Chapter 6 of 13
早春の花
融雪期が進行していつて其の遠い果てが海まで續くひろびろとした津輕平野で、去年の枯草と今年の新らしい黒い土とが春の日光を浴びる時、またこの平野を圍む山腹のそちこちの澤や、谷が薄い靄を棚引かせて、その奧に山肌の荒い襞を藍色におぼめかせるとき、わが郷土の農村の空はコブシの花で飾られる。
コブシはこの地方では普通田打櫻と言ひならして居る。丁度この花の咲くあたりから、百姓は烈しく働き出し、岩木川沿岸のひろびろとした平野では到るところ田打ちを始めるからである。
雜木林をチヨビチヨビ並べて一と筋につらなる村々の低空に、遠眼にもてらてらと白い艶を放して田打櫻の咲く見事さは、奧の日本を未だ知らぬ人には想像がつくまい。それは今も蝦夷の凄涼な俤を殘す此處いらの娘の齒のやうに、淨かに白くかがやくのである。