Chapter 1 of 1

Chapter 1

「弾け! 弾け! その手風琴で沢山だ。」

「南北戦争の兵隊でもが持つやうな手風琴だな、ハツハツハ! 横ツ腹が大分破れてゐるぢやないか!」

「お前の胸には打つてつけだらうG――」

「失敬な、弾かねえぞ!」

「弾け! 弾け! リング、リング・ド・バンジョウ! あんなものを弾くにはそれで沢山だよ、K! お前は一緒にハモニカを吹け!」

「オーライ!」

「ぢや、俺もオーライとしよう!」

Gの言葉だけが隣りの部屋で、たゞぼんやりしてゐる僕の耳に、Gのだ! と解るのであつた、何といふ

わけもなしに――。

「歌はう!」

「踊らう!」

「プロージッド!」

水を飲んで、あの騒ぎだ! と僕は思つた。何がそんなに面白いんだらう! 一体何に彼等は、あんなに浮れてゐるんだらう!

「あきれたカレッヂ・ネキタイ達よ!」

――「Gの手風琴は厭に間のびがしてゐて、やつぱりいけないな。Gの奴、大分今夜は何うかしてゐるね。」

「…………」

「あの音楽係は免職にして、蓄音機にしよう!」

「そしてGも一緒に踊れ!」

「うむ、踊りの方が俺も好い。その代りあんまり俺の側へ寄るなよ。」

「たしかにメートルが狂つてゐるぞ!」

「喋舌るな/\? さあ始めろ! あの滅茶苦茶に賑やかな when you are alone あの Fox-trot!」

「レデイ!」

大変な騒ぎだ! と僕は思つた。窓に月の光りが射してゐた。

決して不愉快ではなかつたが僕は、頭がガンガンしてしまつたので、ひとりで散歩に出かけた。

いつの間にか海辺まで来てしまつた。

あの時誰かゞ云つた、あの滅茶苦茶に賑やかな when you are alone――その言葉が私の頭に妙に残つてゐた。

「お前がたつたひとりの時に――なんて云ふ題目の音楽が、滅茶苦茶に賑やかだ! なんて可笑しいな!」

いつも大変常識的な、勿論音楽のことなどは何も知らない僕は、馬鹿々々しさうに呟いた。

たつた一人の時なら静かに違ひないぢやないか、たつた一人で賑やかならば気狂ひだ、つまらぬ音譜があつたものだ!

景色などにあまり心を奪はれた験しのない僕なのだが、吾家に帰つたつてあの騒ぎではたまらないし、まあ、もう暫く散歩でもして行かうか? などゝ思ひながら、ぶら/\と渚近くを歩いていると、さすがに月の夜は美しかつた。

そして、いつの間にか大変遠くまで歩いて来てしまつたのに気づいた。――僕は、小舟に凭れて、珍しくも沁々と月を眺めたりした。夜も大分更けたと見えて、ふと足もとを見ると自分の影が恰でベルモットの壜のやうに細長く倒れてゐた。余程眼を凝しても、何処が頭で何処が肩のあたりか、さつぱり見当もつかない全くの壜だつた。

影を見て、僕は、歩いて見た。するとまあ何と可笑しなことには、僕の二本のズボンの脚は、夫々一丈程の長さもあらうか! 最も痩つぽちな大人国の住人だ。何も彼もスイスイと跨いで行く! 舟も一またぎ、流れも一またぎ!

ちよいと、爪先きをあげると、僕の爪先きは遥か彼方の波がしらを蹴つてゐる! ぴよんと飛びあがると僕の頭は、遥か向方の、月の光りで斑らになつてゐる松林にとゞいてゐるではないか。片手を上に挙げると、手の先は、丘の赤屋根をつかんでゐる。

「やあ、面白い/\!」

思はず僕は、そんなに声を出して呟きながら、得意気に胸を張り、肩をそびやかして闊歩した。

影は、土筆がそだつやうに伸びて行くのであつた。夜が更けて月が傾いてゆくからなのだ。

おゝ、僕も、いつか、あの、滅茶苦茶に賑やかな「お前のたつたひとりの時に」であつた。

「吾家へ帰つて彼等と一緒に踊つてやれ。」

「リング、リング・ド・バンジョウ!」

「弾け! 弾け!」

「何とまあ美しい月夜ではないか、これで浮れずに居られようものか!」

僕は、戯曲を朗読するかのやうに幾つかの声の調子で吾れと自ら受け渡しをしながら、浮れ、浮れて、松林を抜けて、丘を超えて一散に吾家を目ざして歩き出した。

ほんとに僕も、Gではないが、変にメートルが狂つたかのやうである――斯んなに遠くまで歩いて来たのだつた。

松林を出ると、白い平坦な街道だつた。この道を吾家まで戻るのには、凡そ小半里も歩かなければならなかつた。――山も丘も、林も、一面に月の光りを浴びて、雪の景色のやうでもあつた。

僕が、面白可笑しく小走りに駈けて行くと、一直線の田圃道の遥か彼方に青白い光りが一点現れたかと思ふと、見る間にそれはサーチライトになり、僕の眼を射つた。

「オートバイだな!」と僕は気づいたから、そして余り広くない道幅だつたから、要心深い僕は、ポプラの木の下に避けてゐた。

するとオートバイは、僕が立つてゐる二三間先きに来ると、ピタリと止つた。――いくら月の明るい晩だと云つても、そのヘッド・ライトに真向きに射られてゐるんでは、乗手の姿が解らう筈はない。

