Chapter 1 of 7

「親分、面白くてたまらないといふ話を聞かせませうか」

ガラツ八の八五郎は、膝つ小僧を氣にし乍ら、眞四角に坐りました。こんな調子で始める時は、お小遣をせびるか、平次の智慧の小出しを引出さうとする下心があるに決つて居ります。

「金儲けの話はいけないが、その外の事なら、大概我慢をして聽いてやるよ、惚氣なんざ一番宜いね――誰が一體お前の女房になりたいつて言ひ出したんだ」

錢形平次――江戸開府以來の捕物の名人と言はれた錢形平次は、いつもこんな調子でガラツ八の話を受けるのでした。

「そんな氣障な話ぢやありませんよ。ね、親分」

「少し果し眼になりやがつたな」

「音羽の女殺しの話は聽いたでせう」

「聽いたよ。お小夜とか言ふ、良い年増が殺されたんだつてね、――商賣人あがりで、殺されても不足のねえほど罪を作つてゐるといふぢやないか」

二三日前の話でせう、平次はもうそれを聽いて居たのです。

「商賣人上りには違えねえが、雜司ヶ谷名物の鐵心道人の弟子で袈裟を掛けて歩く凄い年増だ。殺されたとたんに紫の雲がおりて來て、通し駕籠で極樂へ行かうといふ代物だから驚くでせう」

「成程、話は面白さうだな。もう少し筋を通して見な」

平次もかなり好奇心を動かした樣子です。

「鐵心道人のことは、親分も聽いて居るでせう」

「大層あらたかな道者だつて言ふぢやないか。矢つ張り法螺の貝を吹いたり、護魔を焚いたりするのかい」

「そんな事はしねえが、説教はする。八宗兼學の大した修業者だが、この世の慾を絶つて、小さい庵室に籠り、若い弟子の鐵童と一緒に、朝夕お經ばかり讀んでゐる」

「で?」

「それで暮しになるから不思議ぢやありませんか。ね、親分」

「――」

平次は默つてその先を促しました。合槌を打つと何處まで脱線するかわかりません。

「尤も信心の衆は、加持祈祷をして貰つたと言つちや金を持つて行く。が、鐵心道人はどうしても受取らねえ。罰の當つた話で――」

「さう言ふ手前の方が餘つぽど罰當りだ」

「米や味噌や、季節の青物は取るさうだから先づ命には別條ない――」

「それから何うした」

八五郎の話のテムポの遲さにじれて、平次はやけに吐月峰を叩きました。

「だから、音羽から雜司ヶ谷目白へかけての信心は大變なものですよ。あの邊へ行つてうつかり鐵心道人の惡口でも言はうものなら、請合ひ袋叩きにされる」

「で――」

「お小夜の殺された話は、鐵心道人の事から話さなくちや筋が通りませんよ。何しろ、明日といふ日は鐵心道人の庵室へ乘り込んで、朝夕の世話をすることになつて居た女ですからねエ」

「梵妻になるつもりだつたのかい」

「飛んでもない。鐵心道人の教へでは、女犯は何よりの禁物で、雌猫も側へは寄せない」

「お小夜は雄猫と間違へられた」

「冗談ぢやない、――多勢の弟子の中から運ばれて、道人の側近く仕へ乍ら、朝夕教へを聽くことになつたんだから大したものでせう」

「それから」

「明日はいよ/\音羽から雜司ヶ谷中の信者總出で、お小夜を庵室に送り込まうといふ矢先き、肝腎のお小夜が脇差でなぶり殺しにされたんだから騷ぎでせう」

「なぶり殺し?」

「十二三ヶ所も傷があつたさうだから、なぶり殺しに違ひないぢやありませんか。餘程深い怨みがあつたんでせう」

「急所を知らないんで、無闇矢鱈にきつたかも知れないな」

「でも、下手人は武家らしいといふ話ですぜ」

「武家?」

「お小夜が勤めをして居る頃の深間で、淺川團七郎といふ弱い敵役見たいな名前の浪人者があつたんですつて」

「フム」

「その浪人者が、近頃チヨイチヨイお小夜のところへ來たんださうで、――米屋の越後屋兼松が、お小夜の家で三度も逢つてゐますよ」

「それで」

「お小夜が殺されてから姿を見せないところを見ると、その野郎が一番怪しくなります」

「お小夜は綺麗な女だつたのかい」

平次は話題を轉じました。

「綺麗といふよりは凄い女でしたよ。あつしの逢つたのはもう三年も前だが――」

ガラツ八は話し續けました。

お小夜は三年前まで三浦屋でお職を張つてゐたのを、上野の役僧某に請出されて入谷に圍はれ、半年經たないうちに飛び出して、根岸の大親分の持物になりましたが、其處も巧みに後足で砂を蹴つて、千石取の旗本某の妾になり、三轉四轉して、有名な立女形中村某の家に押掛女房になつたりして居ました。

そんな事も、長く續いて精々半年くらゐ、鮮かに轉身して、音羽に世帶を持つたのはこの春あたり。暫くは、下女一人猫の子一匹の神妙な暮しを續けて居るうち、何時からともなく鐵心道人のところに通ひ始め、紅も白粉も洗ひ落して、半歳餘りの精進を續けた後、鐵心道人にその堅固な信心を見込まれ、薪水の世話をするために、別棟乍ら、道人の起居する庵室に入ることになつたのです。

「ね、親分。勿體ないぢやありませんか」

八五郎は斯う言つて、額を叩くのでした。

「勿體ないつて奴があるかい」

「とに角、三浦屋のお職まで張つた女が、袈裟を掛けて數珠を爪繰り乍ら歩くんだから、象の上に乘つけると、そのまゝ普賢菩薩だ」

「宜い加減にしないかよ、馬鹿々々しい」

「色白で愛嬌があつて、斯う下つ脹れで眼の切れが長くて、唇が眞つ紅で――好い女でしたよ、親分。その熟れきつた良い年増が、庵室に入つていよ/\尼さんの玉子にならうといふ前の晩、滅茶滅茶に斬られて死んだんですぜ。こいつは近頃の面白い話ぢやありませんか、御用聞冥利、ちよいと覗いて見ませんか、親分」

ガラツ八の八五郎は生得の順風耳を働かせて、江戸中から斯んな怪奇なニユースを嗅ぎ出して來ては、親分の平次の出馬をせがむのでした。

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