Chapter 1 of 7

「親分、お願ひ、一つ出かけて下さい。このまゝぢや、あつしの男が立たねえことになります」

相變らず調子外れな八五郎でした。飛び込んで來るといきなり、錢形平次の手でも取つて引立てさうにするのです。

「何を面喰つてゐるんだ。俺を拜んだところで、お前の男が立つわけぢやあるめえ、――まア落着いて話せ。金で濟むことか、腕を貸せといふのか、それとも」

平次は朝飯が濟んだばかり、秋の陽のさす六疊にとぐろを卷いて、のんびりと煙草の烟の行方を眺めて居たのです。

「そんな氣の利いた話ぢやありませんよ。今朝鎌倉河岸の三國屋で變死人があると聽いて驅けつけ、死骸を見ると紛れもない殺しだ。相手は大家だから十軒店の徳次郎親分や、町役人までも渡りをつけ、自害といふことにして葬ひの支度に取りかゝらうとするのを、あつしが一人で頑張つて、其儘にさせて來ましたがね。これが何んの曰くもなかつた日にや、あつしは髷節でも切るか、十手捕繩を返上しなきやなりませんよ。兎に角ちよいと覗いてやつて下さい」

八五郎は勢ひ込んで一氣に埒をあけようとするので、ツイ唾も飛べば、埃も立ちます。

「尤もお前の髷節は俺が見ても氣になつてならねえよ。自棄にさう左に曲げるのは、何んの禁呪なんだ。――思ひきつてそいつを切つてしまつたら、飛んだ清々することだらう――と」

「つまらねえことを」

そんな事を言ひ乍らも、平次は手早く支度をして、張りきつた八五郎を先に立てて、鎌倉河岸の三國屋に向ひました。

「ところで三國屋で一體誰が死んだんだ」

道々平次は事件の外廓線でも掴まうとするのでした。

「親分も御存じでせう、三國屋の二人娘といはれた、お縫とお萬のことを」

「聽いたやうでもあるな」

鎌倉河岸の横町に、狹くはあるが立派な店を構へた御伽羅之油屋、麹町九丁目の富士屋と共に、公儀御用の家柄で、町人には相違ありませんが、僅か乍ら御手當を頂いて、わけても内福の聞えがあり、十軒店の徳次郎如きでは、同じ御用聞でも一寸齒が立たなかつたのも無理はありません。

「二人とも大したきりやうですよ。尤も二人は從姉妹同志で、お縫は二十歳、お萬は十九。そのうちの一人は、三國屋の養子民彌といふ良い息子と一緒にされて、いづれは三國屋の身上を襲ぐことになつて居るのですが、そのうちの一人が今朝喉を突いて死んで居たんで」

「どつちの方だ」

「お縫ですよ、――此方がお萬よりぐつと綺麗だから變ぢやありませんか、――色白で上品で、透き徹るやうな娘ですよ」

「フ――ム」

「小僧榮吉が、あつしと大の仲良しで」

「向柳原から、鎌倉河岸までわざ/\伽羅の油を買ひに行くのか、お前は?」

八五郎の思ひの外なるお洒落と、世間附き合ひの廣いには、錢形平次も驚かないわけに行きません。

「そんな事はどうでも構やしません、――その榮吉の使ひが今朝あつしのところへ飛んで來て、お孃さんが殺されたに違ひないから直ぐ來るやうにと言ふ傳言だ」

「それから何うした」

「一議に及ばず飛んで行きましたよ、すると思つた通り三國屋は八方に渡りをつけて、朝のうちから葬ひの支度だ。あつしは飛び込むといきなりそれを止め、現場へは指も差させないやうに、榮吉に見張らせて親分を迎ひに來たといふわけで――」

「それは宜かつた。が、十軒店の徳次郎親分と張合ふのは嫌だな」

そんな事を考へて居る平次です。

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