一
「平次、折入っての頼みだ、引受けてくれるか」
「ヘエ――」
銭形の平次は、相手の真意を測り兼ねて、そっと顔を上げました。二十四五の苦み走った好い男、藍微塵の狭い袷に膝小僧を押し隠して、弥蔵に馴れた手をソッと前に揃えます。
「一つ間違えば、御奉行朝倉石見守様は申すに及ばず、御老中方にとっても腹切り道具だ。押付けがましいが平次、命を投げ出すつもりでやってみてはくれまいか」
と言うのは、南町奉行与力の筆頭笹野新三郎、奉行朝倉石見守の智恵袋と言われたほどの人物ですが、不思議に高貴な人品骨柄です。
「頼むも頼まないもございません、先代から御恩になった旦那様の大事とあれば、平次の命なんざ物の数でもございません。どうぞ御遠慮なくおっしゃって下さいまし」
敷居の中へいざり入る平次、それをさし招くように座布団を滑り落ちた新三郎は、
「上様には、また雑司ヶ谷の御鷹狩を仰せ出された」
「エッ」
「先頃、雑司ヶ谷御鷹狩の節の騒ぎは、お前も聞いたであろう」
「薄々は存じております」
それは平次も聞き知っておりました。三代将軍家光公が、雑司ヶ谷鬼子母神のあたりで御鷹を放たれた時、どこからともなく飛んで来た一本の征矢が、危うく家光公の肩先をかすめ、三つ葉葵の定紋を打った陣笠の裏金に滑って、眼前三歩のところに落ちたという話。
それッと――立ちどころに手配しましたが、曲者の行方は更にわかりません。
後で調べてみると、鷹の羽を矧いだ箆深の真矢で、白磨き二寸あまりの矢尻には、松前の人々が使うという「トリカブト」の毒が塗ってあったということです。
「その曲者も召捕らぬうちに、上様には再度雑司ヶ谷の御鷹野を仰せ出された。御老中は申すに及ばず、お側の衆からもいろいろ諫言を申上げたが、上様日頃の御気象で、一旦仰せ出された上は金輪際変替えは遊ばされぬ。そこで御老中方から、朝倉石見守様へ直々のお頼みで、是が非でも御鷹野の当日までに、上様を遠矢にかけた曲者を探し出せとのお言葉だ、なんとか良い工夫はあるまいか」
一代の才子笹野新三郎も、思案に余って岡っ引風情の平次に縋り付いたのです。
「よくおっしゃって下さいました。御用聞冥利、この平次が手一杯にお引受け申しましょう。ついては旦那、私が聞きたいと思うことを、みんな隠さずにおっしゃって頂けましょうか」
「それは言うまでもない事だ、なんなりと腑に落ちない事があったら訊くがよい」
「ではお尋ねしますが、上様を雑司ヶ谷の御鷹野に引付けるのは、なんか深い仔細がございましょう。小鳥のいるのは雑司ヶ谷ばかりじゃございません、目黒にも桐ヶ谷にも千住にも、この秋はことの外獲物が多いという評判でございます。それがどうしたわけで――」
「これこれ、段々声が高くなるではないか」
「ヘエ――、でもこれが判らなかった日には手のつけようがございません」
「話すよ――、薄々世間でも知っていることだ――、雑司ヶ谷の鷹野の帰り、上様には決って、大塚御薬園へ御立寄りになる、あの中に新築した高田御殿で、一碗の御薬湯を召上がるのが、きついお楽しみだ」
「と申しますと」
「世上の噂でも聞いたであろう、御薬園預りの本草家、峠宗寿軒の娘お小夜は、府内にも並ぶ者なしという美人だ」
「そうでございますってね、上様も全くお安くねえ」
「コレコレ、何を申す」
「ヘエ――、だが、有難うございました。それだけ伺えば大方筋はわかります。仔細あって私もお小夜の顔ぐらいは存じておりますが、あの女はどうしてどうして一筋縄でいける雌じゃございません――、宜しゅうございます。乗るか反るか、平次の出世試し、命にかけてもやってみましょう」
平次の若々しい顔には感興にも似たものがサッと匂って、身分柄の隔たりも忘れたように、胸をトンと叩いて見せました。
「御鷹狩の日取りは明後日だ。ぬかりはあるまいが、そのつもりで――。拙者には拙者の工夫がある、油断をすると、手柄比べになろうも知れぬぞ」
「ヘエ――」
二人は顔を見合せて、会心の微笑を交しました。与力と岡っ引では、身分は霄壌の違いですが、なんかしらこの二人には一脈相通ずる名人魂があったのです。