一
「九時二十分……」
新橋のホームで、魚返光太郎が腕時計を見ながらつぶやいた。
きょうはいそがしい日だった。十時にセザンヌの「静物」を見にくる客が二組。十一時には……夫人が名匠ルシアン・グレエヴの首飾のコレクトを持ってくることになっている。午後二時には……家の家具の売立。四時には……。詩も音楽もわかり、美術雑誌から美術批評の寄稿を依頼されたりする光太郎のような一流の仲買人にとっては、戦争が勝てば勝ったように、負ければまた負けたように、商談と商機にことを欠くことはない。
こんどの欧州最後の引揚げには光太郎はうまくやった。みな危険な金剛石を買い漁って、益もない物換えにうき身をやつしているとき、光太郎はモネ、ルノアール、ルッソオ、フラゴナール、三つのフェルメールの作品を含むすばらしいコレクションを糶りおとし、持っていた金を安全に始末してしまった。
仲介業者の先見と機才は、倦怠と夢想から湧きでる詩人の霊感によく似ていて、この仕事に憑かれると抜け目なく立ち廻ることだけが人生の味になり、それ以外のことはすべて色の褪せた花としか見えなくなる。
光太郎がホームに立ってきょうの仕事の味利きをしていると、鸚鵡の冠毛のように白髪をそそけさせた六十歳ばかりの西洋人が、西口の階段からせかせかとあがってきた。
「おや、ルダンさんだ」
上衣はいつもの古ぼけたスモオキングだが、きょうは折目のついた縞のズボンをはき、パラフィン紙で包んだ、大きな花束を抱えている。ジュウル・ロマンの喜劇、「恋に狂う翰林院博士トルアデック氏、花束を抱えて右手から登場」といったぐあいである。
メタクサ伯爵夫人が早稲田大学の仏文科の講師をしていたのは二十年も前だが、ルダンさんはそれよりもまた十年も早いのだから、もう三十年ちかく日本に住んでいるつつましい老雅儒で、光太郎が記憶するかぎりでは、こんなようすはまだいちども見たことがなかった。
ルダンさんの家庭塾には光太郎ばかりではなく、光太郎のただひとりの肉親である従妹のおけいもお世話になっていて、ルダンさんの指導で大学入学資格試験の準備をすすめ、この戦争がなければソルボンヌへ送りこんでもらっていたところだった。
ルダンさんは弟子たちをじぶんの息子のように待遇する。弟子のためなら智慧でも葡萄酒でも惜しげもなくだしつくしてしまう。どうやら資格も出来、いよいよフランスへ出発ときまると、貧乏なルダンさんが、アルムーズとか、シャトオ・イクェムとか、巴里の「マキシム」でもなかなかお目にかかれないような、ボルドオやブルゴーニュの最上古酒を抜いて門出を祝ってくれる。
光太郎もこうして送りだされた一人で、フランスで美術史の研究をするはずだったのが、新進のアジャン・ア・トゥフェ(万能仲買人)になって八年ぶりで日本へ帰ってきた。
ルダンさんの家は光太郎の家からものの千メートルと離れていないが、さすがにばつがわるく、いちど玄関へ挨拶にまかり出たきりで、その後、それとなくごぶさたしていたのである。
光太郎は困ったと思ったが、隠れるところもないホームの上なので、ままよと観念してとぼけていると、ルダンさんは光太郎を見つけて、
「おお、光太郎」
といいながらそばへやってきた。
「ごぶさたしております。きょうはどちらへ」
ルダンさんは光太郎の手提鞄をじろりと見てそっぽをむくと、
「きまってるじゃないか。きょうはお盆だから、墓まいりさ」
と、つっけんどんにいった。
七月十三日……そういえばきょうはお盆の入りだった。それはともかく、十月二日の「死者の日」には、いつも亡くなられた夫人さんの写真に菊の花を飾るが、お盆に墓まいりとはきいたこともなかった。
「失礼ですが、どなたの墓まいりですか」
