免疫療法の確立
パストゥールはこれに続いていろいろな伝染病の予防の方法を熱心に研究しましたが、それには結局免疫という事実を利用するのが最も適切であるのを見つけ出しました。
免疫というのは、かなり古くから知られていた事実で、例えば天然痘にかかった人が癒えてしまうと、今度は二度とかかることがめったにないというのは、それであります。それでずいぶん昔からインドや支那では、天然痘にかかった人の膿汁をとってそれを傷口に入れて免疫するという方法が行われていたということで、それが十七世紀頃にヨーロッパにも伝えられましたが、十八世紀の末にイギリスのエドワード・ジェンナーという医者がこれを応用してついに種痘法の効力のあることを見つけ出しました。これは天然痘にかかった牛からその病菌を含んだ痘苗というものをつくり、それを人間に植えつける方法なのです。このおかげで天然痘に対する免疫が広く行われるようになり、その流行も大いに減るようになったのでしたが、パストゥールはこれをいろいろな病気に応用しようとして、研究を進めたのでした。
ちょうど一八七九年の頃のことでした。アメリカで鶏コレラと豚ペストとがひどく流行して、非常な損害を生じました。パストゥールはたくさんの実験を行って、まずそれらの病原体を見つけ出し、それから予防法をも考え出してそれに成功したのでした。ことに脾脱疽病という家畜の病気のおかげでフランスでも羊や牝牛が斃れることが多かったので、その予防接種の方法をパストゥールが完成したことは、羊毛の生産や牛の増産の上にも非常に役立ったのでした。これは一八八一年のことで、パストゥールは多くの人々の眼前でその実地試験を行い、効果の著しいことについて人々を驚かしたのでした。
パストゥールは、その外にビールの変質を防ぐ方法をも見つけ出したり、その他のいろいろな研究にも成功しましたが、全人類のために貢献した彼の最大の仕事と云われているのは、恐水病の病毒を発見し、そしてその予防法を考案してそれに成功したことであります。恐水病というのは、狂犬に噛まれた際におこる恐ろしい病気で、これを救う治療法はそれまで全くなかったのでしたが、パストゥールの熱心な研究の結果としてそれが見つけ出されたということは、じつに特筆するに足りることなのでありました。もっともパストゥールはこの予防法を考え出したときに、動物試験にはほぼ成功したものの、それでもこれを人間に施して果して危険がないかどうかが最初はわからないのでしたから、実際に使用するのには少からず躊躇しました。ところが一八八五年の夏近くなった頃、アルサスの小さな町から狂犬に咬まれたという九歳の子供が母親に伴なわれてパリに出て来て、その母親からパストゥールに治療を懇請したという偶然の機会がめぐって来ました。それでもパストゥールは危険を虞れて大いにためらいましたが、ついに同情の念に動かされてその治療を試みることに決心し、予防接種を行いました。併しその結果がわかるまでは心配してひどくなやみ続け、若しこれがうまくゆかなかったら、一人の子供の生命がうしなわれるのだと思うと、とても平静な気分ではいられなくなり、幾日も幾日も眠れない夜が続いたということでした。ところが四十日程も経ってその療法がまず成功を収めたということが確かになって来ましたので、これで彼の心のなかがどれほど明るくなったことでしたでしょう。その後この子供の病気が完全になおったので、彼は始めて安心して、よろこんだのでした。実際にこの予防法によって今までは全く治療の方法のなかった恐水病が癒やされるようになったということは、医学の歴史の上でいかにも輝かしい出来事であると云ってよいのです。パストゥールのたくさんの研究のおかげでことに恐ろしい病気に対する医療の方法が進んで来たということを思うと、さすがに学問の尊さを讚えなければならないでしょう。
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