Chapter 1 of 9

プロローグ

「この物語の不思議さは、常人の想像を絶しますが、決して出たらめな作り話ではありません。この広い世の中には、アラビアンナイトや剪灯新話にも劣らぬ怪奇な事件があり得るということを明らかにし、その中に潜む道徳を批判して頂くために、いろいろの差し障りを忍んでこの事件の真相を発表することになったのであります」

奇談クラブの席上、真珠色の間接光線のあふれる中で、ピアニストの平賀源一郎は、こんな調子で話し始めました。

「皆様も御存じの新進作曲家で、おびただしい流行歌を発表して、当代楽壇の人気者になっている小杉卓二君の奥さんで――これは若手の女流ピアニスト中、特異の存在と見られていた由紀子夫人が、急病で亡くなり、それから四日目に、小杉卓二君の愛人夢子が、ぺーパーナイフで心臓を刺されて死んだことは、どなたもよく御存じのことと思います。その犯人は一年経った今まで、到頭挙らずにしまいましたが、仔細あって、その顛末を悉く知っている私は非常な危険を冒して、此処に一切の事情を申上げようと思い立ったのであります」

あまりの話題に、会場一パイに詰めた会員達は、思わず固唾を呑みました。

平賀源一郎はその凄まじい緊張を眺めながら、静かに語り続けるのでした。

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