Chapter 1 of 5

「錢形平次親分といふのはお前樣かね」

中年輩の駄馬に布子を着せたやうな百姓男が、平次の家の門口にノツソリと立ちました。

老けてゐるのはその澁紙色に焦けた皮膚のせゐで、實は三十五六をあまり越してゐないかもわかりません。油氣のない髮を藁しべで結つて、月代は伸び放題、從つて熊の子のやうな凄まじい髯面ですが、微笑すると眼尻に皺が寄つて、飛んだ可愛らしい人相になります。

「錢形の親分は奧にゐるよ――俺は子分の八五郎といふものさ」

八五郎はさう言つて、グイと長んがい顎を引いて見せました。

「道理で――」

百姓男は感に堪へた顏をするのです。

「御挨拶だね、何か用事があるのかい」

「江戸開府以來といはれた捕物の名人にしちや、少し變だと思ひましたよ。惡く思はないで下さいよ」

「言ふことが一々丁寧で腹も立てられねえ」

相手が正直過ぎて、八五郎のガラツ八も大たじ/\でした。

「八、何をして居るんだ。お客なら早く取次ぐが宜い」

平次は奧から聲を掛けます。奧と言つても入口の三疊の隣の六疊。首を伸せば、格子の外に立つた客の睫毛も讀めさう。

こんなやり取りがあつて、客の百姓男は漸く中へ通されました。

疊の上へ眞四角に坐ると、座布團から膝が二三寸はみ出して、その上に置いた手が、八つ手の葉のやうにでつかいのも、何となく大地の子らしい人柄を思はせます。

「錢形の親分さんで御座いますか。私は柏木の在の者で、百兵衞と申しますが――」

百姓男は慇懃に挨拶しましたが、八五郎に氣を兼ねたものか、容易に用事を切出しません。

「これは八五郎と言つて俺同樣の男だ。遠慮なく話すが宜い。一體どんな用事で柏木から遙々來なすつたんだ」

平次はもどかしさうに誘ひの水を向けます。

「それぢや申しますが、實は親分さんに御願ひがあつて參りました」

「――」

「外ぢやございませんが、親分の智惠でこれを一つ判じて頂き度いんで」

百兵衞はさう言つて、内懷ろから欝金木綿の財布を出すと、中から大事さうに疊んだ紙片を拔取り、その皺を寧丁に膝の上に伸して、平次の方に押しやるのでした。

紙片は半紙を四つに切つて、それに禿筆で書いたもの、

ほうきからたつみ

かまのはなからひつじさる

くわのみみからいぬゐ

くちのなかのめ

斯う讀めます。

「フーム」

平次もさすがに唸るばかり。

「親分さん、これを何と解いたもので御座いませう」

「箒から辰巳、鎌の鼻から未申、鍬の耳から戌亥、口の中の眼――と讀むんだらうな。どうだ分つたか、八」

平次の智惠もこの謎には持て餘しました。

「自慢ぢやねえが、薩張りわからねえ。――どうかしたら、箒だの鎌だの鍬だのつて、お百姓の道具調べぢやありませんか」

「鎌の鼻や鍬の耳なんか百物語へ出て來さうだぜ」

「鍋の耳に、五徳の足なら分つてるが――」

「馬鹿だなア。――お聽きの通りだ百兵衞さん。この判じ物は、こちとらの智惠ぢや解けさうもないぜ。寺小屋の師匠か、占物に持つて行つちや何うだ」

平次は到頭投げてしまひました。

「それもやつて見ました。村の手習師匠にも、菩提寺の和尚にも、左門町の白井白龍先生にも見て貰ひましたが、まるつきり見當がつきません。此の上は江戸一番といふ――」

「それは止してくれ。この平次は唯の岡つ引きだ。學者や易者に分らないことが分るわけはねえ。ところで、この謎々を解けば、一體どんなことになるんだ」

「そいつは申上げても仕樣が御座いません。ほんの内證事で。――それぢや、親分さん、これでお暇いたします。大きにおやかましう御座いました」

百兵衞は謎々の理由を訊かれると、餘つ程それが言ひ度くなかつた樣子で、挨拶もそこ/\、逃げるやうに外へ――不器用な恰好で飛出してしまひました。

「ありや何ですえ、親分」

「わからないよ」

「親分の智惠を試しに、何處かの人の惡い奴が、わざとあんな風をして來たんぢやありませんか」

八五郎はそんな事まで氣を廻すのでした。

「馬鹿なことを言へ、あれは眞面目なお百姓だよ。あの柄は拵へものぢやない」

この不思議な訪問者が、やがて恐る可き事件の豫告とは平次も氣が付かなかつたのです。

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