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歴史哲学
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三木清
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Chapter 9 of 21

三

單に環境といはず、一般に存在としての歴史は、それ自身として見られる限り、云ふまでもなく、因果必然性の連鎖のうちに立つてゐる。從つて存在としての歴史を直接の對象とする歴史學にとつては、先づこのものの因果的認識が必要である。歴史學は決して因果的認識を全く排斥するのでなく、却てそれを缺くべからざる條件とする。因果的認識によつて初めて、それは或る歴史的なものが存在しなければならぬ必然性を把握することが出來る。因果法則に合致しない何物かが見出される場合、歴史家がそれの歴史的眞理を否定するといふことは當然である。然しながら我々は、歴史的認識が因果的認識以上の或るものであることを、多くの勝れた歴史家たち及び歴史理論家たちの認めたのを知つてゐる。因果的認識は眞の歴史的認識にとつて缺くべからざる條件であるとしても、終局的なものでない。因果的必然性は眞の歴史的必然性に對する條件であるけれども、そこにはなほ高次の必然性ともいふべきものが考へられねばならぬ。それによつて眞の歴史的認識が成立する高次の必然性とは如何なるものであらうか。これ即ち、全體と部分との關係に於て規定される必然性にほかならない。それぞれの特殊な出來事、特殊な段階は、それが全體の部分として全體に對する内面的な關係の明かにされることによつて初めて、その眞の歴史的必然性に於て理解されるのである。眞の歴史的必然性は、或るものが抽象的な法則的普遍によつて規定されてゐるところにではなく、寧ろそれが具體的な全體的普遍によつて生かされ、かかる全體をつねに自己のうちに寫し出してゐるところにある。然るにこのやうな、部分の全體に對する關係は、實に「意味」Bedeutung の範疇を基礎付ける。歴史の最も重要な範疇の一なる意味の範疇は、ディルタイの述べた如く、一般に、部分の全體に對する關係のうちに横たはつてゐるのである*。歴史的なものは凡て有意味的 bedeutsam である。歴史的認識はその本性に於て事物の有意味性からの認識である。けれどもこれらのことを哲學的に把握するためには、次のことどもが明瞭にされなければならぬと思ふ。

* Vgl. W. Dilthey, Gesammelte Schriften, . Band, S. 232 ff.

一、存在としての歴史に屬するものは悉く因果必然的である。かくの如きものはそのままで高次の必然性たる意味必然性、即ち全體と部分との關係に於て規定される必然性の秩序へ這入つて行くことが出來ない。二つの異なる必然性の秩序がある場合、何等かのものは、その一つの秩序に於ける必然性の資格のままで直ちに他の秩序に於ける必然性を擔ふといふことは不可能である。それには、論理的過程としては、因果必然的なものがなほ偶然的と見られることがなければならぬ。このことによつてそのものの意味必然的として把握されるための地盤が與へられる。ところで上に論じた如く、因果必然的な存在がなほ偶然的と見られるのは、事實の立場から、事實との關係に於てである。事實としての歴史は先づ存在としての歴史よりその必然性を奪ひ去る。二、然しながらこのやうにその必然性を奪ひ去るといふことは次にこのものに高次の必然性を與へんがためである。かかる高次の必然性たる意味必然性は、一の現實的な全體が形作られ、各々の歴史的なものがその部分として、それのうちにそれぞれ位置付けられることによつて生ずる。絶えず移行して停止することなき歴史の過程を丁度完結せしめ、一の全體を形作りつつ、これを擔ふものは事實としての歴史以外のものであり得ない。これ我々が既に示しておいた通りである。存在としての歴史に於て形作られる全體は、つねに事實としての歴史によつて擔はれてゐるのであるから、生ける全體である。全體は生けるものとして初めて全體とも云はれることが出來る。三、我々は部分の全體に對する關係が意味の範疇を基礎付けることを述べた。實際、單なる存在の概念からしては意味といふが如きものは出て來ないのであつて、存在は事實に對する關係を含むことによつてのみ有意味的となり得るのである。因果必然的な存在としての歴史を全體と部分との關係に構成するものがまさに事實としての歴史であるところから、部分の全體に對する關係が有意味性を擔ふのである。このやうにして歴史的なものを因果的必然性とは異る意味的必然性に於て認識する基礎となるのは事實としての歴史である。歴史的認識は事實としての歴史の立場からの、事實としての歴史に關係付けられたところの、存在としての歴史の認識である。

