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悪の帝王 06 第6話 薔薇十字
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悪の帝王 06 第6話 薔薇十字
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Nguyên bản Public Domain
Chapter 2 of 2

第二章

ニューヨーク行き急行プルマンカーが発車して半時間、男が息を切らしノックもせず、億万長者ポッターの事務所に駆け込んできた。

「俺はバーンズというニューヨークの探偵だ。悪党共が嗅ぎつける前にここへ来るべきだったが、二日間監禁された。奴らは俺が数日逃げる心配ないと思っとる」

「いったい何の話ですか」

と億万長者ポッターが尋ねた。

「薔薇十字のことだ。それに司教とエラ令嬢と例のヴァンシターもだ。やつら大がかりな陰謀を企み、あなたの大きなダイヤをだまし取ろうとしている」

そして誘拐された生々しい話をバーンズ探偵がしゃべり続けた。また大ダイヤを金庫から奪い返す計画も話した。

億万長者のポッターが言った。

「電報を打たなくては。全員、私の専用プルマンカーに乗っていますから……」

バーンズ探偵がさえぎった。

「線が切られとる。奴ら二時間で列車から降りる。たぶん最初の停車駅フォート・アンソンだ。いいか、俺がすっかり段取りしたから、冷静なら、言われた通りにしてくれ。奴らはこの格好の俺が分からないから、じきに捕まえてやる。あなたは中央駅へ行って、特別列車を半時間以内に準備してくれ」

「一体全体、何のためですか」

「あなたと俺とで泥棒を追っかけるためだ。俺の計算では一時間以内に出発すればウィンチェスターで急行プルマンカーに追いつく。そのころ暗くなるので、気づかれずプルマンカーに乗り込める。いいか、我々は他人同士だ。さあ、事務所へ行って、会社の了解を取り付けてくれ、盗人から金庫の宝石を取り戻すためだ」

「なんてバカなことを言うんですか」

と億万長者ポッター。

バーンズ探偵は自信たっぷりだ。

「問答無用だ、あなたの金があれば何でもできるぞ。キミ、宝石をただでくれてやるのか、アホ……」

ポッターはそんなたまじゃない。正確に五十七分以内に、特別エンジン仕様の列車をシカゴから引き出し、さらに鉄道会社の運行を金で買った。

もうボルトン・ガーデンどころではない。費用のことを考えると頭が痛かった。それにエラ令嬢のことも……。

バーンズ探偵が憂鬱な妄想をさえぎった。

「計画を話しておこう。追跡方法はたいした問題じゃない。いずれにしろ捕まえるし、奴らの手管は知れてる。探偵仲間の常識だが、手柄を一人占めしたいから、ここへ最初に来なかった。でも準備万端だ、もう待機の急行列車に寝台を確保し大量の荷物を乗せた。奴らは俺をうまく監禁していると思ってるから、当分安心しきっている。さて、計画はこうだ。あなたはじかにプルマンカーに乗り移り、お宝を回収し、社交部屋へ行き、自然に顔を出しなさい。変なごまかしはするな。そうだな、当日ニューヨークに行くため急行を捕まえる必要があったとか言いな。俺のことは何も気にするな。心配ない。だが何があろうとお宝は回収しろ。回収したらヤンキードードルを口ずみながら歩け。それが俺への合図だ。そのあとの計画はおいおい話す」

