝶がいそがしそうに通ってゆくこともあった。なるほど電信柱があっちこっちに立っている。しかし子供たちは電信柱なんかで遊びはしなかった。大人が、こうして遊べといったことを、いわれたままに遊ぶというのは何となくばかげているように子供には思えるのである。

そこで子供たちは、ポケットの中のラムネ玉をカチカチいわせながら、広場の方へとんでいった。そしてまもなく自分たちの遊びで、さっきのランプのことは忘れてしまった。

日ぐれに東一君は家へ帰って来た。奥の居間のすみに、あのランプがおいてあった。しかし、ランプのことを何かいうと、またおじいさんにがみがみいわれるかも知れないので、黙っていた。

夕御飯のあとの退屈な時間が来た。東一君はたんすにもたれて、ひき出しのかんをカタンカタンといわせていたり、店に出てひげを生やした農学校の先生が『大根栽培の理論と実際』というような、むつかしい名前の本を番頭に注文するところを、じっと見ていたりした。

そういうことにも飽くと、また奥の居間にもどって来て、おじいさんがいないのを見すまして、ランプのそばへにじりより、そのほやをはずしてみたり、五銭白銅貨ほどのねじをまわして、ランプの芯を出したりひっこめたりしていた。

すこしいっしょうけんめいになっていじくっていると、またおじいさんにみつかってしまった。けれどこんどはおじいさんは叱らなかった。ねえやにお茶をいいつけておいて、すっぽんと煙管筒をぬきながら、こういった。

「東坊、このランプはな、おじいさんにはとてもなつかしいものだ。長いあいだ忘れておったが、きょう東坊が倉の隅から持出して来たので、また昔のことを思い出したよ。こうおじいさんみたいに年をとると、ランプでも何でも昔のものに出合うのがとても嬉しいもんだ」

東一君はぽかんとしておじいさんの顔を見ていた。おじいさんはがみがみと叱りつけたから、怒っていたのかと思ったら、昔のランプに逢うことができて喜んでいたのである。

「ひとつ昔の話をしてやるから、ここへ来て坐れ」

とおじいさんがいった。

東一君は話が好きだから、いわれるままにおじいさんの前へいって坐ったが、何だかお説教をされるときのようで、いごこちがよくないので、いつもうちで話をきくときにとる姿勢をとって聞くことにした。つまり、寝そべって両足をうしろへ立てて、ときどき足の裏をうちあわせる芸当をしたのである。

おじいさんの話というのは次のようであった。

今から五十年ぐらいまえ、ちょうど日露戦争のじぶんのことである。岩滑新田の村に巳之助という十三の少年がいた。

巳之助は、父母も兄弟もなく、親戚のものとて一人もない、まったくのみなしごであった。そこで巳之助は、よその家の走り使いをしたり、女の子のように子守をしたり、米を搗いてあげたり、そのほか、巳之助のような少年にできることなら何でもして、村に置いてもらっていた。

けれども巳之助は、こうして村の人々の御世話で生きてゆくことは、ほんとうをいえばいやであった。子守をしたり、米を搗いたりして一生を送るとするなら、男とうまれた甲斐がないと、つねづね思っていた。

男子は身を立てねばならない。しかしどうして身を立てるか。巳之助は毎日、ご飯を喰べてゆくのがやっとのことであった。本一冊買うお金もなかったし、またたといお金があって本を買ったとしても、読むひまがなかった。

身を立てるのによいきっかけがないものかと、巳之助はこころひそかに待っていた。

すると或る夏の日のひるさがり、巳之助は人力車の先綱を頼まれた。

その頃岩滑新田には、いつも二、三人の人力曳がいた。潮湯治(海水浴のこと)に名古屋から来る客は、たいてい汽車で半田まで来て、半田から知多半島西海岸の大野や新舞子まで人力車でゆられていったもので、岩滑新田はちょうどその道すじにあたっていたからである。

