一
北川千代は栃木刑務所で服役中の受刑者で、公訴の罪名は傷害致死、刑期は六年、二十八年の三月に確定し、小菅の東京拘置所から栃木刑務所に移され、その年の七月に所内で女児を分娩した。
受刑者名簿には北川千代となっているが、記名の女性は二十七年の九月に淡路島の三熊山で死亡しているので、もちろん当人であろうわけはない。北川千代の名で服役しているのは、真山あさひという別個の人格なのだが、複雑な事情があって、取調べにたいして、じぶんが真山あさひだという事実も、北川千代でないという事実も、係官が納得するほど充分に立証することができなかったふうである。
女囚が抱いて入ってきた携乳(携帯乳児)や所内で生まれた産乳は、鳥が古巣へ帰るように、その何割までかが、罪を犯して母の苦役の場へ戻ってくるという無情な伝説があって、旧刑法時代には、そういう不幸な人達を「実家帰り」と呼んでいた。
真山あさひは所内で女の子を産んだが、そのあさひ自身、二十五年前に栃木刑務所の産室で産声をあげた。真山あさひのあさひは、栃木刑務所の所在地、栃木市旭町十九番地からとった名なので、伝説どおりの実家帰りの一人なのであった。
分娩後、間もなく母が死んだが、そのころは児童福祉法の里親制度といったようなものがなく、公共団体で保育をうけるほかはなかったので、あさひは小学校を終えるまで東京養育院の板橋本院に、その後は本院附属の授産場へ移って、メリヤス編みの技術をおぼえた。この間に女学校の二年級程度の学習をした。
十六歳の春、あさひは本院を出て「社会」に入ったが、戸籍の母の前科がついてまわり、そのためにいくどか苦い涙を飲みこんだ。刑務所で生まれた受刑者の娘などは、女中にさえ雇ってくれず、うまくもぐりこんだ気でいても、間もなく素姓が知れ、蹴りだすようなむごい仕方で追いだされた。
じぶんのもぐりこめる世界は、せいぜいダンサーか女給、ひょっとしたらそれもだめで、もっと暗い狭い穴へ落ちこむほか、生きる道がないのかも知れない。それならそれでもいいが、誰かを好きになって、結婚したくなったら、どうすればいいのだろう。あさひは暗澹たる前途を見透し、地獄へ墜ちる瞬間の光景を垣間見たひとのような悲愴な顔で、生きにくい東京という土地を離れる決心をした。
二十二年の秋、将来、こういうこともあり得るだろうと予想して、空襲直後のどさくさに、よその町内で貰った仮名の罹災者証明書を持って大阪へ行った。
大阪に着くなり、行きあたりばったりに駅前の闇市のバラック街へ飛びこみ、食べるだけという条件で牛めし屋の下働きに住みこみ、鍋前に立つ合間に、声を嗄して客引きをした。
その店に二た月ほど居たが、十一月のすえ、客の立てこむ混雑にまぎれて売上げを笊ごと攫われた。身におぼえのないことだったが、ひっかかりになるのを恐れて、夜にならぬうちに逃げだした。
いくらか大阪の地理がわかるようになったので、千日前の十円喫茶を振りだしに、一杯屋の女中、モギリ、スーベニヤの売子、ダフ屋と、じぶんでも思いだせないほどめまぐるしく名と職を変え、南の盛り場を転々と流れ歩いた。おなじ店に二カ月以上は腰を据えないことにきめていたから、二十七年夏までの六年の間に、三十回近く職場を変えたことになる。
真山あさひの本籍は東京都板橋区板橋五ノ一〇一四の東京養育院で、更にもうすこし辿れば栃木の女囚刑務所が出てくる。なにか事件を起して、本籍地へ身元照会をされることを恐れるあまり、大阪に居た六年の間、あさひは、どういう軽犯罪にも触れないように、ひたすら身を慎しんできた。ぬきさしのならぬ母の古いレッテルと出生の素因が暴露すると、文句なしに犯人素質者のフレームに入れられ、それでもう、二進も三進も行かない身のつまりになるのだと思いこんでいた。新憲法のおかげで、あらゆる前科が戸籍から抹消されたということを、あさひは知らなかったのである。
二十六年の暮、あさひは須磨明美という名で飛田大門通りの「よっちゃん」というキャバレーまがいのスタンドバアで働くことになった。特飲街の近くなので、毎夜のように喧嘩があり、環境は荒いが収入が多く、元今宮の南海鉄道の沿線に部屋をみつけて、翌年の夏ごろまでせっせと稼いだ。おなじ家に半年以上もネバったのはそのときがはじめてだったが、こんどは向うがつぶれた。マダムが短期(相場)でしくじって店を投げだし、そのあとがパチンコ屋になった。
雨後の夕凪で、昼間の暑気が淀みのこり、蒸し釜で蒸しあげられるような夜の九時すぎ、あさひがシュミーズひとつでぐったりしているところへ、店で芦原小夜子といっている北川千代が、スーツケースをさげてやってきた。組がちがうので、さほど親しくもしていないが、東京生れだというので、なんとなくたがいに気をひかれるといった程度の間柄だが、あさひのほんとうの名を知っているのは、店では千代だけだった。
「ちょっと、いいところじゃないの……さっそくだけど、二三日、置いてくれないかしら。いま部屋を開けわたして来たところなの」