「マキノさん!」と、そのオートバイの乗手が呼んだ。

「あゝ、G――君だつたのか?」

「僕の方から一町も前からあなたの姿が解つてゐましたよ。――あなたは、ひとりで妙に浮れて、そしてニヤニヤと笑つてゐましたよ。変だな、どうしたの?」

「笑つてなんぞゐるもんか――」と僕は慌てゝ打ち消した。「その灯りが、あんまり強いんで、まぶしかつたんだよ。」

Gは頓着なしに続けた。

「僕は、あなたの姿を初めに見つけた時、これあいけないと思つた……」

「何うして。」

「何うしてツてこともないんだが――」

「だつて君は吾家へ帰るところだつたんだらう?」

「それがね――」とGは、サドルから飛び降りて、赤くなつた顔を僕に示した。Gの眼差しは何時も美しい。その眼が月夜のせゐか、僕に沾んで見えた。漸く少年の域を半ば脱したゞけのGの滑らかな頬は、桃のやうに薄赤かつた。蔭で、仲間同志だと、さつきのやうに、あんなに乱暴な言葉を利いてゐる者だとは、僕には一寸想像も出来なかつた。

「笑ふでせう、マキノさん?」

「誰が笑ふものか、馬鹿な。それがどうしたといふのさ。」

と僕は白々しく云つた。

「それがね、別段、理由もないんだ。――僕は、今、吾家へ帰るんぢやない……」

「そして何処へ行くの?」

「さう、アツサリと問ひ返されちや困つちまふな。」

「変なGだね、今夜に限つて――」

と僕は一層白々しく云つた。

「だからさ、さつき、僕はあなたの姿を見つけた時に、忽ち引つ返さうとしたんだが、この道ぢや廻れやしない――」

「早く結論をお云ひよ。」

「僕は、たゞ滅茶苦茶にこの一本道をカツ飛してゐたゞけ! グルッつと廻つて、また、あなたの家へ帰つて、皆んなと一緒に踊るんだ。それで、お終ひ!」

僕はGのこの言葉を聞くと、変にギくリとした――。だけど僕は、空呆けて、

「何だ、馬鹿々々しい。」と云つた。「この辺で引返さないか、そして僕をそれに乗せてツて呉れよ。」

と僕は空の側車を指差した。

「…………」

いつまでたつてもGが答へないので、僕はそつとGの耳もとに口を寄せて、

「君は誰かに恋してゐるんぢやないか。」

とさゝやいた。

「…………」

Gは微かに首を振つた。

「ほんたうに?」と僕が、稍屹ツとなつて念をおすと、Gは、がつくりと首垂れた。そして極くかすかに点頭いた。

僕は、思ひきり強い口笛を吹き鳴らしながら、奇妙にソワソワとしてGの車の周囲を堂々廻りをしてゐた。――そして僕は、まるで僕自身の胸に新しく艶めいた悩みが萌したかのやうな心地になつて、

「G、一緒に行かう。」

と云ふがいなや、側車に腰をかけた。

「君の自由に、ドライヴしたまへよ。――無理には決して訊かないからね。」

僕はそれで酷く気の利いたことを云つたつもりだつたのである。

一散に先きを目がけて走り出すのだらうとばかり僕は思つて、なんとなく心構へをしてゐたのに、Gは僕を乗せたまゝ徐ろに車を元の道に廻すのであつた。

そして僕には、何とも云はずに速やかにスタートした。

「おや/\、僕の家へ引つ返すのかね。そんならそれでも好いが僕は、これから快い気分で、君の感傷につき合はうと思つてゐたのに――」

「それは、どうも――」

「急にまた賑やかに遊びたくなつたの?」

「……いゝえ。」

「僕に遠慮するんなら無駄だよ。」

と僕は細心の物解りの好さを伝へたのである。

「えゝ――ともかく……」

……僕の体が達磨のやうに転げさうになるほどスピードを強めてゐた時、Gが如何にも切なさうに弁解したのだつたから僕の耳には余りはつきりとは響かなかつたが、凡その次のやうな意味のことを伝へた。

……皆なが皆な踊り相手を持つてゐるのに自分だけが独りで、口惜しさに堪らなくなつたから、実はこれから、この事で彼女を迎へに行くところだつたのだ。この側車に彼女をのせて花々しく帰つて来ようと思つてゐたところなのだ。だから自分は、今あなたを送りとゞけると同時に引き返して、迎へに行くところなのだ。

「早くさう云へば僕は、乗りはしなかつたものを――僕は、また何を君は、はにかんでゐるのかと思つて、飛んだ心配をしてゐたところだつたのに――」

僕が、酷く揺られて身を縮ませながらそんなことを云ふと、Gは、すつかりテレ抜いて、途方もないスピードを出して僕の胸を冷した。

僕の眼の先きでは、Gの葡萄酒色のカレッヂ・ネクタイが凄まじく翻つてゐた。

●図書カード

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