Chapter 1 of 7

江戸開府以來の捕物の名人と言はれた錢形の平次が、幽靈から手紙を貰つたといふ不思議な事件は、子分のガラツ八こと、八五郎の思ひも寄らぬ縮尻から始まりました。

「親分、近頃は暇ですかえ」

「なんて挨拶だ。いきなり人の前へ坐つて、懷手をしたまゝ長い頤を撫でながら――暇ですかえ――といふ言ひ草は?」

平次は脂下りに噛んだ煙管をポンと叩くと、起き上がつてこの茫とした子分の顏を面白さうに眺めるのです。

「錢形の親分が、この結構な日和に籠つて、寢そべつたまゝ煙草の烟を輪に吹いてゐるんだから、暇で/\仕樣がないにきまつて居るぢやありませんか」

「馬鹿だなあ、だからお前はまだろくな仕事が出來ないのだ。斯う寢そべつて煙草の烟を輪に吹いてゐる時こそは、こちとらが一番忙しく働いて居る時なんだ」

「へエ――」

「クルクル動いて居る時は、ありや遊びさ。斯う呑氣さうにして居る時こそ、ありつたけの智慧を絞つて、惡者と一騎討の勝負をして居る時だよ」

「へエ――、一體その惡者は何んな野郎なんで?」

「大層感心するぢやないか、あんまり眞に受けられると引つ込みが付かなくなるが、なアに、そんなたいした相手ぢやない。お前も知つての通り、深川島田町の佐原屋の支配人殺しの一件だが、下つ引任せでまだ下手人が擧らねえから、いよ/\俺も御輿を上げなきやなるまいと思つて居るところよ」

「實はその事なんですがね、親分」

「何んだ、いきなり膝なんか乘り出して」

「その佐原屋の騷動とは、一萬兩とかの金の行方が絡んでゐるさうぢやありませんか」

八五郎の眼の色は少し變つてをります。

「それがどうしたといふのだ」

「あつしは古いことはよく知りませんが、何んでも五年前に死んだ佐原屋の主人甚五兵衞が隱して置いた、一萬兩といふ大金の在所を嗅ぎ出したので、支配人の專三郎が殺されたに違ひない、――首尾よく下手人を捉まへて、一萬兩の金を搜し出せば、千兩の褒美を出す――つて、あの店の采配を振つてゐる、主人の弟の小豆澤小六郎といふ浪人者が言つたさうぢやありませんか」

「フーム」

「先刻お神樂の清吉の野郎が眼の色を變へて飛んで行きましたよ。『千兩の褒美はこの清吉がきつと取つて見せる、濟まねえが八兄哥後で文句は言はないでくれ』つて、癪な言ひ草ぢやありませんか。だからあつしは、親分が暇で仕樣がないなら、一番乘り出してその千兩の褒美をせしめ――」

「馬鹿野郎」

「へエー」

いきなり馬鹿野郎を浴びせられて、八五郎は首を縮めました。この時平次は三十を越したばかり、子分と言つても八五郎は二つか三つ歳下といふだけのことですが、智慧も貫祿も男前も、違ひ過きるほど違つて居るのでした。

「金を目當の仕事なんぞ、眞つ平御免蒙るよ。お上の御用は勤めてゐるが、褒美の金なんかに釣られてウロウロするやうなそんな野郎は大嫌ひだ。さつさと歸つてくれ、歸らなきや野郎ゴミと一緒に掃き出して鹽をブツかけるから」

平次は以ての外の機嫌でした。尤もこんなことをポンポン言ふ癖に、寛々と胡坐なんかかいて、ニヤリニヤリと笑つてゐるのです。この秘藏の子分のガラツ八が、腹の底から金が欲しくてウロウロしてゐるのでないことはよくわかつてゐるのでした。

「驚いたなア、あつしは褒美の金が欲しくて言つたわけぢやありませんよ。眼の色を變へて飛んで行く、お神樂の清吉の野郎が癪にさはつたんで。――それに千兩ありや、親分に何時まで貧乏させることはないし」

「それが餘計だよ。馬鹿だなア、俺は醉狂で貧乏して居るんだ。お前なんかに不憫を掛けて貰ひたくねえ」

「それからもう一つ。佐原屋の後見で、先代の義理の弟小豆澤小六郎といふ浪人者は、あつしとは懇意なんで」

「浪人者とお前がかい」

「浪人者といつても、すつかり町人になり濟まして居ますよ。二三年前から品川の沖釣りで心安くなつて、竿先三尺の附合ひで」

「竿先三尺の附合ひといふ奴があるかい」

「へツ、柄先三寸の洒落で」

「馬鹿だなア」

「これは二た月も前のことなんですが――小豆澤小六郎といふ浪人者が言ふんですよ。先代の主人が隱した一萬兩といふ金が出て來ないうちは、佐原屋に騷動が絶えない、金の祟りといふのだらう。錢形の平次親分のやうな智慧の逞しい人間に來てもらつて、なんとかしてこの金を探し出したい――と、さう言つて居ましたよ」

「フーム」

「その金が祟つて、又支配人の專三郎が殺されるやうなことになつたぢやありませんか」

「――」

「だから親分、ちよいと出かけて行つて――」

「まア止さう。一萬兩なんて金は、天井裏や床下に隱し了はせる代物ぢやねえ。いづれ時節が來れば出るだらう。――が支配人殺しは俺も考へて居るんだ。あんまり手際がよくて、下つ引を二三人やつたくらゐぢや下手人の見當も付かないが、これは放つて置くわけに行かない」

「だから親分」

「斯うしようぢやないか、今まで俺が聞き出した事は皆んなお前に話してやつた上、何も彼もお前に任せて俺は手を引く。その上下手人を縛らうと、千兩の褒美を取らうと、お前の腕次第といふことにしてはどうだ」

「本當ですか、親分」

「誰が嘘を言ふものか、褒美が附いて居なきや、俺がやらうと思つて、隨分念入りに調べさせてあるよ。これだけのことをしてやつて、それでもお神樂の清吉に負けたら、坊主にでもなるが宜い」

「勝つたら、親分」

「千兩の褒美で長屋でも建てるんだね、岡つ引よりは家主の方が柄に合ひさうだぜ。嫁は俺が世話してやらア」

「誰です、親分。良い心あたりがありますか」

「煮賣屋のお勘子よ――あの娘は何か藝當があるんだつてね。寢小便と癲癇」

「止して下さいよ、親分」

二人はそんな冗談を言ひながらも、仕事の打合せは進行させました。

Chapter 1 of 7