なほ事實としての歴史と存在としての歴史との關係に就いて起り易い誤解を防ぐために、我々は更に詳しくこの關係を規定しておかう。この場合多くの者は恐らくそれを内的なものと外的なものとの關係と見るであらう。かくの如く見ることが或る正しいものを現はしてゐるとしても、そのことがまた種々なる危險を伴ひ易いことも注意されねばならぬ。普通理解されるところでは、外的なものとは感官に落ちて來る sinnfllig もののことである。それではこれに對して内的なものと考へられた事實は何等か純粹に精神的なものであつて、感官の意味をもたないであらうか。我々は寧ろその反對のことを主張して來た。事實としての歴史は感性的なものの意味を含む。このことはヘーゲルが内的必然性としての運命をパトスと云つたのに就いて我々がさきに與へた解釋を想ひ起してみても明かであらう。デカルトに於て、機械論的に歪められてゐるにせよ、明瞭に言ひ表はされた如く、古典的な心理學乃至人間學は情念 passions を凡て身體的なものの基礎の上に於て理解してゐる。我々はヘーゲルのいふパトスを事實としての社會的身體に結び付けて解釋した。我々が事實と稱するものはさしあたり内面性の問題とはかかはりをもたぬ。事實と存在とは、それが精神的なものと感性的なものとして對立するのでないやうに、また單に主觀的なものと客觀的なものとして對立するのでもないのである。かく考へることもまた固より全く間違つてゐるのではない。我々自身「主體的事實」及び「客體的存在」なる語を用ゐて來た。然しながら主觀的及び客觀的といふ語は種々なる歴史的重荷を擔つてゐることが注意されねばならぬ。たとひ事實が主觀的と呼ばれるにしても、それは決して個人的、非現實的などいふ意味に於て主觀的なのではない、この意味に於てはそれは却て客觀的である。或はまた事實は如何なる意味に於ても「物」の意味をもたぬと考へられて主觀的と云はれるのでもない。この意味に於てはそれは寧ろ存在である。行爲が直ちに物の意味をもつてゐるものが事實と云はれるのである。それ故に我々はことさらに「主觀的」といふ語を避けて「主體的」といふ語を用ゐた。けれども事實は「存在」と同じ意味に於て存在とは云はれ得ず、兩者はどこまでも秩序を異にする。我々は兩者の關係を存在と存在の根據との關係として示した。このやうにしてまた歴史の主體が純粹に精神的なものでないからと云つて、それを所謂精神物理的統一體であるとすることをもつて滿足することの出來ないのも明かであらう。フンボルトが歴史の主體たる人類を「精神的・感性的性質」geistig-sinnliche Natur のものと考へたことは有名であり、近くはディルタイが歴史の基礎たる人間を精神物理的統一體として規定したのは周知のことである。かく見ることが或る意味では正しいとしても、精神物理的統一體と考へられた所謂全體的人間は我々のいふ事實の秩序に屬するか、それとも存在の秩序に屬するかが問題とならざるを得ないであらう。人間は現實存在として固よりそれ自身二つの秩序に同時に屬してゐる。一切の現實存在に就いてその存在と存在の根據とが區別せられるからである。然るにこの場合精神物理的統一體と考へられたものを再び分割して精神を所謂内的な事實、身體を所謂外的な存在と見做すことは出來なからう。それのみでなく、身體と云つても、我々によれば、二重のもの、即ち存在及び事實として見られ得、また見られなければならないのである。このやうに考へて來るならば、ディルタイがその『精神科學概論』に於ける精神物理的統一體としての全體的人間を高調した立場から、『精神科學に於ける歴史的世界の構成』に於ては體驗、表現といふ語を使つて二つの秩序を區別する方向を取つたのは、ひとつの進歩と云はれねばならぬ。たしかに體驗及び表現といふことはこれまで擧げたいづれの言葉よりも適切に事實としての歴史と存在としての歴史との關係を規定し得るやうに見える。然しながらそこにはなほ種々なる問題がある。