「いいわよ……ひどい汗。話はあとにして、ともかく裸におなんなさいよ」
「大阪の夏って憂鬱ね……じゃ、裸になるわ」
千代はパンティだけになって、窓際の畳のうえに足を投げだすと、沈んだ顔つきで煙草に火をつけた。
「お店のせいばかりでもないけど、急に里心がついちゃって、東京へ帰ろうかなあって思っているところなの……真山さん、あなた大阪は、ことしで何年?」
「六年よ」
「そういえば、あたしも六年だわ」
「東京の住い、どちら」
「麻布の霞町……何代となく深川に住みついていたんですけど、あたしが大阪へ来た年、麻布へ越したのよ。六十二になる眼の見えない祖母が、たったひとりでひっそりと暮しているの」
「たいへんね」
「土地馴れない山の手なんかへ越して、ご近所の世話になって、カスカスに生きるのかと思うと、しみじみとしちゃう。このごろ、お祖母さんの夢を見たりすると、ドキッとすることがあるのよ」
「見てあげるひとはいないの」
「両親も兄弟も、親類みたいなのも、深川の空襲で、きれいさっぱりやられてしまったわ」
「たよりはしているの」
「このあいだ、近々に帰るって、手紙をだしたけど……」
「そんならお帰んなさいよ。そのほうがいいわ」
「あっさりいうわね……あたし、それとなく観察していたんだけど、あなただって、この土地になじんでいるようには見えないわ……東は東、西は西というのは、関東と関西のことじゃないかって、そんなことを考えることがあるのよ。大阪ってローカル、あたしたちの肌にあわないのよ……ねえ、いっしょに帰らない?」
この六年、重っ苦しい過去の家族史を忘れて、ひと並みにのびのびと生きて来れたのは、他人の私事をコセコセと洗いたてたりしない、おおどかな大阪の風のおかげだったような気がする。東京へ帰れば、こんなレッテルをつけたままもぐり込める穴はないのだし、仮りにうまくいって、ねがってもないようなところに落ちつくことができたとしても、いつ、むかしの汚染が滲みだすかと、たえずハラハラしていなくてはならない。そんな思いをするために、東京へなんか帰ることはない。
「あなた、しあわせよ。あたしなんか、東京へ帰ったって、帰ってきたかといってくれるひともないの……生きているというだけなら、どこの果てだっておなじことだわ。あたしのことは、放っておいてほしいの」
「それゃね、無理強いするようなことでもないわ……悪いけど、もうひとつ、おねがいがあるのよ。アパートの前に、グリ公を待たせてあるの。一晩だけ、ここへ寝かしてくれないかしら」
「こんな暑っくるしいところで寝なくとも、六甲か和歌浦か、涼しいところへ行ったらどうなのよ」
「グリ公は宝塚へ行こうというんだけど、今夜は、二人っきりになるのは困るの」
できそくないの木像のような妙にギョロリとした顔をしているので、グリ眼のグリさんで通っている。千里山に住んでいる若槻という株屋の息子で、東京の医大を出て関西医大でインターンをやっているということだったが、毎夜のように病院を抜けだしてきて、「よっちゃん」に入りびたっている。関西人にはめずらしく口の重い、掴みどころのないような男で、どういうつもりか、いつも本を抱えてやってきて、女給たちに読め読めとすすめる癖がある。
春の終りごろ、この小説の中に、君のようなひとがいる。読んでみろよと、「モンパルナスのビュビュ」という本をあさひにおしつけた。あら、そうなの。じゃ、お借りするわねといったが、読む気などはなかった。持って帰ったなりで机の下に放りこんでおいたが、風邪をひいて三日ばかり寝込んだとき、思いだしてひっぱりだしてみた。
薄眼になって、でたらめに拾い読みをしているうちに、ベルトという若い淫売婦が、夕方、ぶらりと会堂へ入って、祈りにもならない祈りをするあたりでギックリとなった。起きなおって夢中になって読み耽り、ピエールというベルトの愛人が、「助けてくれ! みんな来てくれ、あそこで女が一人殺されかけている」と身悶えする結びの一句にうたれて、頭がぼうっとなるほど強く感動した。
それがなんであるのか、あさひにはよくわからなかったけれども、ながいあいだ無意識にさがし求めていたもの……心のなかを吹き浄められるような、それさえあれば、足りないもののすべての補いになるといった、安心と慰めを与えてくれるなにかがあった。
ベルトが会堂へ行って、
(神さま、ふだんのあたしを知っているひとたちは、こんなところを見たら大笑いするでしょうが、それでも、お祈りをいたします。あたしはみじめな淫売婦ですけど、まだ悪人にまでは落ちていないつもりです。あなたはあたしをごらんになって、「うむ、おさないベルト・メテニェがお祈りしているな」とおっしゃってくださるだろうと思います。)
ベルトのあわれなようすが見えるようで、いくども読みかえして暗記してしまったが、これは、じぶんひとりの意想のなかの出来事なので、若槻などには言いもしなかった。