一
荒物屋のお今――今年十七になる滅法可愛らしいのが、祭り衣裳の晴れやかな姿で、湯島一丁目の路地の奧に殺されて居りました。
「まア、可哀想に」
「あんな人好きのする娘をねエ」
ドツと溢れる路地の彌次馬を、ガラツ八の八五郎、どんなに骨を折つて追ひ散らしたことでせう。
「えツ、寄るな/\、見世物ぢやねえ」
遠い街の灯や、九月十四日の宵月に照されて、眼に沁むやうな娘の死體を、後ろに庇つたなりで八五郎は呶鳴り立てるのでした。其處此處から覗く冒涜的な彌次馬の眼が、どうにも我慢がなりません。
「どうしたえ、八、お今がやられたさうぢやないか」
幸ひ親分の錢形平次が飛んで來ました。江戸開府以來と言はれた、捕物の名人が來さへすれば、八五郎の憂鬱は一ぺんに吹き飛ばされます。
「親分、あれだ」
「何て虐たらしい事をしやがつたんだらう、可哀想に」
側に寄つて見ると、路地をひたした血潮の上に、左頸筋を深々と切られたお今は突つ伏して居りますが、觸つて見ると僅かに體温が殘るだけ。
八五郎と死骸を挾んで、番太の親爺と、お義理だけの町役人が顏を竝べましたが、すつかり顫へ上がつてものゝ役にも立たず。
「肝腎のお袋は目を廻して、其處の家へ擔ぎ込まれましたよ」
親一人子一人の評判娘が、この虐たらしい最期を遂げては、母親が目を廻すのも無理のないことでせう。
「可哀想に――檢屍が濟んだら、早く引取らせるがよい。もう直ぐ八丁堀の旦那方が見える筈だから」
平次はさう言つて、路地の外から覗く、物好きな眼の前へ、蓋になるやうに立つて居ります。
「三輪の親分が、下手人を擧げて行きましたぜ、親分」
と、ガラツ八の聲は少し尖りました。
「そいつは早手廻しだな、誰だい、その縛られたのは?」
「町内の油蟲――釣鐘の勘六が、血だらけの匕首を持つて、ぼんやり立つてゐるところを、多勢の人に見られてしまつたんで」
「成程ね」
「あわてゝ逃出したところを、三輪の萬七親分が通りかゝつて、いきなり縛つてしまひましたよ」
「それつ切りかえ」
「あつしも見たわけぢやありませんが、縛られると、それまで呆然してゐた勘六が、急に氣狂ひのやうに騷ぎ出したさうですよ」
「はてな?」
平次は考へ込みました。勘六は五十男で、評判のよくない人間には相違ありませんが、十七娘をどうしようといふ歳ではなく、それに、お今は母一人娘一人で、人に怨まれる筋合などは、どう考へてもなかつたのです。
「變でせう、親分、――勘六ほどの惡黨が、人を殺した現場に、ノツソリ血だらけな匕首を持つて立つてゐる筈はないぢやありませんか」
ガラツ八にもこれ位の眼があつたのでした。
「三輪の兄哥にも何か思惑があるんだらう。ところで、お今には浮いた噂はなかつたのか」
「大根畑の植木屋の專次といふのが心安くしてゐたさうですよ」
「そつとつれて來る工夫はないか」
「其處に居ますよ、お今のお袋と一緒に」
ガラツ八は死骸を跨ぐやうに、突き當りの長屋へ入つて行きました。其處はお今母子の知合の家で、神田明神樣の宵宮の賑ひを拔けて、知合の家へやつて來たお今が、後を跟けて來た曲者に、この路地の奧でやられたのでせう。
「あつしが專次でございますが――親分さん」
八五郎につれられて來たのは、二十二三の小意氣な男でした。長ものを着て居るせゐか、植木屋といふ八五郎の觸れ込みがなかつたら、平次も大店の番頭か何かと間違へたことでせう。
「專次――といふのかい、このお今とはどうして知り合ひになつたんだ」
平次はお今の死骸を月明りの中に指しました。それを眺める專次の表情を、一つも見落すまいとする樣に。
「この暮には祝言をすることになつて居ましたよ、親分さん」
專次の顏には悲痛な色が動きました。一生懸命、反ける眼が、ツイお今の虐たらしい死骸に牽付けられる樣子です。
「お袋も承知か」
「それはもう――何だつたら、本人に訊いて下さい、其處に居りますから」