一、體驗と云はれるとき、それは意識を意味する。然らばこの意識の内容をなすものは如何なるものであらうか。それは何等かの存在であると答へられるかも知れない。けれどもそれが特に體驗と名付けられる限り、それは單に「對象的な」意識でなく、寧ろ主觀的に色どられ、それのうちには主觀的なものがにじみ出てゐると考へられてゐる筈である。換言すれば體驗は感情的なもの、氣分的なものを含む。このことは根本的には、體驗といふものが單にいはば前面に於て客體的な存在によつて規定されるばかりでなく、背後に於て主體的な事實によつて規定されてゐることを意味するのでなければならぬ。かかる關係は就中創造の體驗、或はまた運命の感情に於て顯はにされて與へられるであらう。これらのものは、我々の意識には存在ならぬ事實によつて規定される方面のあることを認めるのでなければ、十分に理解されない。それは一般に「無」の體驗と云はれるであらうが、さうかと云つてそこに何物も無く、空無であるのではない。無の體驗とも考へられる創造の體驗は却て最も積極的なものを孕む。ハイデッガーは無を現存在の有限性から解釋した*。これによつて運命などいはれるもの、即ち事實としての歴史の含む否定的契機、の體驗は説明されるにしても、同じく無の體驗と呼ばれ得るところの創造などいふもの、即ち事實としての歴史の含む肯定的契機の體驗は説明されない。無は單に意識に過ぎないのではない。事實が存在に對して無と云はれるのである。事實は意識でなく、却て意識を規定し、自己をそのうちに表出するものである。ところでヘーゲルの考へた如く、有と無との對立及び統一が辯證法の根本であるとするならば、存在と事實とはかかる意味に於て辯證法的關係をなしてゐる。然しこのことは後に讓らう。

* Vgl. M. Heidegger, Was ist Metaphysik? 1929.

二、然るに體驗及び表現と云ふとき、對立的關係は現はされない。それは單に連續的關係を現はすのであつて、兩者の間に於ける非連續性の方面は認められない。寧ろそのやうな對立的、非連續的な關係を認めないところに、それを表現の關係として現はす理由がある。けれども實際は如何であらうか。事實としての歴史は一面存在としての歴史に於てその實現に達すると考へられる。かかる實現の關係は表現といふ語をもつて表はされ得るけれども、後者が主として藝術的なものに就いて用ゐられるやうに、それによつて事實が行爲的なものであることの隱され易いことに注意せねばならぬ。然し他面に於て存在は事實の否定である。表現といふ語をもつてはかくの如き兩者の間の關係は表はされ得ない。人間によつて作られたものが、作られたものでありながら逆に、それを作る人間に作用し、壓迫するといふことは、あらゆる場合に經驗されるところである。これを一般的に且つ根本的に考察するならば、存在としての歴史は事實としての歴史に對して否定的に對立する方面をもつてゐるといふことである。存在と事實とは連續的なものでなく、兩者の間には秩序の差異があるといふばかりでもなく、そこには更に根源的な對立及び矛盾の關係が横たはつてゐるのである。

