返回
金解禁前後の経済事情
Table of Contents
金解禁前後の経済事情
井上準之助
Reading Settings
字体大小
18px
主题
浅色
深色
棕褐色
护眼模式
行距
阅读模式
译文 Pagera AI
原文 Public Domain
Chapter 6 of 16

爲替相場の騰貴

濱口内閣の出來たときは、對米爲替相場は四十三弗四分の三まで下落して居つた。解禁後の爲替相場は四十九弗四分の一か或は四十九弗八分の三であらうから、これに此らぶれば一割一分餘下つて居り、これを日米兩貨幣の平價四十九弗八四六に比ぶれば一割二分餘下つて居つたのである。爲替相場が一割一分下つて居ると云ふことは對外的に日本の貨幣價値がそれ丈け下つて居ると云ふことであつて、百圓の通貨が八十九圓にしか通用しないと云ふことである。外國から直接日本に輸入するものは一割一分皆高く買はなければならぬのである。同時に外國から直接輸入される物の競爭品或は類似の品物も皆大同小異騰貴するのである。假に茲に外國から輸入する羅紗一ヤールの値段が五圓とすると、爲替相場が一割一分下つて居ればそれを五圓五十五錢でなければ買へぬのである。棉花も同樣である。輸入の鐵も同樣である。さうして日本人の着て居る衣服は絹物を除いた外のものは悉く外國から輸入されるものである。さう考へて見ると、爲替相場の下つて居ることが國民の何れの階級にも大なる影響を與へることは明かな事實である。從て日本國内から見て金の解禁の如きことは、國民的の大問題であると云ふことは何人も否認することの出來ない事である。一割一分も下つて居つた爲替相場が貿易の改善せらるゝに從つて段々騰貴して十一月二十一日の短期期限附の金解禁の發表前には四十八弗二分の一となつた。これを解禁後の推定相場四十九弗八分の三と比較すると其の差は僅かに一弗足らずとなつて一割一分下つて居つた爲替相場は九分丈け回復した譯であつて、羅紗一ヤールが五圓五十五錢であつたものが五圓十錢で買へるやうになつたのである。解禁の確定した今日に於ては日本の貨幣價値は元に復して百圓の貨幣は百圓に通用するやうになつて前に例に擧げた一ヤール五圓五十五錢の輸入の羅紗は五圓で買へるやうになつたのである。

Chapter 6 of 16
|