Chapter 9 of 10
五、六、七
當時近親に大病人があつて、妻は一年許り毎日病院の方へ行つてゐたために、私は小さい子を預つて女中と共に留守をしてゐなければならなかつた。私は丁度頭の中に醗酵してゐる仕事を持ちながら、何も出來ずいら/\して一年間を空過しなければならなかつた。此等の文章は當時の亂れた、斷片的な生活の記念として、全篇の中でも恐らくは最も落付かないものである。さうして讀者はその後に書いたものが急に理屈つぽくなつたことを感じられるであらう。事實上三太郎の日記はあの混亂せる時期を以つて死んでゐるのである。三太郎の日記の水脈は今後暫くは唯地下をのみ流れてゐなければならない。さうしてもつと纒つた形に於いて、何時か泉となつて噴出する時期が來ることを待つてゐなければならない。それはもつと蓄積して恐ろしいものとなる必要があるのである。