Chapter 1 of 6

「親分、變な野郎が來ましたぜ」

ガラツ八の八五郎、横つ飛びに路地を突つきつて、庭口から洗濯物をかきわけながら、バアと縁側へ顏を出しました。神田明神下の錢形平次の住居、秋の朝陽が長々と這ひ上がつて、簡素な調度を照らして居ります。

「何處へ何が來たんだ。相變らず騷々しいなお前は」

平次はとぐろをほぐして、面白さうなこの注進を迎へました。

「二本差が二人、肥つたのと、痩せたのが、角の酒屋で訊いて居ましたよ――高名なる錢形平次殿の御屋敷は、この邊ではないか――とね、お屋敷は嬉しいぢやありませんか」

ペロリと舌を出して、所謂平次殿のお屋敷中を一と眼に見渡す八五郎です。

お靜の手が屆くので、何處から何處まで嘗めたやうに綺麗ですが、座布團二枚、長火鉢が一つ、鐵瓶と茶道具と、そして、そして――、それつきりと言つた、簡素そのものの小市民生活です。

「お城と言はないのが見付けものさ、――いづれお家の重寶友切丸かなんか紛失して、易者の代りに俺のところへ來ると言つた寸法だらうよ」

そんな話をして居るところへ、

「頼まう」

などと、權柄らしい聲が聞えて來ました。

さて、女房のお靜に取次がせて、たつた一間きりの六疊に通されたのは、八五郎が前觸れをした通り、肥つた中老人と、痩せた若い武家の二人。

「拙者は指ヶ谷町に住居いたす、御簾中樣御用人島五六郎樣用人川前市助と申すもの、主人名代として罷り越しました」

「拙者は富坂町に住んでゐる千本金之丞と申す者」

それは痩せた若い方でした。二人は名乘りをあげて、眞四角にお辭儀をするのです。岡つ引風情に斯う丁寧な挨拶をするのは、いづれ退引ならぬ頼みがあつてのことでせう。

錢形平次は膝つ小僧を揃へて、相手の出やうを待つ外はありません。

「外ではないが、平次殿。折入つての願ひがあつて、我々兩名わざ/\參つたが、何んと聽いてはくれまいか」

川前市助が先に口をきりました。よく肥つて、脂ぎつて、鼻が大胡坐をかいてゐる五十二三の眞つ黒な男ですが、調子が卑下慢で、妙に拔け目がなささうで、申分なく用人摺れがして居さうです。

尤も主人の島五六郎は、大奧の利け者で、祿高三百石、役高五百石、合せて八百石に過ぎませんが、權勢は遙かに數千石取の大身を凌駕し、用人風情の川前市助までが、同行の御家人、少々人間が甘さうではあるが、五十石取の千本金之丞を頤で使ひまくりさうにするのでした。

「――」

平次は默つて控へました。用件も言はずに強引に引受けさせようと言つた、この味噌摺用人の權柄らしさが氣に入らなかつたのです。

「實は、他聞を憚るのだが――」

川前市助、部屋の隅に引つ込んでゐる八五郎の長んがい顏を、横眼でジロジロと嘗め廻し乍ら、きり出し兼ねる樣子です。

「その野郎なら御心配なく、――節穴見たいなものを二つ持つて居ますが、何を聽いたつて、人に漏らす氣遣ひはございません」

「容易ならぬ大事だが」

「それぢや何んにも仰しやらずに、お歸りを願ふ外はございません。お勝手には女房が居りますし、少し大きい聲を出せば、向う三軒兩隣りへ聞えるやうな、淺間な住居でございます」

「それに入口には酒屋の白犬が聽耳を立てて寢そべつて居りますよ」

八五郎はまた餘計な口を出したのです。自分を邪魔扱ひにされたのが小癪にさはつたのでせう。

「默つて居ろ。その調子だから、人樣はお前の顏を見ると要心するぢやないか」

「へエ」

「こんな野郎でございます。どうぞ御心配なく」

「左樣か、では申上げるが、他言は堅く無用に願ひ度い――實は小石川傳通院大修覆のため、御大奧から千兩の寄進があり、それに添へて御簾中樣御奉納の調度品の數々、御墨附一通と共に、明後九月九日に御名代の御參拜と共に傳通院まで持參することに相成り、拙者主人島五六郎殿は、御役目柄千兩の金子と御奉納の品々を御預かり申上げたのだが、指ヶ谷町では如何にも足場が惡く、幸ひ御廣敷添番衆千本金之丞殿の御住居が、傳通院の近所にあるので、暫らく其處に御預けして、九月九日を待つことに相成つた――」

「?」

平次は默つてその先を促しました。

「――二臺の吊臺で富坂町の千本殿御住居に持込んだのは三日前、何分身にも世にも換へ難い大事の品ではあり、一刻も目を離すわけに行かないので、主人名代として拙者が詰めかけ、千本殿共々、寸毫の油斷もなく守護いたしたが、――一昨夜いや昨日の曉方と申した方が宜い、あらうことか千兩の大金と共に御奉納品の品々、御墨附まで烟の如く消え失せてしまつたのぢや」

「千兩の金は、償ふ道もあるが、御簾中樣の御鏡、郷義弘の御懷劍、後生を願つて斷たれた、一と握りの御髻、それに御墨附などは、代りの品があるべき筈もなく、明後日御局衆の代參までに間に合はなければ、拙者主人島五六郎樣始め、拙者までも腹でも切らなければ相成るまい。千本殿は表向き御役目を承はつたわけではないが、これとても重き御とがめは免れない」

「――」

「昨日一日必死の探索をいたしたが、誰の仕業ともわからず、何處へ持去られたものか手懸りもない、――恥を忍んでお願ひに參つたのは斯ういふわけだ」

「――」

「當今江戸中で名の高い平次殿、――斯うなつては最早、貴殿の智慧に縋る外はない此通りだ、平次殿。拙者主從を助けると思つて乘出しては下さらぬか」

用人川前市助は、その高慢な殼をかなぐり捨ててゝ、疊の上に兩手を落すのです。千本金之丞も、それに誘はれて、膝に置いた手を、不器用らしく滑らせました。

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