Chapter 1 of 8

「親分の前だが、あつしも今度ばかりは、二本差が羨ましくなりましたよ」

ガラツ八の八五郎は、感にたへた聲を出すのでした。カラリと晴れた盆過ぎの或る日、平次は盛りを過ぎた朝顏の鉢の世話を燒き乍ら、それを手傳はうともせずに、縁側から無駄を言ふ、八五郎の相手をして居ります。

「おや、妙なことを言ふぢやないか、お前は武家と田螺和は大の嫌ひぢやなかつたのか」

さう言ふ平次は、朝顏の世話に餘念もありません。

「好きにもなるだらうぢやありませんか。飯田町から番町、神田へかけて、第一番といふ娘を手にいれて、その上に持參が千兩」

「いづれはヒビの入つた娘だらう、てゝ無し子を生んだとか、筋の惡い男と驅け落ちをしたとか」

「飛んでも無い」

「夜な/\首が長くなつて、行燈の油を舐める藝當があるとか」

「そんな藝當なんかありやしません。綺麗で利發で、そりや氣立ての良い娘ですよ」

「泣かなくたつて宜い。その娘がどうしたんだ?」

「相手もあらうに、中坂の浪人者、寺西右京の伜で、業平習之進と言はれて居る男つ振りだが、評判のよくねえのへ小判で千兩の持參で嫁入はひどいでせう」

「一と箱は少し大きいな。人三化七の娘でも、持參は百兩と昔から相場のきまつたものだ」

「それがその千兩で、――無瑾で可愛らしくて、申分の無い娘に、千兩の持參とは何んといふことです」

「俺が叱られて居るやうだが、先づ話の筋を通してから、怒るなり泣くなり、お前の勝手にするが宜い」

「へエ? さう言へば、まだ何んにも言はなかつたやうで」

「呆れた野郎だ」

平次は八五郎と並んで縁側に腰をおろして、泥だらけになつた手で、器用に煙草をつまみました。一本の煙管が、客にも主人にも共通です。

「元飯田町の質屋、紀の國屋信兵衞といふのを親分は御存じでせう」

「大層な身代ださうだな」

「その信兵衞は腹の底からの町人ですが、飯田町といふ場所で、武家の客を相手にして、親代々質屋を渡世にして居たら、人間の性根はどんなことになると思ひます」

「骨が折れることだらうよ」

「小唄の文句にもあるでせう、『意氣は深川勇みは神田、人の惡いは飯田町』とね。人の惡いのを看板の御家人、小旗本、生摺れの用人、小者が、朝夕質を置きに來て、強請がましい事を言ふのを相手にしてゐたら、大概の我慢や辛抱は摺り切れてしまひますよ」

「で、どうしたといふのだ」

平次は一向に興奮も同調もする樣子は無く靜かに問ひ返しました。

「紀の國屋信兵衞、御無理御尤で片輪の印籠やガタガタ丸を、無法な金で質に取らされ、町人は自分一代限りとして、子供の代には曲りなりにも武家になり度いと思つたのも無理のないことぢやありませんか」

「さうかなア」

腹からの町人の平次には、町人としての誇りがあり、八五郎の言ふ話には腑に落ちないものもありますが、武家のうるさい客を相手に商賣をしたわけでは無いので、それは八五郎の觀察をそのまゝ呑込む外はありません。

「ところが、信兵衞の碁敵で、中坂に住んでゐる浪人の寺西右京、これは元の武家に返り咲き度いが、中國筋の舊主へは、仔細あつて歸參叶はず、伜習之進のために、せめて御家人の株を買つてやることにしたが、長い間の浪人暮しで、貯へといふものは少しも無い。賣りに出た御家人の株といふのは何んと千兩、小判の片らも無い寺西右京は、碁を打ち乍ら溜息ばかりついて來た」

「仕草は細かいな、――見て居たのか」

「見て居たわけぢやありません。が、そんな事だらうと思ひますよ。すると紀の國屋信兵衞は、相手がしちようを逃げてばかり居るので不思議に思つた。今日はどうかなされたかと訊くと、寺西右京隱し兼ねて、實は斯く/\、かやうと打ち開けた。それを聽くと紀の國屋信兵衞、實は私も武家になり度いのが生涯の望み、私は年寄、伜は柔弱、二本手挾む望もないが、幸ひ娘のお玉は氣象者、顏容も親の口からは申し憎いが先づ十人並に勝れて生れついて居る。その上、奉公人の噂にきくと、寺西樣の習之進樣に氣があるとやら無いとやら、相手は今業平と言はれた美男、無理もないことでございます。ところでいかゞでせう――と」

「――」

「紀の國屋信兵衞はうまい具合に持込んだ。綺麗で利發で評判の良い娘のお玉に、持參金が千兩、これを聽いて寺西右京は渡りに舟だ、伜習之進に嫌も應も言はせない。話はとん/\拍子に纒まつて、飯田町名物のお玉さんが、インチキ浪人の胡麻摺浪人の、寺西右京の伜、ノツペリ習之進のところへ嫁入したのがこの春」

「それがどうしたといふのだ」

「それつ切りなんで、お玉さんは千兩の持參を持つて行つたが、寺西家の方は、話の行き違ひがあつた相で、今だに御家人の株はモノにならない。ところが嫁が來てから、寺西家の暮し向はグンと良くなつた。家賃は申す迄もなく、酒屋米屋の拂ひも滯らず、身裝まで小綺麗になつたのを見て世間の人は、千兩の持參が、日向の雪達磨のやうに、見る/\減つて行くだらうと、人事乍ら氣が氣ぢや無い」

「餘計な心配だ」

平次はさう言つたものゝ、これは何やら良からぬものが孕んで居さうにも思へるのです。言ふまでもなく、徳川幕府の綱紀も次第に紊れて、旗本御家人はその借金の始末などのために、養子名義で金持の町人の子を容れ、事實は家名や秩祿の賣買をしたことはあまりにも有名なことです。

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