人力車は人が曳くのだからあまり速くは走らない。それに、岩滑新田と大野の間には峠が一つあるから、よけい時間がかかる。おまけにその頃の人力車の輪は、ガラガラと鳴る重い鉄輪だったのである。そこで、急ぎの客は、賃銀を倍出して、二人の人力曳にひいてもらうのであった。巳之助に先綱曳を頼んだのも、急ぎの避暑客であった。

巳之助は人力車のながえにつながれた綱を肩にかついで、夏の入陽のじりじり照りつける道を、えいやえいやと走った。馴れないこととてたいそう苦しかった。しかし巳之助は苦しさなど気にしなかった。好奇心でいっぱいだった。なぜなら巳之助は、物ごころがついてから、村を一歩も出たことがなく、峠の向こうにどんな町があり、どんな人々が住んでいるか知らなかったからである。

日が暮れて青い夕闇の中を人々がほの白くあちこちする頃、人力車は大野の町にはいった。

巳之助はその町でいろいろな物をはじめて見た。軒をならべて続いている大きい商店が、第一、巳之助には珍らしかった。巳之助の村にはあきないやとては一軒しかなかった。駄菓子、草鞋、糸繰りの道具、膏薬、貝殻にはいった目薬、そのほか村で使うたいていの物を売っている小さな店が一軒きりしかなかったのである。

しかし巳之助をいちばんおどろかしたのは、その大きな商店が、一つ一つともしている、花のように明かるいガラスのランプであった。巳之助の村では夜はあかりなしの家が多かった。まっくらな家の中を、人々は盲のように手でさぐりながら、水甕や、石臼や大黒柱をさぐりあてるのであった。すこしぜいたくな家では、おかみさんが嫁入りのとき持って来た行燈を使うのであった。行燈は紙を四方に張りめぐらした中に、油のはいった皿があって、その皿のふちにのぞいている燈心に、桜の莟ぐらいの小さいほのおがともると、まわりの紙にみかん色のあたたかな光がさし、附近は少し明かるくなったのである。しかしどんな行燈にしろ、巳之助が大野の町で見たランプの明かるさにはとても及ばなかった。

それにランプは、その頃としてはまだ珍らしいガラスでできていた。煤けたり、破れたりしやすい紙でできている行燈より、これだけでも巳之助にはいいもののように思われた。

このランプのために、大野の町ぜんたいが竜宮城かなにかのように明かるく感じられた。もう巳之助は自分の村へ帰りたくないとさえ思った。人間は誰でも明かるいところから暗いところに帰るのを好まないのである。

巳之助は駄賃の十五銭を貰うと、人力車とも別れてしまって、お酒にでも酔ったように、波の音のたえまないこの海辺の町を、珍らしい商店をのぞき、美しく明かるいランプに見とれて、さまよっていた。

呉服屋では、番頭さんが、椿の花を大きく染め出した反物を、ランプの光の下にひろげて客に見せていた。穀屋では、小僧さんがランプの下で小豆のわるいのを一粒ずつ拾い出していた。また或る家では女の子が、ランプの光の下に白くひかる貝殻を散らしておはじきをしていた。また或る店ではこまかい珠に糸を通して数珠をつくっていた。ランプの青やかな光のもとでは、人々のこうした生活も、物語か幻燈の世界でのように美しくなつかしく見えた。

巳之助は今までなんども、「文明開化で世の中がひらけた」ということをきいていたが、今はじめて文明開化ということがわかったような気がした。

歩いているうちに、巳之助は、様々なランプをたくさん吊してある店のまえに来た。これはランプを売っている店にちがいない。

巳之助はしばらくその店のまえで十五銭を握りしめながらためらっていたが、やがて決心してつかつかとはいっていった。

「ああいうものを売っとくれや」

と巳之助はランプをゆびさしていった。まだランプという言葉を知らなかったのである。

店の人は、巳之助がゆびさした大きい吊ランプをはずして来たが、それは十五銭では買えなかった。

「負けとくれや」

と巳之助はいった。

「そうは負からん」

と店の人は答えた。

「卸値で売っとくれや」

巳之助は村の雑貨屋へ、作った草鞋を買ってもらいによく行ったので、物には卸値と小売値があって、卸値は安いということを知っていた。たとえば、村の雑貨屋は、巳之助の作った瓢箪型の草鞋を卸値の一銭五厘で買いとって、人力曳たちに小売値の二銭五厘で売っていたのである。

