Chapter 1 of 7

「親分、金持になつて見たくはありませんか」

八五郎はまた途方もない話を持ち込んで來たのです。やがて春の彼岸に近い、ある麗らかな日の晝過ぎ。

「又變な話を持つて來やがる、俺は今うんと忙しいところだ。金儲けなんかに取合つちや居られねえよ」

「何が忙しいんです、――はたで見ると隨分呑氣さうですね。日向に寢そべつて本なんか讀んでゐて」

「それが忙しいんだよ。曾我の五郎が助かるか、殺されるかといふところだ――」

「そいつは、何處の親類で?」

「曾我物語といふ本に書いてある話だよ。俺の親類の五郎さんぢやねえやな」

平次は自若として、まだ物の本に讀み耽つて居ります。

「呆れたものだ。そんな心掛けだから、親分は何時までも貧乏してゐるんですぜ」

「あれ、變なことを言ふぢやないか。お前は今日、俺に意見をするつもりで來たのか」

「そんなつもりぢやありませんがね。こいつは、鼻の先にブラ下がつてゐる金儲けですぜ。ちよいと親分が知識を働かしてくれさへすれば――」

「お斷りだよ、八。俺はそれどころぢやないんだ」

「五郎さんが死ぬか生きるか――といふ話でせう。それはそれとして、兎に角、この話を聽いて下さいよ。親分が乘り出す出さないは別として、あつしの仕事だと思つて、ちよいと相談に乘つて、女の子を二三人助けてやつて下さいよ」

「あれ、今度は泣き落しと來たのか。金儲けが餌ぢや俺は不精になるばかりだが、八に泣かれちや、そつぽを向いて居るわけにも行くまい、――一體どこの國にでつかい金山があるんだ」

平次は漸く本を閉ぢて、八五郎の方に向き直りました。日向の梅は丁度咲ききつて、屋根に燃える陽炎が、うつら/\と眠りを誘ひます。

何處かで鳴る初午の太鼓。

「有難いね、親分が乘り出してくれさへすれば、こんな話は朝飯前に片付きますよ。うまく行けば、褒美の金が百兩――怒つちやいけませんよ。あつしだつてそんな目腐れ金なんか當てにして居るものですか、三人の女の子の喜ぶ顏を見て――」

「百兩が目腐れ金か、八五郎も氣が大きくなつたぜ。でも、そんなものより、三人の女の子の喜ぶ顏が見たいといふのは嬉しいな」

「尤も、三人のうちの一人は取つて五十三になる」

「恐ろしくふけた女の子ぢやないか、兎も角、その女の子は何處に居るんだ」

「親分も知つて居なさるでせう、十二社の榎長者――新宿から角筈へかけて、一番大地主で、家には鎌倉の執權とかの、お墨附を持つて居る」

「知つてゐるとも、當主は太左衞門とか言つた筈だ」

「その太左衞門は一年前に亡くなつたが、何百年も溜めた寳が、どう積つても萬とある筈だといふので、家中の者から遠い近い親類まで寄つて、天井裏から床下、屋敷の居廻り何萬坪といふ大地の皮まで引つ剥がして見たが、小判の片らも出て來ない」

「よくある奴だよ」

平次は一向氣の乘らない顏で聽いて居ります。銀行も有價證劵もなかつた時代は、打ち續く戰亂と、盜難から免れる爲には、金持長者といはれる輩はその財産の保護と隱匿に畢生の知識を絞つたものです。

「金は何處かにあるには違ひありません。出來星の商人なら、有るやうな顏をしても寳はなかつたといふ話もありますが、榎長者は何代前から傳はつた大地主で、現に一年前に死んだ主人の太左衞門が、先々代から家督を讓られた時は、小判で何千兩の外に、砂金から海鼠まで、床の拔けるほどの金を積んで、親類立會ひの上に引渡されたと、話の種にまでなつて居ります。その金が太左衞門一代のうちに、煙のやうに消える筈はありません。太左衞門は名題の堅造で、遊びや道樂は言ふまでもなく、酒も煙草も大嫌ひといふ男で、危ない橋を渡る筈もなく、六十年の一生かゝつても、榎長者の身上を大して殖やしもしなかつた代り、百文とも少なくした筈はないと、これは誰でも言ふことですよ」

「そこで何うしようと言ふんだ」

「主人太左衞門が不意に死んで一年、何百人の手をかけて搜したが、小判の片らも見付からないでは、第一後家のお照さんが承知しない。せめて錢形の親分にでもお願ひして、その寳を搜し出してくれと、散々あつしが拜まれましたよ。後家のお照さんは取つて五十三だ。拜まれたつて嬉しくも何んともないが、娘のお豐は二十三で、妹娘のお光は十八。こいつがまた、滅法可愛らしい」

「お前が一生懸命になるところを見ると、いづれそんな事だらうよ」

「で、親分、少し道は遠いが、行つてくれますか」

「嫌だよ。褒美付の寶搜しなんか」

平次はまことに劍もほろゝです。

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