Quay lại
死者の権利
Table of Contents
死者の権利
浜尾四郎
Reading Settings
Cỡ chữ
18px
Giao diện
Sáng
Tối
Sepia
Bảo vệ mắt
Khoảng cách dòng
Chế độ đọc
Bản dịch Pagera AI
Nguyên bản Public Domain
Chapter 7 of 15

七

法律的な言い表わし方をすれば、須山春一は、その犯罪の動機を明かに説明し、殺意を絶対に否認し、自己に暴行の認識あるを認めております。但し自己の暴行については多少正当防衛説を主張し他方犯行当時ウイスキーを多量に呑んでいたため、通常の心理状態になかりしことを主張しております。

一方解剖の結果、小夜子の死は、春一の暴行に直接原因を有するものなることが明瞭になりました。

取調に関する詳細な点を省いていえば、私は、春一に対し、事件を傷害致死罪の名によって起訴すべきものと認定し、直ちに事件を予審判事の手に移したのでした。無論被告人の供述だけを証拠にして簡単に起訴したわけではありません。種々の取調をしたのでしたが、必要がありませんから、今いったよりここには述べないことにしておきます。

春一は予審中に保釈を許されましたが、公判が開かれたのは翌年の一月でありました。

公判廷においても、被告人の陳情は従来と変りません。大した波瀾もなく公判は進み、やがて私の求刑すべき時がまいりました。

私は、まず事件の経過を述べ、至ってその犯罪の明瞭なることを指摘しました。被告人に殺意はあったとは思われぬけれども(之は必ずしも被告人の陳述を全部そのまま信じたわけではありません)然し被告人の述べるが如く、正当防衛であるとは絶対に考えられない。のみならず被告人平生の酒量から見て、当時前後を忘れるような状態にあったとは信じられぬ、よって被告人は傷害致死罪の責任を負うべきものなることを主張しました。ついで情状論に入り、仮りに被告人の陳情を凡て真なりとするも、なお且つ被告人の行為は甚だ道徳に反するものである。相手が如何なる女であるにせよ、被告人の態度は一人の女人に対して余りに無責任である。しかも犯罪の日の夕方から約二時間、被害者と被告人との間に如何なる議論があったか知る由もない。成程、残された手紙によれば被害者は、被告人をしばしば脅迫してはいる。然し、それだからといって、事件の当日に被告人ののべるが如き調子で被害者が被告人に迫ったかということはいえない。更に、被告人は被害者が手切金を請求したと主張しているけれども、残された手紙には一つも左様なことが書いてない。成ほど、之は一見、有りそうなことである。然し有りそうなことだったからそうだったに違いないと誰がいえるか、被告人は請求に応じた証拠としてあの日ホテルに五百円の金を持参した事実を援用するけれども、取調の結果によれば被告人は平生三百円や五百円の金を懐中していたのであるから、この事実をもって直ちに被告人の主張を裏書するわけには行かない。

それに被害者から被告人にあてた手紙の中には、右の如く被害者にとって甚だ不利なものもあるけれども、同時に他方被害者が純情の持ち主であったと認められていい手紙も可なりある。果してこれを被告人のいう如く、女の手くだだとのみ見てよいものであろうか。

抑も、真に青年を恋して、しかも被害者の場合におけるが如き立場に立った十九歳の若き女が、小夜子がとったような態度をとるものであるか如何か、換言すれば、小夜子が、被告人に脅迫状を送ったことによって、彼女が真に被告人を恋していたかいなかったかという判断をつけ得べきものなりや、否や。これらの問題を判定をするについては判事に、深甚の考慮を煩わしたいが、先に述べたるが如く、仮りに被害者が被告人の述ぶるが如き女であったとしても、なお且つ被告人の態度は許すべからざるものと思われる。即ち被告人の行為は正に刑法第二百五条の犯罪に該当すること明かであり、情状においても決して有利の点はないのであるから、実刑を科する必要ありと思料し、刑として被告人に対し懲役三年を求めたのでありました。

之に対してA、B両名の弁護人より弁論がありましたが二人の弁論は殆ど同じ主旨でありました。

彼等は先ず第一線に立って無罪論を主張しました。被告人の行為は明かに正当防衛であるというのであります。小夜子という女は被告人によこした脅迫状から見てもとても一筋縄ではいかぬ女である、しかも当夜は彼女が「殺しちまう」といった言葉を、被告人以外に聞いた者がある。(かの洗濯婆さんは証人として出廷したのです)しかしてウイスキーの罎を振り上げた所を見た、従って被告人が、もしそのままでいたならほんとうに殺されたに違いなかったであろうことをのべ、更に十九歳の女が決して腕力において青年を殺し得ざるものに非ざる事を論じ、更に液体を容れたガラス罎が立派に殺人の兇器たり得る実例を多数ひいて之を裏書しもって極力被告人無罪論を主張したのでした。