ランプ屋の主人は、見も知らぬどこかの小僧がそんなことをいったので、びっくりしてまじまじと巳之助の顔を見た。そしていった。

「卸値で売れって、そりゃ相手がランプを売る家なら卸値で売ってあげてもいいが、一人一人のお客に卸値で売るわけにはいかんな」

「ランプ屋なら卸値で売ってくれるだのイ?」

「ああ」

「そんなら、おれ、ランプ屋だ。卸値で売ってくれ」

店の人はランプを持ったまま笑い出した。

「おめえがランプ屋? はッはッはッはッ」

「ほんとうだよ、おッつあん。おれ、ほんとうにこれからランプ屋になるんだ。な、だから頼むに、今日は一つだけンど卸値で売ってくれや。こんど来るときゃ、たくさん、いっぺんに買うで」

店の人ははじめ笑っていたが、巳之助の真剣なようすに動かされて、いろいろ巳之助の身の上をきいたうえ、

「よし、そんなら卸値でこいつを売ってやろう。ほんとは卸値でもこのランプは十五銭じゃ売れないけど、おめえの熱心なのに感心した。負けてやろう。そのかわりしっかりしょうばいをやれよ。うちのランプをどんどん持ってって売ってくれ」

といって、ランプを巳之助に渡した。

巳之助はランプのあつかい方を一通り教えてもらい、ついでに提燈がわりにそのランプをともして、村へむかった。

藪や松林のうちつづく暗い峠道でも、巳之助はもう恐くはなかった。花のように明かるいランプをさげていたからである。

巳之助の胸の中にも、もう一つのランプがともっていた。文明開化に遅れた自分の暗い村に、このすばらしい文明の利器を売りこんで、村人たちの生活を明かるくしてやろうという希望のランプが――

巳之助の新しいしょうばいは、はじめのうちまるではやらなかった。百姓たちは何でも新しいものを信用しないからである。

そこで巳之助はいろいろ考えたあげく、村で一軒きりのあきないやへそのランプを持っていって、ただで貸してあげるからしばらくこれを使って下さいと頼んだ。

雑貨屋の婆さんは、しぶしぶ承知して、店の天井に釘を打ってランプを吊し、その晩からともした。

五日ほどたって、巳之助が草鞋を買ってもらいに行くと、雑貨屋の婆さんはにこにこしながら、こりゃたいへん便利で明かるうて、夜でもお客がよう来てくれるし、釣銭をまちがえることもないので、気に入ったから買いましょう、といった。その上、ランプのよいことがはじめてわかった村人から、もう三つも注文のあったことを巳之助にきかしてくれた。巳之助はとびたつように喜んだ。

そこで雑貨屋の婆さんからランプの代と草鞋の代を受けとると、すぐその足で、走るようにして大野へいった。そしてランプ屋の主人にわけを話して、足りないところは貸してもらい、三つのランプを買って来て、注文した人に売った。

これから巳之助のしょうばいははやって来た。

はじめは注文をうけただけ大野へ買いにいっていたが、少し金がたまると、注文はなくてもたくさん買いこんで来た。

そして今はもう、よその家の走り使いや子守をすることはやめて、ただランプを売るしょうばいだけにうちこんだ。物干台のようなわくのついた車をしたてて、それにランプやほやなどをいっぱい吊し、ガラスの触れあう涼しい音をさせながら、巳之助は自分の村や附近の村々へ売りにいった。

巳之助はお金も儲かったが、それとは別に、このしょうばいがたのしかった。今まで暗かった家に、だんだん巳之助の売ったランプがともってゆくのである。暗い家に、巳之助は文明開化の明かるい火を一つ一つともしてゆくような気がした。