三、事實としての歴史を體驗と云ふとき、この體驗が自己を表現する場合、何故に必ずつねに自己を自然の存在、及び、過去並に現代の歴史的なものに結び付けねばならぬかの必然性は理解されない。體驗と表現といふ關係は全く自己充足的な過程と見られることが可能である。然るに實際に於ては、現在の體驗はその表現にあたつて必ずつねに自己を既にそこにあるものに結び付ける。どのやうな根源的な體驗内容と雖も自己を表現するに際し、先づ歴史に於て既に與へられた形式の或るものを取つて來なければならぬ。それは固よりそれ自身の形式を自己のうちに含んでゐるのであるけれども、先づ自己を歴史のうちに既にある何等かのものに結び付けることなくしては、それはかかる自己に内在的な形式をも發展させることも出來ないのである。人間は絶えず歴史に學ぶ。それ故に何等かの模範的なもの、「古典的なもの」をつねに有するといふことは歴史の根本的な規定の一つであり、「古典的なもの」といふのは存在の歴史性を表はす一の範疇的なものと見られ得る。然るにかくの如く現在の行爲(認識の活動、藝術的制作等を含めて)が必然的に他の既にそこにあるものに自己を結び付けるといふことは、もし事實にして純粹意志などいふが如きものであるとするならば、説明されないであらう。そのためには事實そのものが否定的なものを自己の契機とすると考へられねばならぬ。事實は否定的なものを含む故に、自己を實現するに際して過去の歴史に結び付かざるを得ないのである。かくすることによつて事實も自己を生かし、自己を發展せしめ得る。然しながら同時に過去の歴史は事實を制限し、抑壓するものでもある。「我々は凡て過去によつて生き、そして過去に於て滅ぶ」Wir alle leben vom Vergangenen und gehen am Vergangenen zu Grunde. とゲーテが書いてゐる。

一般に次の如く云はれ得よう。存在としての歴史と事實としての歴史との對立は存在と存在の根據との對立である。しかも兩者は、存在と存在の根據として互に相俟ち、對立でありながら統一である。如何なる現實的なものもその現實存在と現實存在の理由との二つの契機を含む統一である。かかる對立に於ける統一、統一に於ける對立は辯證法的として規定される。從つて一切の現實的なものは辯證法的である。事實としての歴史は自己の對立物たる存在としての歴史に於て自己を實現する。この場合それは過去の存在としての歴史に結び付くことを通じて自己の存在を規定する。これらのことなしにはそれはみづからを發展せしめ得ない。その限りに於て存在としての歴史は事實としての歴史の發展形式である。然し存在としての歴史はどこまでも事實としての歴史の對立物であり、前者はやがて後者に對する桎梏に轉化する。かくて一切の現實的なものは矛盾に陷るべき運命を有する。事實としての歴史はそのとき舊き存在形式を破壞し、新たなる存在形式へと發展する。ニイチェが、「現存在はただ一の間斷なき既存在である、自己自身を否定し、食ひ盡し、自己自身に矛盾することによつて生きる物である。」Dasein ist nur ein ununterbrochnes Gewesensein, ein Ding, das davon lebt, sich selbst zu verneinen und zu verzehren, sich selbst zu widersprechen. と記してゐるのは、かくの如き消息を傳へるであらう。辯證法は存在の歴史性に對する最も根本的な且つ最も包括的な表現である。ところでここに一の原理的な命題がある。――存在と存在の根據との間に於ける辯證法的關係は存在そのもののうちに現はれる辯證法的關係の基礎である。存在としての歴史そのもののうちには辯證法的關係が見出されるのであるが、かやうな辯證法的關係の根柢となつてそれを現出せしめるものは、もともと事實としての歴史と存在としての歴史との間に於ける辯證法的關係である。これは後の章に於て示さるべき根本命題である、その準備の意味をも含め、今はこれまで述べて來たこととの聯關に於て次のことを記すにとどめよう。

第一、事實としての歴史に就いて云へば、それが原理的な根源性をもつてゐる。それは存在に對して自己が存在の根據であるといふ意味に於て既に根源的であるばかりでなく、他の意味に於てもまた根源的である。即ち存在としての歴史は事實としての歴史に對立し、これに働きかけ、これを壓迫する性質を有する、けれども後者は、前者によつてどれほど抑壓されようとも、そのために決して馴らされてしまひ、萎えさせられてしまふことのない原始的なものである。辯證法的に矛盾するものは、いはば同等の力をもつて對立するのでなく、かく矛盾するものの一方が究極的な根源性を有するが故に、そこに辯證法的發展なるものもあり得るのである。唯物史觀に於て生産力と生産關係とが辯證法的な關係をなすと云はれるとき、生産力に就いてかくの如き根源性が認められてゐるのである。しかも生産力は生産關係の存在に對する存在の根據と見られてかかる根源性を有するのである。

