Chapter 1 of 7

「親分、近頃つくづく考えたんだが――」

ガラッ八の八五郎は柄にもない感慨無量な声を出すのでした。

「何を考えやがったんだ、つくづくなんて面じゃねえぜ」

銭形平次は初夏の日溜りを避けて、好きな植木の若芽をいつくしみながら、いつもの調子で相手になっております。

「大した望みじゃねえが、つくづく大名になりてえと思ったよ、親分」

「何? 大名になりてえ、大きく出やがったな、畜生ッ」

平次はそう言いながら、楓林仕立ての盆栽の邪魔な枝を一つチョンと剪りました。

「第一、お小遣に困らねえ」

「なるほどね、大名衆がお小遣に困った話はまだ聞かねえ」

平次もそんな事を言うのです。植木に夢中になって、八五郎の哲学などは、どうでもよかったのでしょう。

「お勝手元不如意と言ったところで、こちとらのように、八文の湯銭に困るなんてことはねえ」

「余程困ると見えるな、八」

「ヘエ、お察しの通りで」

八五郎は、ポリポリ頸筋を掻きました。

「呆れた野郎だ。大名高家を引合いに出して、八文の湯銭をせびる奴もねえものだ」

そう言いながらも平次は、お静を眼で呼んで、あまり沢山は入っていそうもない自分の財布を持って来させるのでした。

「済まねえ、親分、湯銭と髪銭と、煙草を一と玉買いさえすりゃいいんで、――そんなに要りゃしませんよ」

「まア、取っておくがいい。大名ほどの贅は出来めえが、それだけありゃ、町内の人参湯で一日茹っていられるだろう」

「へッ、済まねえなア、――それじゃ借りて行きますよ。ね、親分、お小遣はまア、親分から借りるとして」

「まだ不足があるのかい」

「大名の話の続きだが、――夏冬の仕着せにも不自由はなく」

「仕着せだってやがる」

「質屋の出し入れがないだけでも、どんなに気が楽だか解らねえ。その上、出入りはお駕籠、百姓町人に土下座をさせて、気に入らねえ奴があると、いきなり無礼討だ」

「気に入った女は、いきなりしょっ引いてお部屋様だろう」

「そ、それを言いたかったのさ、ね、親分」

ガラッ八は少し相好を崩して長い顎を撫でます。

「馬鹿野郎、またどこかの小格子の化け損ねた狐のようなのにはまり込みやがったんだろう」

「そんな玉じゃありませんよ。あっしがしょっ引いて来たいのはまず――」

「煮売屋のお勘子だろう、ちゃんと探索が届いているよ。手前が買いに行くと、お煮〆が倍もあるんだってね」

「馬鹿にしちゃいけません。あんな小汚いのはこっちで御免だ――まずこの八五郎がしょっ引いて手活けの花と眺めたいのは――」

「大きく出やがったな」

「横町の中江川平太夫の娘お琴さん」

「わッ、助けてくれ」

平次は大仰な身ぶりをしました。横丁の中江川平太夫というのは、北国浪人で六十幾つ、髪が真っ白な上、進退不自由の老人ですが、界隈切っての物持で、その上、養い娘のお琴は、少し智恵は足りないと言われておりますが、見てくれだけは、凄いほどの美人でした。

これくらいの娘になると、ガラッ八とは大釣鐘に提灯で、どう間違っても一緒になれっこはありません。ガラッ八か冗談の題目にしたのも、平次がすっ頓狂な声を出したのも、掛合噺程度以上のものではなかったのです。

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