「仮りにもし有罪なりとするも」と冒頭して彼等は次いで第二線に退いて極力情状論において被告人を防禦しました。

殊にA弁護人は、自己が検事と全く反対の意見を有するは甚だ遺憾であるとして実際、私と正反対の意見を述べました。

彼は小夜子の人格をさんざんこき下した揚句、之を要するに被告人は小夜子の凄腕にひっかかったものである、カフェーの女などの書く手紙などというものは全く真をおくに足らず、純情の表われ所か、凄腕の殺し文句の云い表わしである。と一蹴し去り、更に、真に女が男に惚れていて捨てられた場合、自殺することは有り得るが決してかくの如く相手を脅かすものに非ずと論じ、次いで検事の疑問には直ちに解答を与え得と論じて曰く、かくの如き脅迫状を送る女は決して男を思っていたのでない。真に恋して居れば決してこんなまねは出来ぬ。と恋愛論を長々と述べ、なお金を請求したことについて検事は疑義を有せらるる如きも、前記の如きあばずれ女は勿論金の問題に来るはずである。何のために小夜子があんな脅し文句の手紙を書いたか、結局この解決に来る予備手段に違いないが、ここに気付かれぬのは賢明なる検事にも似合しからぬことだと皮肉を浴びせ、更に、当夜果して脅迫的のことをいったか如何かという点に関しては、この点について検事自身「被告者と被害者のみが知っていることである。脅迫状を出したから当夜もそういったにちがいないと誰がいえるか」と検事はいわれているが、脅迫状を出したに不拘、会見した時脅迫的文句をいわぬということがどうしていえるかと反対し、結論として、もし小夜子に金の談判をする気がなかったなら、抑も何がためにあの夜、被告人をさそい出す必要があったか、小夜子と雖も、脅迫状を数回出した後、あのホテルで昔の楽しい夢に耽る積りではなかったろう、と述べ、なお本件が起った以上、被告人は社会的に立派に制裁を受けている。これ以上実刑を求める必要はない、是非執行猶予の言渡を附せられたいと主張したのでした。

一週間後に言渡がありました。

裁判所は被告人の有罪なることを認め(この点は検事と同意見です)被告人を懲役二年に処し但し五年間刑の執行を猶予する(この点弁護人の主張を容れたものと見えます)旨言い渡しました。

かくして一時世に騒がれた事件も終り、春一は実刑を科せられずに済んだわけなのであります。無論例の婚約は破談になってしまい、彼は暫らく謹慎してほとぼりをさますために近く外遊するというようなことがその当時ちらと新聞に出ていたようです。

ところで私自身は、都合上、その年の六月検事の職を退いて今の職業に転じたのでした。

何分検事時代にいろんな事件を取り扱っていたので、須山春一の事件などはとうに頭から去っていたのです。

すると、計らずも彼の名を再び頭に浮べる日が来ました。ここに二つの新聞の切抜があります。之はその年の十月二十七日及び二十八日の某新聞紙の社会面の一部であります。

H山中の惨事 ×月×日午前八時ごろK県H山中S村役場の小使某が所用あってH国道をN方面に向って徒歩で行く途中国道より十数丈の崖下に自動車らしきもの半ばS川に沈んでいるを発見し急いで駐在所にかけつけかく告げたので係官出張人夫等と崖下に下り漸く午後一時ごろ自動車をS川岸へ引き上げ取調べた所中に一人の青年紳士が頭部顔面を粉砕されその他外傷数ヶ所を負い死んでいるのを発見したが目下身許調査中である。運転台は殆ど粉砕し運転手らしき鳥打帽がハンドルの所にあるのみで運転手の死体は見当らず、河中に流れたものではないかと捜索している。同所は急カーヴをなした最も危険な箇所なので県では特に目標を出して注意してある所だが、H山麓の温泉場附近の自動車で最近行方不明になったものはないので、或いは東京方面より来た自動車が誤って墜落し、この惨事に出会ったものではないかということで、目下その方面を取調中である。(K電話)

惨死体須山健吉氏の息と判明 既報H山上で自動車にて墜落惨死した紳士は須山健吉氏の長男春一(二十六)と判明した。春一はかつて刑事事件を引き起して有名になった男であるが本月二十五日東京市××区××町の自宅より附近の○○タクシーの営業用自動車(運転手高辻清=二十六歳)に乗じ山麓のM温泉までドライヴし夕方同温泉××楼で芸者数名をあげて遊興した。同夜十時ごろH山上の湖畔ホテルに赴くと称して去ったのであるが、同夕運転手高辻清も可なり酩酊していたということであるからして惨事現場崖上の国道で操縦を誤り十数丈の崖上よりS川に向って自動車諸共墜落したものと思われる。同夜湖畔より麓に下った自動車がたった一台あり現場より約半里下で一台の自動車が登って来るのに出会ったということであるから惨事の起ったのは多分二十五日の夜十一時ごろであったらしい。自動車は殆ど半分粉砕されており須山春一は落下と同時に即死したものと思われる。なお係官出張し春一の死体は解剖に附せられるはずであるが、同じ災難に会ったと信ぜらるる運転手高辻の死体は未だに発見されない。

即ち新聞の記事によりますと、須山春一は運転手の過失により共に自動車に乗ったまま崖から落ち、運転手の死体は未だ発見されず、しかも椿事のあった日から一日おいて此のさわぎが漸く発見されたらしいのです。

然るに次の日の新聞紙には此の事件に関する記事は掲載されませんでした。その次の日も、またその翌日も新聞紙は、この事件について全く沈黙を守っていました。御承知の通り、あのころは他に××事件が起っておりましたから、新聞紙はその事件でうずめられ、須山春一の変死事件などは世人からも直ぐ忘れられてしまったのです。

私は、役所をやめてしまったので、変死事件の真相を知る手づるを失いましたが、実は何か詳しい報知を知りたい知りたいと思いながら焦慮していました。解剖の結果はどうか、当局者はどう見ているか、頻りに知りたかったのでしたが、役人でない私には取り調べる手段がなかったのです。

では何故私がそんなに当局者の意見を知りたがったか、ただ単なる好奇心からか。いや、そうではないのです。

実はあの月の末、私は奇妙な手紙を受け取ったのでした。御らんの通り封筒には差出人の名がありません。しかも大変遠くから来ています。ここで読んで見ましょう。あなた方にとっても面白いだろうと思われますから。

そうしてこれを読めば私が何故に、あのH山中の変死事件について知りたがっていたかということが判りますから。

土田氏はかく語って徐ろに一通の封筒を開いて読みはじめた。

Chapter 7 of 15
|