第二、存在としての歴史と事實としての歴史との關係は「有」と「無」との關係として一般に規定され得る。前者が後者に對して有として性格付けられるのは、如何なる存在も「形態」あるものであり、「範疇」のうちに現はれたものであるからである。このやうなものに對する關係に於ては、事實は寧ろ無と呼ばれるにふさはしい性格を具へてゐる。それが無と稱せられるにしても、もちろんそれが空無であるといふのではない。それは却て根源的なものとしてあるのであるけれども、それを名付けるためには我々は存在の言葉によるのほかないのであつて、それ自身に於ては無と云はれるのみである。丁度生産關係の言葉が「經濟的範疇」であるに對して、生産力を現實的に表はす言葉はなく、それを現實的に表はさうとすれば生産關係の言葉を通ずるのほかないのと同樣である。そこからして我々は、ヘーゲルに倣つて、辯證法の一般的なものは有と無との辯證法であるとも云ひ得るであらう。否、ヘーゲルのいふ有と無との辯證法は、我々の如く、存在と存在の根據との辯證法と解するとき、初めて現實的に成立するのである。この場合無の根源性が認めらるべきは當然である。

第三、存在としての歴史に就いて云へば、それは固より事實としての歴史をその存在の根據とするけれども、しかもそれ自身の論理と法則性とを有する。もしそれがそれ自身の論理と法則性とをもたなかつたとしたならば、如何にしてそれは、根源的な勢力であるところの事實としての歴史に對して眞面目な對立物として、これに影響を及ぼすことが出來よう。從つて存在としての歴史は事實としての歴史の單なる「反映」であるとか、「表現」に過ぎぬとかと考へられ得ない或るものである。生産關係は自己自身の含む必然性に從つてみづから發展せんとする内面的な傾向を有すればこそ、生産力に對して矛盾するものともなるのである。一般にこのやうな關係があればこそ、科學に於て敍述されるものが「諸範疇の轉化」でもあり得るのである。例へばマルクスの『資本』に於て敍述されてゐるのは經濟的諸範疇、即ち生産關係を表はす諸概念、の轉化である。――科學の直接の對象となるのは一般に「存在」である。――そのとき諸範疇は恰も自己自身の含む矛盾によつてそれ自身だけで發展するかのやうに現はれる。然し諸範疇のこのやうな轉化も、根源的に見れば、我々が後に詳説すべき根本命題として掲げておいたものに從つて、本來存在と存在の根據との辯證法にもとづく。經濟的諸範疇の自己變化として現はれるものは、もともと生産力と生産關係との辯證法に由來するのである。

さてジンメルは『現代文化の葛藤』に就いて論ずるに際し、次の如く云ふ。「生が單に動物的なものを越えて精神の段階に進み、そして精神がそれ自身文化の段階に進むや否や、生のうちに於てひとつの内的な對立が顯はになる、この對立の發展、調停、新たなる生成が文化の全體の道を形作つてゐる。即ち明かに我々は、生の創造的な運動が或る生産物を作り出し、それらのものに於てこの運動が自己の表現、自己の實現の諸形式を見出し、そしてそれらのものがそれ自身また後に來る生の潮を自己のうちに受け入れ、これに内容と形式、活動範圍と秩序とを與へるとき、文化に就いて語る、社會制度、藝術作品、宗教、科學的認識、技術、市民的法律及び無數の他のものはかくの如きものである。然るにこれら生の過程の生産物は、それがその生成の瞬間に於て既に自己自身の確固たる存立性をもち、この存立性たるや、生そのものの休み無き律動、その生起と沒落、その絶えざる更新、その不斷の分裂と再結合とはもはや何等關係するところがない、特有なものをもつてゐる。それは、それを再び見棄て去るところの創造的な生の殼であり、そして遂にはそのうちにもはや宿を借りないところの後から流れて來る生の殼である。それは、それを創造した生の運動に對する或る種の分離と獨立とに於て、それ自身の論理と法則性、それ自身の意味と抵抗力とを示してゐる。この創造の瞬間に於てはそれは恐らく生に相應してゐるであらう、然し生が更に發展する程度に應じてそれは生に對する凝固した無關聯、實に對立性に陷るのをつねとする。ところでここに文化が歴史を有するといふことの究極の根源が存してゐる*。」また彼は云ふ。「生は唯自己の反對物の形式に於てのみ、換言すれば、一の形式に於てのみ現實のうちに現はれるといふことと離れ難く結び付いてゐる。この矛盾は、我々が唯生そのものと呼び得るのみなるかの内面性が、その造形されぬ強さに於て自己を主張する程度に應じて、他方では形式がその凝固せる自己存立性、その時效にかかることなき權利の要求に於て自己を我々の生存の本來の意味もしくは價値として告知する程度に應じて、それ故に恐らく文化の生長した程度に應じて、愈々激しくなり、調和し難く見えるのである**。」

