二
遠くの窓から漏れる光の諸刃が、女の顔を横切った。とても美形、若さと健康に輝いている。前と別な女が美しく着飾り、顔はかわいいが何か曰くありげで、デンを寄せ付けない一方、誘惑している。
「あなたも危ないのですか」
とデンが訊いた。
「ええ。どんな危険かは言えませんが」
「でも見たところ、あなたは現地人でしょう」
「そうです。でもここではひとりぼっちです。親戚や友人は黄蛾のために死にました。こわい、とてもこわいのです、メクドナも」
「よく分りました。メクドナのことは僕も聞いています。何をして欲しいのですか」
「あなたは向こうの軍艦から冒険を求めていらした将校でしょう?」
「ええ、冒険を求めてきました。白状すれば、既に期待は大いに満たされました。でも僕は将校ではありません。単なる従軍記者に過ぎません」
「あの艦隊に、私を潜り込ませてくれませんか」
デンが尻込みした。お察しの通り、そんなことなど出来るはずがない。
この二番目の女はドナ・イネス・カストロと分り、ある計画を実行するけど、条件としてデンが女を助けることだとか。
女が言った。
「ここに立っていては危ないです。メクドナのスパイが至る所にいます。私の粗末な家にいらしてください。そうすれば老女ドナ・ベラを紹介します。いかがです?」
「そうして下さい」
少し歩き、二人が着いた門の先に、なんだか威厳のある家があった。
どうやらここは贅沢の極みに創られているようだ。多数の灯火の下、部屋はかなり大胆で奇抜だ。どこか遠くから、どんちゃん騒ぎが聞こえる。
デンが怪訝そうに振り返り、女に訊いた。
「あの騒ぎは何ですか」
ドナ・イネスが笑って答えた。
「つまりあなたはメクドナ様のお客ということよ。ごめんなさい、しばらく一人にさせますね」
向かいの扉がカチャリと閉まった。デンは囚われの身だと悟った。
しばらくして混血戦士が四人、完全装備で入ってきた。奴らなら奇怪な犯罪ぐらい何でもやりかねないと、一目で分った。
戦士の隊長が言った。
「メクドナ様が会いたがっておられる。ついてこい」
デンが戦士に連れられ、石畳の廊下に沿い、部屋の方へ行くと、どんちゃん騒ぎの音が聞こえた。扉を開けると、デンの目の前に目もくらむ光景が飛び込んできた。
実に驚くべき奇観だった。
ざっと四〇人ばかりの男女がテーブルの周りにたむろし、上座の小男は頭がでかく、とても利口そうな顔をしている。これがメクドナだ。
デンが入ると、メクドナが礼儀正しく立ち上がり、こう言った。
「ようこそ、つたない我が家と舞台に。ドナ・イネスが段取りを付けました。確かあなたはドレントン・デン特派員ですね。そうなら、喜んで書けるのが私の小発明品ですよ。あなたへのお返しとして、素晴らしいものを取っておきました。それまではどうかくつろいでください」
デンはしっかりした手つきで、ワインを手酌で飲んだ。
デンが完全に自覚していたのは、自分の神経が図太いこと、それに拳銃が信頼できること。まだチャンスはある。
しばらくして再び笑い声やおしゃべりが盛り上がり、激しいスペインダンスが始まった。
デンはテーブルに座って優雅な舞踏を眺めていた。どうやらデンのために踊っているようだ。囚われのデンは片目を舞踏に、片目を部屋の出口に向けていた。
「脱出は不可能よ」
と耳元でささやく声がした。
情熱的なスペイン女がデンの右側の空席に座った。三番目の女だ。顔は大理石のように硬いが、潤んだ瞳には友好的な光りがあった。
「可能なら僕を助けてください」
とデンが言った。
三番目のスペイン女が、
「気づかれずに扉の所まで行ければいいのですが……。あなたなりのお考えがおありでしょう。もしそうなら、扉まで突進しなさい、そうすればわたくしがそこにいます。さあ、踊りましょう。メクドナが疑わしげに見ていますから」
デンはすかさず浮かれ騒ぎに身を投じた。まさに火口の縁で踊る死のダンスであった。やがて、どんちゃん騒ぎにも真夜中の時報が鳴った。
デンは心ならずもダンスをやめて、メクドナを見た。メクドナは約束を忘れたのか、それとも拷問を先延ばしにするのか。とにかく指示を出さないので、舞踏が続いた。
次第に狂喜乱舞、騒がしくなっていった。デンはまさに舞踏の精霊に魂を奪われた。しばし何もかも忘れていると、背後から首を両手で捕まれて、息が出来ぬまま、どん詰まりへ連れて行かれ、万力のようにがっちり固定された。
デンは山猫のように戦ったが、見えぬ敵には全く歯が立たなかった。そのあと、柔らかい白い手が唇に触れ、何か甘く刺激のある液体を浸したハンカチを口と鼻に押し込まれた。
デンは息をぐっとこらえ、唇をぴったり閉じていたが、遂に頭がくらくらしてきて、心臓が肋骨をばらばらにしかねない。肉体がこれ以上耐えられないので、あえいで、空気をガーッと吸い込んだ。すると、まるで疲れた子供のように倒れ、甘く穏やかな眠りに落ちた。
気がついたとき、デンはマニラロープで縛られ、まるで丸焼きにされる鶏のよう。クロロホルムの余波でむかむか朦朧としていたが、それでも周りがおもしろくないなんて、不平を言うつもりはない。
部屋の中央に台があり、その上にガラス箱が立っており、巨大な棺の形をしている。ガラス面は真鍮でしっかり止めてあり、全体が台に固定されている。
メクドナが笑いながら、奇妙な装置を指差して、言った。
「何の機械かと思っているな。教えてやる。蒸し器だよ。お前を中に入れて、蓋を閉めて、ある方法でお前をじっくり蒸し焼きにする。装置の上端には穴が開けてあり、ある程度の空気が出入りするようにしてあるから、突然死することはない。装置の中は直立するだけの空間があり、お前はガラスの中からお前の行動に観客がどんな反応をするか、見ることが出来るぞ。ちょっとした新聞種だろ? 残念ながらお前の達筆が活躍する場はないけれど……」
メクドナの合図で仲間の二人がデンを持ち上げて、例の棺に押し込み、重い蓋をねじ止めした。たちまち暖かい空気が狭い空間に満ちた。一瞬頭がくらっとしたが、直後またすっきりしてきた。