巳之助はもう青年になっていた。それまでは自分の家とてはなく、区長さんのところの軒のかたむいた納屋に住ませてもらっていたのだが、小金がたまったので、自分の家もつくった。すると世話してくれる人があったのでお嫁さんももらった。

或るとき、よその村でランプの宣伝をしておって、「ランプの下なら畳の上に新聞をおいて読むことが出来るのイ」と区長さんに以前きいていたことをいうと、お客さんの一人が「ほんとかン?」とききかえしたので、嘘のきらいな巳之助は、自分でためして見る気になり、区長さんのところから古新聞をもらって来て、ランプの下にひろげた。

やはり区長さんのいわれたことはほんとうであった。新聞のこまかい字がランプの光で一つ一つはっきり見えた。「わしは嘘をいってしょうばいをしたことにはならない」と巳之助はひとりごとをいった。しかし巳之助は、字がランプの光ではっきり見えても何にもならなかった。字を読むことができなかったからである。

「ランプで物はよく見えるようになったが、字が読めないじゃ、まだほんとうの文明開化じゃねえ」

そういって巳之助は、それから毎晩区長さんのところへ字を教えてもらいにいった。

熱心だったので一年もすると、巳之助は尋常科を卒業した村人の誰にも負けないくらい読めるようになった。

そして巳之助は書物を読むことをおぼえた。

巳之助はもう、男ざかりの大人であった。家には子供が二人あった。「自分もこれでどうやらひとり立ちができたわけだ。まだ身を立てるというところまではいっていないけれども」と、ときどき思って見て、そのつど心に満足を覚えるのであった。

さて或る日、巳之助がランプの芯を仕入れに大野の町へやって来ると、五、六人の人夫が道のはたに穴を堀り、太い長い柱を立てているのを見た。その柱の上の方には腕のような木が二本ついていて、その腕木には白い瀬戸物のだるまさんのようなものがいくつかのっていた。こんな奇妙なものを道のわきに立てて何にするのだろう、と思いながら少し先にゆくと、また道ばたに同じような高い柱が立っていて、それには雀が腕木にとまって鳴いていた。

この奇妙な高い柱は五十米ぐらい間をおいては、道のわきに立っていた。

巳之助はついに、ひなたでうどんを乾している人にきいてみた。すると、うどんやは「電気とやらいうもんが今度ひけるだげな。そいでもう、ランプはいらんようになるだげな」と答えた。

巳之助にはよくのみこめなかった。電気のことなどまるで知らなかったからだ。ランプの代りになるものらしいのだが、そうとすれば、電気というものはあかりにちがいあるまい。あかりなら、家の中にともせばいいわけで、何もあんなとてつもない柱を道のくろに何本もおっ立てることはないじゃないかと、巳之助は思ったのである。

それから一月ほどたって、巳之助がまた大野へ行くと、この間立てられた道のはたの太い柱には、黒い綱のようなものが数本わたされてあった。黒い綱は、柱の腕木にのっているだるまさんの頭を一まきして次の柱へわたされ、そこでまただるまさんの頭を一まきして次の柱にわたされ、こうしてどこまでもつづいていた。

注意してよく見ると、ところどころの柱から黒い綱が二本ずつだるまさんの頭のところで別れて、家の軒端につながれているのであった。

「へへえ、電気とやらいうもんはあかりがともるもんかと思ったら、これはまるで綱じゃねえか。雀や燕のええ休み場というもんよ」

と巳之助が一人であざわらいながら、知合いの甘酒屋にはいってゆくと、いつも土間のまん中の飯台の上に吊してあった大きなランプが、横の壁の辺に取りかたづけられて、あとにはそのランプをずっと小さくしたような、石油入れのついていない、変なかっこうのランプが、丈夫そうな綱で天井からぶらさげられてあった。

