一
三田四國町の大地主、老木屋勝藏の養父で今年六十八になる八郎兵衞は、その朝隱居所の二階で、紅に染んだ死骸になつて發見されました。
老木屋といふのは、裏庭に一と抱に餘る松の老木があるので知られた家で、先代の主人八郎兵衞は病弱のため五年前に隱居し、家督を夫婦養子の勝藏お元に讓つて、老妻のお妻と二人、母屋からは廊下續きになつて居る小さい二階家の離屋に住んで、雜俳に凝つたり、笊碁を打つたり、時間を潰すのにばかり苦勞すると言つた、まことに結構な身の上だつたのです。
その結構人の八郎兵衞が、老妻のお妻が麻布の親類へ行つて泊つた晩、離屋の二階六疊で、喉笛を掻き切られ、冷たくなつて死んでゐるのを、朝の掃除に行つた、下女のお今に發見され、老木屋始まつて以來の騷ぎになつてしまひました。
早速醫者も呼ばれ、麻布の親類へ人を走らせて、お妻も呼戻しましたが、最早匙も藥も及ばず、六十五歳のお妻が、生涯を共にした夫を失つて、絶え入るばかりの悲歎の中に、土地の御用聞、赤羽橋の友吉、子分と共に乘込んで、一と通りのことは調べて見ましたが、さて腑に落ちないことばかりで、古い型の調べと、力押しの外には術のない友吉は、最初から兜を脱いでしまひました。
その友吉の折入つての頼みで、錢形平次と八五郎が三田四國町へ乘込んで來たのは、その日の晝過ぎ、一應の檢死は濟んだものゝ、下手人の見當もつかなくて、お葬ひの手順もつかないといふ、ゴタゴタの中です。
「錢形の親分、遠いところを呼立てゝ、濟まなかつたね」
迎へてくれた赤羽橋の友吉は、四十がらみの働き盛りで、此邊では顏の良い御用聞ですが、厄介な事件などになると自分一人では裁きがつかず、ツイ年の若い平次に助け舟を求めることになるのです。
「いや、飛んだ修業になるよ、暇で/\仕樣がなかつたんだ」
平次は相手の素直な氣持を斯う受けるのでした。
「全く不思議な殺しで、俺にも見當が付かないんだ、先ア見てくれ」
赤羽橋の友吉は、先に立つて案内します。此界隈の大地主としては、住居も調度も質素な方ですが、これが反つて老木屋の手堅さと、含蓄の容易ならぬものを忍ばせるやうでもあり、何んとなく底光りのする暮し向きです。
「御苦勞樣で」
廊下で挨拶したのは五十前後の老實さうな男。
「番頭の勘七さんだよ」
友吉は通り過ぎてから教へてくれました。庭に突つ立つて、物好きさうに見て居るのは、十五六の少年で、小僧の幸太郎といふ親類の厄介者と後でわかり、お勝手の障子の蔭から覗いて居る年増は、隱居の死を發見したといふ、下女のお今に紛れもありません。
母屋から廊下で續いた二階造りの離屋、それを抱くやうに、西側に繁つて居るのは、屋號の老木屋といふのを生んだ、巨大な老松で、恐らく江戸開府以前からのものでせう。數度の火災にも免れて、三田一帶の町家を見おろして居るのは、なか/\に雄大な姿です。
繁りに繁つた老松の枝の蔭になつて、離屋の階下の部屋は殆んど使ひ物にならず、物置き同樣にガラクタを詰めて、二階の二た間、六疊と三疊に、隱居――先代八郎兵衞と、その内儀のお妻が、心靜かに生活して居るのでした。
友吉に案内されて二階へ登ると、取つ付きの三疊に、死んだ八郎兵衞の養子で、勝藏といふ四十前後の主人が、女房お元と神妙に控へて、近所の衆や、親類の人達に應待して居ります。
勝藏は先代の眼鏡に叶つて、赤の他人から養子になつただけに、申分の無い立派な町人でした。恰幅の良い、言葉のハキ/\した、顏の道具は少し脹つぽい感じですが、何んとなく大所の旦那といつた、押のきいたところがあります。
女房のお元は先代八郎兵衞の遠い血筋で、これはやゝ蒼白い神經質な大年増ですが、充分の才智と、刻薄な性格の持主で、店子や借地人からは評判が宜しくない方、一部では亭主の勝藏を引き摺り廻して、此内儀が老木屋の采配を振るつて居るのだといふ噂もあります。
「お騷がせいたします、――飛んだことになりまして」
後ろに居るお元が斯う挨拶すると、前に坐つて居る勝藏は、人形使ひの人形のやうに、ピヨコリとお辭儀をするのでした。内儀が老木屋の世帶の音頭を取つて居るのだといふ、世間の噂が必ずしも嘘では無い樣子です。
平次は二つ三つ無駄なことを訊いて、次の間を覗きました。
驚いたことに、老木屋の隱居の住んで居るにしては、調度も何んにも無い、貧し氣な六疊です。
「御隱居な身體が弱かつた上に、綺麗好きで、傍へ餘計な物を置くのを嫌ひましてね」
主人の勝藏は辯解らしくさう言ふのです。
血に染んだ部屋、檢死の後で一應清めた相で、生濕りの上に薄縁などを敷いて、その上に床を取り、死骸を其處に寢かしてあります。その傍に、萎れ返つて居るのは、涙で茹であげたやうに、八郎兵衞の老妻のお妻、悲歎と激情と、絶望とにさいなまれて、まことに見る影もありません。
老婆の後ろに、それを介抱するやうに差覗くのは、びつくりするやうに美しい娘、あとでそれは、勝藏の一人娘で、老婆には孫にあたる、お秋といふ十八になる評判者とわかりましたが、この突き詰めた空氣の裏に、ピカピカする存在は、少なからず八五郎を驚かした樣子で、場所柄も辨へず、平次の袖を引いたり何んかして居ります。
死骸の八郎兵衞は、六十八といふにしては、ひどく老衰して居りました。何處か致命的な病氣を持つて居るらしく、青白い汚點だらけの皮膚、細い手足、險しい頬など、見るから痛々しい老人ですが、その首筋左の方から一とゑぐり、頸動脈を切つて、見事な手際です。