Chapter 1 of 8

「親分、梅はお嫌いかな」

「へえ?」

銭形平次も驚きました。相手は町内でも人に立てられる三好屋の隠居、十徳まがいの被布かなんか着て、雑俳に凝っていようという仁体ですが、話が不意だったので、平次はツイ梅干を連想せずにはいられなかったのです。

「梅の花じゃよ、――巣鴨のさる御屋敷の庭に、たいそう見事な梅の古木がある。この二三日はちょうど盛りで、時には鶯も来るそうじゃ。場所が場所だから、俗も風雅も一向寄り付かない。御屋敷の新造が解った方で、――三好屋の知合いで、風流気のある方があったら、ぜひ御一緒に――とこう言うのじゃ、どうだな、八五郎兄哥」

三好屋の隠居は、相変らず日向に寝そべって、自分の身体一つを持て余しているガラッ八の八五郎に声を掛けました。

「梅の花というと、花合せの赤丹を思い出すような人間に、風流気なんかあるわけはありません。御隠居さん、無駄ですよ」

平次は苦笑いをしております。

「お言葉だがネ親分、梅の花なんざ、小汚ねえばかりで面白くも何ともねえが、御馳走と新造付きなら考えるぜ」

「馬鹿野郎、何て口の利きようだ」

「いいやね、親分、八兄哥は正直だ、――それに向うじゃ、平次親分を伴れて来て下されば、恩に着ますって言うくらいだから、御馳走の方は俺が引受けますよ」

三好屋の隠居は、何心なく筋書の底を割ってしまいました。

「へッ、御名指しと来やがる、お安くねえぜ、親分」

とガラッ八。

「そんな事だろうと思いましたよ、御隠居さん、話が筋になりそうだ、御供しましょう」

「行って下さるか、親分」

三好屋の隠居は有頂天でした。何か余程甘い話がありそうです。

すぐ支度に取掛かって、三人連れの無駄話に興じながら、巣鴨の屋敷に着いたのは、かれこれ未刻半刻(三時)。

藁葺の洒落た門を入って、右左に咲き過ぎた古木の梅を眺めながら、風雅な入口の槃を叩くと、

「…………」

美しい女中が現れて、行儀正しく式台に三つ指を突きます。

何だか、昼狐につままれたような心持、平次はもとより、お喋舌のガラッ八も、毒気を抜かれて黙り込んでしまいました。

「神田の三好屋が、平次親分を連れて参りました。御新造様に御取次を願います」

三好屋の隠居は茶人帽を脱いで、よく禿げた前額をツルリと撫で上げました。襟へ落ちる柔かい春の陽、梅の匂いに薫醸された和かな風、すべてが静かに、平和に、そして一脈の寂をさえ持った情景でした。

「しばらく御待ち下さいまし」

芝居の御腰元の外には見たこともないような、淑かな女中が姿を隠すと、

「へッ、三つ指で、――御待ち下さいまし――と来やがった、親分、悪い心地はしないネ」

「馬鹿」

平次は睨む真似をして見せます。

道々、三好屋の隠居が話してくれましたが、この梅屋敷というのは、三千五百石取の大旗本、本郷丸山の荻野左仲の別荘で、住んでいるのは、愛妾お紋の方。左仲との中に、男の子を一人生みましたが、仔細あって左仲に疎まれ、巣鴨の梅屋敷に遠ざけられて、女中を相手に豪勢な暮しをしているのでした。

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