ポッターは細心に指示を聞いた。次の一、二時間は室内をそわそわ、極度の不安におののく犠牲者だった。

もしプルマンカーに乗り移れなかったら、結果は悲惨なことになる。ウィンチェスター駅以降、千三百キロは止まらない。

一方のバーンズ探偵は自信満々だった。

「出発する前に慎重に計算した。八分の余裕があるはずだ。もうすぐ悪党どもを追い詰めてやる」

予言は完璧に当たった。臨時の仕立列車がウィンチェスター駅に着くころすっかり暗くなり、ポッターの眼前にくだんのプルマンカーの尾灯が見え、嬉しい光景があった。

バーンズ探偵がささやいた。

「いいか、忘れるなよ。まず宝石の回収だぞ。無理やりでもあなたが回収するまで、俺は何もできない。さて寝るか。時機が来たら、実行してくれ。それまで何もできん」

バーンズ探偵が寝台へ直行する様は、行動を知りつくした男そのものだった。

再び男が明かりに姿を現わした時、奇妙なことに、バーンズ探偵がすっかり消え、その代わり伊達男ヴァンシターがいた。そしてプルマンカーへ飛び乗った。

そっと忍び込むと、エラ令嬢が叫び声を上げた。

「まあ、あなたって、なんて人なの。心配していたのよ。ずっと列車に乗っていらしたんだ」

「きみを懲らしめるためだ。昨夜はとても無礼だったね」

「それは誰のせいですか」

「もちろんきみのせいだ。でも許すよ。実は間一髪で列車に乗ったんだ。この素晴らしい豪華列車を楽しんでくれ」

こうヴァンシターが冷静に応じた。

司教が気取って言った。

「わたしも大変ありがたい。今の精神状態では騒動やおしゃべりのないことが一番です」

エラ令嬢が割り込んだ。

「メイフェア公爵夫人がお乗りですよ」

伊達男ヴァンシターが眉をひそめたけど、承知の上だ。だが司教は困った。というのもメイフェア公爵夫人の玉にきずは慈悲深さであり、博愛の為には司教も餌食にする。

この時だれか廊下を通り、口笛でヤンキードードルを吹いた。

ヴァンシターの目が一瞬輝いた。やがて三人は眠たそうな表情になった。そのとき扉が開き、青ざめた苦虫顔が見えた。

エラ令嬢が叫んだ。

「まあポッターさん、魔術師なの」

「人間だ、ただの人間だよ、驚きなさんな。実は、あなた方が出発なさった直後、電報を受け取って、ニューヨークへ直ちに赴く用事が出来たのです。特別列車を仕立て追いついたので、ここに来ました」

エラ令嬢が喜んだ。もし令嬢と司教が演技しているとしたら、とても上手だ。ぎこちない素振りなど微塵もない。

億万長者のポッターがちょっと安心し始めた。令嬢と司教の態度が伝わって、どうやら疑念は生じなかった。四人はそこに座って、二時間ほど歓談した。

そのとき伊達男ヴァンシターが立ち上がり、煙草を吸いたいと嘘をついた。数分して戻ってきた。

「話を中座して申し訳ない。メイフェア公爵夫人が司教に会いたがっておられます。連れて来てもいいですか」

クロイドン司教が立ちあがり、とてもつらそうに言った。

「いや、いや、二つ災難があれば、メイフェア公爵夫人の方を遠ざけますよ。うっかり神聖な領域に侵入されたら、平穏な残り旅がめちゃめちゃにされます。善良で最高に敬虔なご婦人なのですがポッターさん、声と言ったら……。エラ、私を連れ出しておくれ。よければすぐ退却する」

エラ令嬢がすっと立ち上がり、にっこりほほ笑んで言った。

「かしこまりました。仰せの通りに致します。できるだけ早く戻りますから、ポッターさん」

扉が背後で閉まった。億万長者ポッターが伊達男ヴァンシターをじろじろ見た。ポケットに薔薇十字を持っている為、ちょっとピリピリしている。その上、向かい側の若いヴァンシターと掴み合いのけんかになったら。でもバーンズ探偵が近くにいる。

