Chapter 1 of 7

錢形平次が關係した捕物の中にも、こんなに用意周到で、冷酷無慙なのは類のないことでした。

元鳥越の大地主、丸屋源吉の女房、お雪といふのが毒死したといふ訴へのあつたのは、ある秋の日の夕方、係り同心漆戸忠内の指圖で、平次と八五郎が飛んで行つたのは、その日も暮れて街へはもう灯の入る時分でした。

「へエー、御苦勞樣で――」

出迎へた番頭の總助の顏は眞つ蒼。

「錢形の親分さんで、――飛んだお騷がせをいたします」

さう言ふ主人源吉の顏にも生きた色がありません。

「皆んな蒼い顏をしてゐるやうだが、何うした事だい」

平次は單刀直入に訊きました。

「皆んなやられましたよ、親分さん、運惡く死んだのは、平常の身體でなかつた家内一人だけで」

主人源吉の頬のあたりに、皮肉な苦笑が歪んだまゝコビリ附きます。

「フーム、一家皆殺しをやりかけた奴があると言ふのだな」

「へエ――」

主人と番頭は顏を見合せました。

「そいつは容易ならぬ事だ、詳しく聞かして貰はうか」

平次も事の重大さに、思はず四方を見廻しました。氣のせゐか、家中のものが皆なソハソハして、厄病神の宿のやうに、どの顏もどの顏も眞つ蒼です。

「今朝の味噌汁が惡うございました。飯にも香の物にも仔細はなかつた樣子で、味噌汁を食はないものは何ともございませんが――」

「味噌汁の中毒といふのは聞いたことがないな、――まア、その先を」

平次は不審の眉を顰め乍らも、主人の言葉の先を促しました。

「朝飯が濟んで間もなく、皆んな苦しみ出しました。――散々吐くのでございます。丁度、霍亂か何かのやうな、一時は臟腑まで吐くんぢやないかと思ひました。が、それでもうんと吐いたのは容態が輕い方で、あまり吐かない女共は重うございました」

「女共?」

「死んだ家内と下女のお越でございます」

「で?」

平次はその先を促します。

「町内の本道、全龍さんを呼んで、お手當をしてもらひ、晝頃までには、何うやら斯うやら皆んな人心地がつきましたが、晝過になつて、つはりで寢んでゐた家内がブリ返し、一刻ばかり苦しんで、たうとう――」

主人の源吉はさすがに眼を落します。

「それは氣の毒な」

「晝頃一度元氣になつて、この分なら大丈夫と思つてゐただけに諦めがつきません。どうか、親分さん、この敵を討つてやつて下さい」

この春祝言したばかりの、戀女房お雪に死なれて、丸屋の源吉は少し取りのぼせて居りました。

「兎も角、御新造の樣子を見たいが――」

「へエ、どうぞ」

源吉は不承々々に案内してくれます。戀女房のもがき死にに死んだ遺骸を、あまり他人の眼に觸れさせたくなかつたのでせう。

大地主と言つても、しもたや暮しで、そんなに大きな構ではありません。元鳥越町の甚内橋袂に、角倉のある二階建、精々間數は六つ七つ、庭の廣いのと、洒落た離室のあるのと、木口の良いのが自慢――といつた家です。

主人の源吉は三十そこ/\、歌舞伎役者にもないといはれた男振りと、藏前の大通達を壓倒する派手好きで、その頃江戸中に響いた伊達者でした。小唄、三味線、雜俳、楊弓、香道から碁將棋まで、何一つ暗からぬ才人で、五年前先代から身上を讓られた時は、あの粹樣では丸屋の大身代も三年とは保つまいと言はれたのを、不思議に減らしもせず、あべこべに殖やして行つて、世間をアツと言はせました。

その算盤を預つたのは番頭の總助、四十前後の中年者で、丸屋の身代を貧乏搖ぎもさせないのは、この地味な忠義者の手柄のやうに、世間では噂して居ります。

Chapter 1 of 7