* G. Simmel, Der Konflikt der modernen Kultur 1921, S. 3. なほ同じく Simmel, Die Transzendenz des Lebens in der ※Lebensanschauung“1918. を參照せよ。** Op. cit., S. 28.

我々はこれらの文章のうちに所謂生の哲學の智慧を認めることが出來る。そして讀者は、かかるジンメルの、且つ多くの生の哲學者たちが同じく種々なる形で繰り返した思想と、我々の述べたところとの間に、容易に類似點を見出し得るであらう。それ故にかくの如き生の哲學と我々の主張との間のそれにも劣らぬ根本的な對立點の一二を、既にこの箇所に於て指摘し、後の論述のために準備しておくことが必要であると思ふ。最初に、生の哲學がその根源的な生を何等かの仕方で内在的――ジンメルのいふ「内面性」――と考へるに反し、我々の意見によれば、寧ろ、存在は何等かの仕方で内在的と考へらるべきものとしても、存在の根據であるところの根源的な事實は超越的なものである。次に、文化――我々のいふ存在としての歴史――は、ジンメルの説く如く、いかにもそれ自身の論理と法則性とをもつてゐる。然しながらそれは生(もし事實としての歴史をかく呼ぶならば)の新たなる發展に對して孤立し、無關係なのでなく、却て生は一面過去の文化に結び付くことなしには自己を發展せしめ得ない。また文化は單に凝結し、固定せるものでなく、却て生の發展が要求するに從つて運動せしめられ、過去の文化も蘇るに至る。それ故かの「復興」または「再生」(ルネサンス)といふことは歴史にとつて全く本質的な現象である。歴史は絶えず古くなる veralten と同時に絶えず若返る verjngen ものである。そこに歴史の辯證法的な運動の姿が見られる*。ヘーゲルも歴史の範疇としての「變化」に就いて論じ、それは一面沒落を意味すると共に、他面更生を意味すると云つてゐる**。尤もジンメルの説く如く、文化が自己自身の存立性と法則性とを有しなかつたならば、歴史はないであらう。けれど、もし彼の云ふやうに、生の發展に伴つて文化の形態が單に凝固した無關係と獨立性とに陷るに過ぎないとすれば、或はそれが創造的なる生の殼であるに過ぎないとすれば、そこにはまた歴史といふものはないであらう。然し固定への傾向を含む存在としての歴史が一般に運動するのは、根源的にはそれが事實としての歴史によつて擔はれ、動かされるからである。前者は後者との辯證法的關係に於てのみ發展することが出來る。それ故に我々は、生の哲學に對する批評の見地を一層明瞭ならしめるために、今や歴史的發展の問題の考察に這入つて行かねばならぬ。

*  私はこのやうな關係を嘗て「生の歴史性」及び「歴史の生命性」といふ語で表はした。拙著『社會科學の豫備概念』一三三頁〔全集第三卷二九一頁〕以下參照。** Hegel, Philosophie der Geschichte, Hrsg. v. Lasson, S. 10 ff.

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