伊達男ヴァンシターが扉を引いて、連結部に足を踏み入れて言った。

「今晩の客車は特に暑いですね」

億万長者のポッターを誘わなかったが、たぶん来るだろうと思ったからだ。

急行列車はものすごい速度で走っている。連結部の低い手すりは喧嘩の際、防御壁にならないだろう。

しばらくしてポッターが尋ねた。

「線路の向うのあの光は何かな」

ヴァンシターが無造作に言った。

「さあ、十キロ先ですね。丘でランタンが燃えているように見えますが」

「何かの信号かな、でも私には……」

ポッターはそれ以上言わなかった。

びよーんと、ヴァンシターが猫のようにポッターに飛びかかった。

驚いた億万長者ポッターは声を出す暇もなかった。万力のような馬鹿力で連結部にがっちり固定され、ツンと臭う液が染みたハンカチを口に押し込まれた。

数秒が夢のように過ぎた。ポッターは朦朧となり、ポケットをまさぐられ、狂喜する薄笑いを聞き、気が付くと、猿ぐつわを噛まされていた。

よろよろ立ち上がったら、子供のように持ち上げられ、手すりの上から放り投げられた。着地場所はヴァンシターが狙った所にドンピシャだった。落下の衝撃は灌木とコケと水分で緩和された。

完敗した億万長者は、あざが出来、めまいがするものの、無傷で立ち上がってみれば、プルマンカー急行の尾灯が夜の帳にだんだん消えて行く。

フィリックス・グライドは争いで、はあはあと息を切らし、手すりに寄りかかった。後ろの扉を閉めた。真暗闇に立ちつくした。列車の両側には、まばゆい光が流れている。

グライドが一人にんまり。薔薇十字がポケットにあり、忠実な探照灯が前方に輝いている。周到に計画したことは一つとして違えない。

社交室の扉が開く音が聞こえた。エラ令嬢が呼んでいる。

「いま行くよ。ポッターさんと打ち合わせ中だ。扉を開けるな、ここは埃だらけだ」

とグライド。

やおらグライドが手すりの上に登って、しっかりバランスを取った。列車が探照灯の下を通過してから、ゆっくり一〇まで数えはじめた。

「一か八だ。行くぞ」

反動をつけて夜の闇に身を投げた。次の数秒間は無限に感じた。

何かに当たり、はね返され、はずんで、何度も網の上で転がった。かすり傷一つもなく脱出できた。

そのあとは子供のお遊びだ。グライドは後始末せずに立ち去るような男じゃない。現在地や次の行動も計算済みだ。

白み始める頃、ランタンや網や高級服も、ため池に深く沈め、夜明け前、典型的な牛飼いがすたすた歩く草原の向うには、繁栄するバーミングハムの町があった。

*

数日後、ニューヨーク・セントラルホテルで誰よりも悲嘆にくれ、怒り心頭に発した億万長者が不愉快そうに事情を聞かれていた。相手は警察署長。クロイドン司教とエラ令嬢もいる。

署長が穏やかに言った。

「保証しますがポッターさん、この二人はあなた同様無実です。二人の証言が本当だと、本官の立場から確かに証明します」

司教が証言した。

「完全に騙されました。悪党と分かった男は我々と無関係です。私の本当の甥はここへ来る途中ですから、電報を受け取るまで予定は知りません。甥に会って、家族の話を聞き出し、素性を隠しおおせたのでしょう」

「それに紳士に見えましたな」

とポッターがうめいた。

署長が言った。

「横領犯の多くは高学歴ですよ。実際、この種の詐欺は知性の高いものが計画、実行します。おそらく情報として、ダイヤモンド関連や、司教とエラ令嬢がシカゴへ来ることを知っています。新聞で情報を集めて、ピンと来たんでしょう。こんな男がチャンスを金に変えるのです」

ポッターがまたうめいた。

エラ令嬢が優しく同情した。

「変装が上手だったに違いありませんわ」

「まさにその通りだ。驚いたなあ、二人は別人のように見えた。全く気付かなかった。奴は捕まえられないだろうなあ」

とポッターが嘆いた。

署長が苦笑い。逮捕は署長の仕事だが、個人的な意見はポッターの言う通りだ。そのあと、むっつり沈黙した。

エラ令嬢がいつもの華やかな口調で助け舟を出した。

「あの、ポッターさん、どんなことがあってもご親切は決して忘れません。国へ帰ったら、何はさておきボルトン・ガーデンへ招待しますわ。どうかごめん遊ばせ」

差し出された手をポッターがしっかり握って言った。

「一つ確実なのは私が許さなくても、妻は許すでしょうな」

了

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