「何だやい、変なものを吊したじゃねえか。あのランプはどこか悪くでもなったかやい」

と巳之助はきいた。すると甘酒屋が、

「ありゃ、こんどひけた電気というもんだ。火事の心配がのうて、明かるうて、マッチはいらぬし、なかなか便利なもんだ」

と答えた。

「ヘッ、へんてこれんなものをぶらさげたもんよ。これじゃ甘酒屋の店も何だか間がぬけてしまった。客もへるだろうよ」

甘酒屋は、相手がランプ売であることに気がついたので、電燈の便利なことはもういわなかった。

「なア、甘酒屋のとッつあん。見なよ、あの天井のとこを。ながねんのランプの煤であそこだけ真黒になっとるに。ランプはもうあそこにいついてしまったんだ。今になって電気たらいう便利なもんができたからとて、あそこからはずされて、あんな壁のすみっこにひっかけられるのは、ランプがかわいそうよ」

こんなふうに巳之助はランプの肩をもって、電燈のよいことはみとめなかった。

ところでまもなく晩になって、誰もマッチ一本すらなかったのに、とつぜん甘酒屋の店が真昼のように明かるくなったので、巳之助はびっくりした。あまり明かるいので、巳之助は思わずうしろをふりむいて見たほどだった。

「巳之さん、これが電気だよ」

巳之助は歯をくいしばって、ながいあいだ電燈を見つめていた。敵でも睨んでいるようなかおつきであった。あまり見つめていて眼のたまが痛くなったほどだった。

「巳之さん、そういっちゃ何だが、とてもランプで太刀うちはできないよ。ちょっと外へくびを出して町通りを見てごらんよ」

巳之助はむっつりと入口の障子をあけて、通りをながめた。どこの家どこの店にも、甘酒屋のと同じように明かるい電燈がともっていた。光は家の中にあまつて、道の上にまでこぼれ出ていた。ランプを見なれていた巳之助にはまぶしすぎるほどのあかりだった。巳之助は、くやしさに肩でいきをしながら、これも長い間ながめていた。

ランプの、てごわいかたきが出て来たわい、と思った。いぜんには文明開化ということをよく言っていた巳之助だったけれど、電燈がランプよりいちだん進んだ文明開化の利器であるということは分らなかった。りこうな人でも、自分が職を失うかどうかというようなときには、物事の判断が正しくつかなくなることがあるものだ。

その日から巳之助は、電燈が自分の村にもひかれるようになることを、心ひそかにおそれていた。電燈がともるようになれば、村人たちはみんなランプを、あの甘酒屋のしたように壁の隅につるすか、倉の二階にでもしまいこんでしまうだろう。ランプ屋のしょうばいはいらなくなるだろう。

だが、ランプでさえ村へはいって来るにはかなりめんどうだったから、電燈となっては村人たちはこわがって、なかなか寄せつけることではあるまい、と巳之助は、一方では安心もしていた。

しかし間もなく、「こんどの村会で、村に電燈を引くかどうかを決めるだげな」という噂をきいたときには、巳之助は脳天に一撃をくらったような気がした。強敵いよいよござんなれ、と思った。

そこで巳之助は黙ってはいられなかった。村の人々の間に、電燈反対の意見をまくしたてた。

「電気というものは、長い線で山の奥からひっぱって来るもんだでのイ、その線をば夜中に狐や狸がつたって来て、この近ぺんの田畠を荒らすことはうけあいだね」

こういうばかばかしいことを巳之助は、自分の馴れたしょうばいを守るためにいうのであった。それをいうとき何かうしろめたい気がしたけれども。

村会がすんで、いよいよ岩滑新田の村にも電燈をひくことにきまったと聞かされたときにも、巳之助は脳天に一撃をくらったような気がした。こうたびたび一撃をくらってはたまらない、頭がどうかなってしまう、と思った。

その通りであった。頭がどうかなってしまった。村会のあとで三日間、巳之助は昼間もふとんをひっかぶって寝ていた。その間に頭の調子が狂ってしまったのだ。

巳之助は誰かを怨みたくてたまらなかった。そこで村会で議長の役をした区長さんを怨むことにした。そして区長さんを怨まねばならぬわけをいろいろ考えた。へいぜいは頭のよい人でも、しょうばいを失うかどうかというようなせとぎわでは、正しい判断をうしなうものである。とんでもない怨みを抱くようになるものである。

