二
二十年目、二十年目に、日光東照宮の大修繕をやったものだった。
なにしろ、あの絢爛をきわめた美術建築が、雨ざらしになっているのだから、ちょうど二十年もたてば、保存の上からも、修理の必要があったのだろうが、それよりも、元来、徳川の威を示し、庶民を圧伏するのが目的で建てられた、あの壮麗眼をうばう大祖廟だから、この二十年目ごとの修営も、葵の風に草もなびけとばかり、費用お構いなし、必要以上に金をかけて、大々的にやったもので。
もっとも、幕府が自分でやるんではない。
諸侯の一人をお作事奉行に命じて、造営費いっさいを出させるんです。人の金だから、この二十年目のお修復にはじゃんじゃんつかわせた。
これにはまた、徳川としては、ほかに意味があったので――。
天下を平定して、八世を経てはいるが、外様の大大名が辺国に蟠踞している。外様とのみいわず、諸侯はみな、その地方では絶大の権力を有し、人物才幹、一癖も二癖もあるのが、すくなくない。
謀叛のこころなどはないにしても、二代三代のうちに自然に金が溜まって、それを軍資にまわすことができるとなれば、ナニ、徳川も昔はじぶんと同格……という考えを起こして、ふと、反逆心が兆さぬでもない。
それを防ぐために、二十年目ごとに、富を擁しているらしい藩を順に指名して、この日光山大修復のことに当たらせ、そのつもった金を吐きださせようという魂胆であった。
いわば、出来ごころ防止策。
だから、この二十年目の東照宮修営を命じられると、どんな肥った藩でも、一度でげっそり痩せてしまう。
大名連中、「日光お直し」というと天下の貧乏籤、引き当てねばよいが……と、ビクビクものであった。
でき得べくんば、他人さまへ――という肚を、みんなが持っている。で、二十年目が近づくと、各藩とも金を隠し、日本中の貧乏をひとりで背負ったような顔をして、わざと幕府へ借金を申し込むやら、急に、爪に火をともす倹約をはじめるやら……イヤ、その苦しいこと、財産隠蔽に大骨折りである。
ところが、江戸の政府も相当なもので、お庭番と称する将軍さまおじきじきの密偵が、絶えず諸国をまわっていて、ふだんの生活ぶりや、庶民の風評を土台に、ちゃんと大名たちの財産しらべができているのだ。ごまかそうたって、だめ……。
このお庭番の総帥が、これなるお風呂番、愚楽老人なのでございます。
来年は、その二十年めに当たる。
「今度は、誰に下命したものであろうの」
「さようですな。伊賀の柳生対馬あたりに――」
と、愚楽老人、将軍さまのお肩へ、せっせと湯をかけながら、答えました。