驚くべき世界記録
しかし、鋼鉄よりもっと驚くべき第二の秘密は機関の威力である。
『最上』のデーゼル機関は武田博士が、それこそ骨をけずるような苦心をして造ったもので、ドイツが自慢する豆戦艦『ドイッチュランド』のデーゼル機関さえ、全然くらべものにならないのだ。
『最上』はこの優秀な機関を据えつけたために、その行動力は実に七万五千浬という、すばらしい世界記録に達したのだ。
米国の大巡洋艦は一時間十五ノットの速力で、一万五千浬しか航海出来ない。しかも三十三ノットの全速力で走ると、たった二千五百浬で、もう油が切れてしまうのだ。
およそ巡洋艦の機関ほど、重油を贅沢に喰うものはなかろう。ハワイの軍港を出る時に三千噸の重油をつんでいても、途中で少し速力をはやくしたら、小笠原島の沖あたりで、もうそろそろ不足になって来るのだ。
それほど重油は早くなくなるものである。いわば今の軍艦は、息が切れやすいのだ。
ところが、わが『最上』『吉野』は違う。
武田式デーゼル機関は二千五百噸の重油で、七万五千浬走ることが出来る。しかも一時間の速力は二十ノットだ。
全速力の行進をつづけても、二万五千浬は大丈夫である。
なお断っておくが、『最上』の全速力は三十三ノットと公表されているけれど、実は四十五ノット出る。
――ああこれこそ真に『太平洋無敵の軽騎兵』と称すべきものではないか。
米国海軍には一隻として『最上』を追跡出来る軍艦がないのだ。又、一隻として『最上』に追撃された時に、逃げのびることの出来る軍艦もないのだ。
このほか、『最上』には東京帝大の青木博士が造った世界一の光学兵器があり、又、長岡半太郎博士のこしらえた恐しい新兵器も備えてあるが、今は一々説明していられない。
とにかく日本の科学の結晶が、この四隻の軽巡洋艦である。そして山本海軍大臣は、極秘の命令を出して、いやが上にも、「早く早く。」と、工事を急がしているのだ!
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ここで一言しておかねばならぬのは、武田博士の愛弟清君のことである。清君は今年十六歳、まだ東京府立○中の三年生だが、その脳力は、もう帝大工学部の学生に劣らないくらいの天才である。
彼は昭和八年の二学期から学校を休学して、博士と一しょに目黒の海軍技術研究所へ通っているのだ。
清君の腕前は、造船技手として、掛値なしに立派なものである。――世界は、よもやこんな紅顔可憐の美少年が、わが軍事科学の研究所で、重大極まる兵器の研究をやっていようとは、想像だってしていないだろう。