菜の花ばたの、あたたかい月夜であった。どこかの村で春祭の支度に打つ太鼓がとほとほと聞えて来た。

巳之助は道を通ってゆかなかった。みぞの中を鼬のように身をかがめて走ったり、藪の中を捨犬のようにかきわけたりしていった。他人に見られたくないとき、人はこうするものだ。

区長さんの家には長い間やっかいになっていたので、よくその様子はわかっていた。火をつけるにいちばん都合のよいのは藁屋根の牛小屋であることは、もう家を出るときから考えていた。

母屋はもうひっそり寝しずまっていた。牛小屋もしずかだった。しずかだといって、牛は眠っているかめざめているかわかったもんじゃない。牛は起きていても寝ていてもしずかなものだから。もっとも牛が眼をさましていたって、火をつけるにはいっこうさしつかえないわけだけれども。

巳之助はマッチのかわりに、マッチがまだなかったじぶん使われていた火打の道具を持って来た。家を出るとき、かまどのあたりでマッチを探したが、どうしたわけかなかなか見つからないので、手にあたったのをさいわい、火打の道具を持って来たのだった。

巳之助は火打で火を切りはじめた。火花は飛んだが、ほくちがしめっているのか、ちっとも燃えあがらないのであった。巳之助は火打というものは、あまり便利なものではないと思った。火が出ないくせにカチカチと大きな音ばかりして、これでは寝ている人が眼をさましてしまうのである。

「ちえッ」と巳之助は舌打ちしていった。「マッチを持って来りゃよかった。こげな火打みてえな古くせえもなア、いざというとき間にあわねえだなア」

そういってしまって巳之助は、ふと自分の言葉をききとがめた。

「古くせえもなア、いざというとき間にあわねえ、……古くせえもなア間にあわねえ……」

ちょうど月が出て空が明かるくなるように、巳之助の頭がこの言葉をきっかけにして明かるく晴れて来た。

巳之助は、今になって、自分のまちがっていたことがはっきりとわかった。――ランプはもはや古い道具になったのである。電燈という新しいいっそう便利な道具の世の中になったのである。それだけ世の中がひらけたのである。文明開化が進んだのである。巳之助もまた日本のお国の人間なら、日本がこれだけ進んだことを喜んでいいはずなのだ。古い自分のしょうばいが失われるからとて、世の中の進むのにじゃましようとしたり、何の怨みもない人を怨んで火をつけようとしたのは、男として何という見苦しいざまであったことか。世の中が進んで、古いしょうばいがいらなくなれば、男らしく、すっぱりそのしょうばいは棄てて、世の中のためになる新しいしょうばいにかわろうじゃないか。――

巳之助はすぐ家へとってかえした。

そしてそれからどうしたか。

寝ているおかみさんを起して、今家にあるすべてのランプに石油をつがせた。

おかみさんは、こんな夜更けに何をするつもりか巳之助にきいたが、巳之助は自分がこれからしようとしていることをきかせれば、おかみさんが止めるにきまっているので、黙っていた。

ランプは大小さまざまのがみなで五十ぐらいあった。それにみな石油をついだ。そしていつもあきないに出るときと同じように、車にそれらのランプをつるして、外に出た。こんどはマッチを忘れずに持って。

道が西の峠にさしかかるあたりに、半田池という大きな池がある。春のことでいっぱいたたえた水が、月の下で銀盤のようにけぶり光っていた。池の岸にははんの木や柳が、水の中をのぞくようなかっこうで立っていた。

巳之助は人気のないここを選んで来た。

さて巳之助はどうするというのだろう。

巳之助はランプに火をともした。一つともしては、それを池のふちの木の枝に吊した。小さいのも大きいのも、とりまぜて、木にいっぱい吊した。一本の木で吊しきれないと、そのとなりの木に吊した。こうしてとうとうみんなのランプを三本の木に吊した。

