Chapter 1 of 3

琴手トオカルがその友「歌のアイ」の死をきいた時、彼は三つの季節、即ち青い葉の季節、林檎の季節、雪の季節のあいだ、友のために悲しむ誓いを立てた。

友の死は彼を悲しませた。アイは、まことは、彼の国人ではなかった、しかしトオカルが戦場で倒れた時、アイは琴手の生命を救ったのであった。

トオカルは北の国ロックリンの生れであった。トオカルの歌は海峡や不思議な神々の歌、剣といくさ船の歌、赤い血とましろい胸と、オヂンや虹の中に座をしめている夢の神の歌、星のかがやく北極の歌、極地のほとりに迷ううす青とうす紅の火焔の歌、そしてヴァルハラの歌であった。

アイは西のあら海のとどろきの中に震え立っている南の島に生れた。母はアイルランドの王族の女であった。

アイの歌はやさしかった。彼は愛し、うたい、やがて死んだ。

アイの友トオカルがこの悲しみを知った時、彼は立って誓いをし、自分の住家を捨ててまたと帰らない旅路に出たのであった。

かの戦いの日からトオカルは目しいていた。その時から彼はトオカル・ダルと世に呼ばれて、その琴は仙界の風のひびきを持つようになり、谷間を下りながら弾く時、浜辺の砂山にのぼって弾く時、風の歌を弾く時、草の葉のささやきを弾く時、樹々のひそめきを弾く時、海が夜のやみに叫ぶうつろの声を弾く時、あやしく美しい音を立てた。

肉眼の見えないためにトオカルはよく見たり聞いたりすることが出来ると言われていた。ほかの人たちの見ない聞かない何を聞き何を見ていたのだろう、それは琴いとにためいきする或る声から見たり聞いたりするのだと人は言っていた。

トオカルが旅に出かけようとする時、王は訊いた、彼の血のうたうままに北に向いてゆくか、彼の心の叫ぶままに南に向いて行くか、それとも、死者のゆくように西に向いて行くか、光の来るように、東に向いてゆくかと。

「私は東に行く」トオカル・ダルが言った。

「なぜ東にゆく、トオカル・ダル」

「私はいつも暗い、光の来る方に行きましょう」

ある夜、西から風が吹いている時、琴手トオカルは櫓船に乗って出立した。櫓船は九人の人に漕がれて月光に水のしぶきを立てた。

「歌をうたってくれ、トオカル・ダル」みんなが叫んだ。

「歌をうたってくれ、ロックリンのトオカル」舵手が言った。舵手もほかの一同もみんながゲエルの人々であって、トオカルだけが北の国の人であった。

「何を歌おう、お前たちの好きな戦争の歌か、お前たちをいとしみ抱く女たちの歌か、やがてはお前たちに来る死の歌か、お前たちの怖がる神罰の歌か」

怒りを帯びた低いうめき声が人々のひげの陰から洩れた。

燃え立つ怒りを抑えて舵手は眼を伏せたまま答えた「琴手よ、われわれは君を無事に本土に送り届ける誓いこそしたが、君の悪口をきいて黙っている誓いをした覚えはない、風に飛んで来た矢のために君の眼は見えなくされたが、今度は不意に剣のひとえぐりで息を止められないように、気をつけるがよい」

トオカルは低い静かな笑い方をした。

「いま私は死を恐れなければならないのか――血の中で手を洗ったこともあり、恋いもし、人間に与えられたすべてを知りつくした私ではないか、しかし、お前等のために歌をうたおう」

琴をとり上げて彼は絃をならした。

はるかなる、めもはるかに遠くさびしき国に、ひと筋のさびしき川あり

岸の砂しろく、しろき骨は水際に散らばる

そこに生あるものはただ躍るはだか身の剣ばかり

見よ、予言者なる我は見たり、浅瀬に洗う女のすばやく動く手を

夜と暗黒のなかの、雲と霧のおぼろの影と女は立てり

浅瀬に洗う女

折にふれて女は笑い、手のなかの塵をまき散らす

女はそこに来る凡ての人の罪を数え、血によごれたる群を殺す

人間のあらゆる罪の幽霊は

浅瀬の女の飛び光る剣を知る

砂の上にもがく手足を見るとき、浅瀬の女は身を屈めて笑う

女はいう、浅瀬にかえりてあちこち泳げ

その時われ汝を雪のごとく洗いきよめ、手をとりて引き上げ

このまばゆき剣もて汝を殺し

汝を踏みてこの白く静かなる砂のなかの塵にまじらせむ

これこそかの浅瀬の女が

静かなる川の岸に

笑いつつうたうことば

トオカル・ダルがその歌をうたい終って後、しばらくは誰も物を言わなかった。橈は月光をうけてそれを糸の切れた光りかがやく水晶の珠のように振り落とした。船首の浪は巻き上がり高く跳んだ。

その時突然漕ぎ手の一人が長く引く低い調子で剣のうたを歌い出した。

すると、みんなが漕ぐのを止めた。彼等がまっすぐに突立って星に向って橈を振りまわしながらうたう狂わしい声が夜のなかに飛びわたった。

トオカル・ダルは笑った。彼は腰の剣を抜いて海に突き入れた。その刃を水から引き抜いて高く振った時、まっしろに光るしぶきはトオカルの頭辺にみぞれの雨と渦まき降った。

その時舵手は舵をはなして剣を抜き、流れる浪を切った、力が入りすぎて彼は剣に引かれてよろけた、剣が艫に坐して橈を把っていた男の耳を削いだ。船中のすべての眼に血があった。切られた男はよろめきながら自分の短剣をさぐった、短剣は舵手の胸を刺した。

その二人は一同のなかの有力者で前から憎み合っていた、トオカルをのぞいては船中のみんながこの二人の何方かに味方していたので、やがて剣と短剣が歌をうたった。

橈とる人たちは橈を落とした、四人が三人に対して戦った。

トオカルは笑って自分の坐席に仰向けに寝ていた。立ちさわぐ波の中から一人一人の死が船によじのぼって冷たい息を死にゆく人に吹きかけた時、トオカルは琴をとり上げた。彼はうずまく散滴を顔にうけて、鼻に血の香を吸いながら、次第に増して来る血の潮に足をひたして歌った。

おおオヂンの神にかけて、あかき血はこころよし

あかき血の深くわき出す音はこころよし

剣のわらう声をきく時

鴉は鳴き、老人はなげき、女は泣く

浅瀬に洗う女

浅瀬に立ちてせわしく動く

この殺戮のむれのすべての罪ふかき血を洗い流し

かれらの骨をこまかき白砂に踏み砕き

彼女の渇きたる剣の渇きをひそかに笑いつつ

浅瀬に洗う女

トオカルがその歌をうたい終った時、船中に脈のある人がまだ一人いた、彼は船首の橈手であった。

「トオカル・ダル、お前を呪う」口にいっぱいになった血の中から彼がうめいた。

「お前は誰か」

「私はアルトの子ファガスだ」

「それでは、ファガス、お前の死の歌をうたおう、お前が最後の者だから」

トオカルは琴からすすり泣きの音を立てて、うたった――

歌なかばに、男は剣を海に投げすて、うめきながら水に落ち込んだ、彼はいま、浅瀬に洗う女の踏みくだく足の下の白砂の上に行ったのであった。

Chapter 1 of 3