とたずねると、ルダンさんはめずらしくフランス語で、
「アンシュポルタブル! (手がつけられない!)」
とつぶやいてから、
「この戦争でわたしの弟子が大勢戦死をしたぐらいは察しられそうなもんじゃないか」
と、とがめるような眼つきで光太郎の顔を見かえした。
ああそうだったと思って、さすがに光太郎も眼を伏せた。
「ほんとうにたいへんでしたね。何人ぐらい戦死しましたか」
「十八人……一人も残らない。これで少なすぎるということはないだろう。日本へ来てまでこんな目にあうなんて」
ハンカチを出して鼻をかむとそれを手に持ったまま、
「まあ、愚痴をいったってはじまらない。ともかく、よかれあしかれ、この戦争の「意味」もきまった。なんのために死んだかわからずに宙に浮いていた魂も、これでようやく落着くだろう。だから、今年のお盆は、この戦争の何百万人かの犠牲者の新盆だといってもいいわけだ。それできょうはみなに家へ来てもらって大宴会をやるんだ」
「なんですか、大宴会というのは」
「わたしはみなに約束したんだ。戦争がすんだら王朝式の大宴会をやるって。つまり、これからその招待に行くんだ……本式にやれば、提灯をつけて夕方お墓へ迎いに行くんだろうが、みなリーブル・パンスウルだから形式にこだわったりしないだろう。もっとも、間違いのないように名刺は置いてくる」
「でも、降霊術のようなものは、カトリックでは異端なんでしょう」
「どうしてどうして、カトリックの信者ぐらい霊魂いじりのすきな連中はない。故人がうんざりするほど呼びだして、愚問を発して悩ますんだ。一年に一度、迎い火を焚いて霊を待つなんていう優美なもんじゃない。来ないと力ずくでもひっぱりだしかねないんだから」
「では、わたくしもお供しましょうか」
「まあ、やめとけ。死したるものは、その死したるものに葬らせよという聖書の文句は素晴らしいね。昨日わたしはみなの墓を廻ってみたんだけれども、掃除をしてあるのはただの一つもなかった。日本人は戦争で死んだ人間などにかかずらっているひまはないとみえる。それも一つの意見だろうが、死んだやつは間抜け、では、あのひとたちも浮ばれまいと思うよ」
「それで、おけいも呼ばれているのですか」
「君はだんだんフランス人に似てきたね。それも悪いフランス人にさ。そういう質問は、冷酷というよりは無思慮というべきものだよ。おけいさんの遺骨はまだニューギニアにある。これは遠いね。ちょっと迎いに行けないが、おけいさんはきっと来てくれるよ。君のような俗人にはわからないことだ」
「ひどいことをいわれますね」
「ひどいのは君さ。君はこの八年の間、一度もおけいさんに手紙を書かなかったそうだね」
「おけいがそんなことをいいましたか。あいつだって八年の間一度も手紙をよこしませんでしたよ」
「それはそうだろうさ。君が書けないようにしたんだよ。君がおけいさんをあまり子供扱いにするので、おけいさんは手も足も出なくなってしまったんだ。おけいさんは君が好きだったんだが、あきらめてしまったらしい。おけいさんが別れに来た晩はたいへんな大雪でね、雪だらけになって真青になってやってきた。そして君のこといろいろいっていた。君にだれかと結婚してもらって、はやく楽になりたいといっていた」
「あの子供が?」
「あの子供がさ……そうして、君が帰ってきたら、じぶんの友達の中からいいひとをお嫁さんに推薦するんだといっていた……つまらない、もうやめよう。おけいさんがしょっちゅう君のことばかりかんがえていたといってみたって、それがいまさらどうなるんだ。もう死んでしまったひとなんだから……さあ、さあ、君は早く事務所へ行って取引をはじめたまえ。日本橋へ行くんだろう。ほら、電車がきた」