風のない夜で、ランプは一つ一つがしずかにまじろがず、燃え、あたりは昼のように明かるくなった。あかりをしたって寄って来た魚が、水の中にきらりきらりとナイフのように光った。

「わしの、しょうばいのやめ方はこれだ」

と巳之助は一人でいった。しかし立去りかねて、ながいあいだ両手を垂れたままランプの鈴なりになった木を見つめていた。

ランプ、ランプ、なつかしいランプ。ながの年月なじんで来たランプ。

「わしの、しょうばいのやめ方はこれだ」

それから巳之助は池のこちら側の往還に来た。まだランプは、向こう側の岸の上にみなともっていた。五十いくつがみなともっていた。そして水の上にも五十いくつの、さかさまのランプがともっていた。立ちどまって巳之助は、そこでもながく見つめていた。

ランプ、ランプ、なつかしいランプ。

やがて巳之助はかがんで、足もとから石ころを一つ拾った。そして、いちばん大きくともっているランプに狙いをさだめて、力いっぱい投げた。パリーンと音がして、大きい火がひとつ消えた。

「お前たちの時世はすぎた。世の中は進んだ」

と巳之助はいった。そしてまた一つ石ころを拾った。二番目に大きかったランプが、パリーンと鳴って消えた。

「世の中は進んだ。電気の時世になった」

三番目のランプを割ったとき、巳之助はなぜか涙がうかんで来て、もうランプに狙いを定めることができなかった。

こうして巳之助は今までのしょうばいをやめた。それから町に出て、新しいしょうばいをはじめた。本屋になったのである。

「巳之助さんは今でもまだ本屋をしている。もっとも今じゃだいぶ年とったので、息子が店はやっているがね」

と東一君のおじいさんは話をむすんで、冷めたお茶をすすった。巳之助さんというのは東一君のおじいさんのことなので、東一君はまじまじとおじいさんの顔を見た。いつの間にか東一君はおじいさんのまえに坐りなおして、おじいさんのひざに手をおいたりしていたのである。

「そいじゃ、残りの四十七のランプはどうした?」

と東一君はきいた。

「知らん。次の日、旅の人が見つけて持ってったかも知れない」

「そいじゃ、家にはもう一つもランプなしになっちゃった?」

「うん、ひとつもなし。この台ランプだけが残っていた」

とおじいさんは、ひるま東一君が持出したランプを見ていった。

「損しちゃったね。四十七も誰かに持ってかれちゃって」

と東一君がいった。

「うん損しちゃった。今から考えると、何もあんなことをせんでもよかったとわしも思う。岩滑新田に電燈がひけてからでも、まだ五十ぐらいのランプはけっこう売れたんだからな。岩滑新田の南にある深谷なんという小さい村じゃ、まだ今でもランプを使っているし、ほかにも、ずいぶんおそくまでランプを使っていた村は、あったのさ。しかし何しろわしもあの頃は元気がよかったんでな。思いついたら、深くも考えず、ぱっぱっとやってしまったんだ」

「馬鹿しちゃったね」

と東一君は孫だからえんりょなしにいった。

「うん、馬鹿しちゃった。しかしね、東坊――」

とおじいさんは、きせるを膝の上でぎゅッと握りしめていった。

「わしのやり方は少し馬鹿だったが、わしのしょうばいのやめ方は、自分でいうのもなんだが、なかなかりっぱだったと思うよ。わしの言いたいのはこうさ、日本がすすんで、自分の古いしょうばいがお役に立たなくなったら、すっぱりそいつをすてるのだ。いつまでもきたなく古いしょうばいにかじりついていたり、自分のしょうばいがはやっていた昔の方がよかったといったり、世の中のすすんだことをうらんだり、そんな意気地のねえことは決してしないということだ」

東一君は黙って、ながい間おじいさんの、小さいけれど意気のあらわれた顔をながめていた。やがて、いった。

「おじいさんはえらかったんだねえ」

そしてなつかしむように、かたわらの古いランプを見た。

●図書カード

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