Chapter 1
二葉亭の歿後、坪内、西本両氏と謀って故人の語学校時代の友人及び故人と多少の交誼ある文壇諸名家の追憶または感想を乞い、集めて一冊として故人の遺霊に手向けた。その折諸君のまちまちの憶出を補うために故人の一生の輪廓を描いて巻後に附載したが、草卒の際序述しばしば先後し、かつ故人を追懐する感慨に失して無用の冗句を累ね、故人の肖像のデッサンとして頗る不十分であった。即ち煩冗を去り補修を施こし、かつ更に若干の遺漏を書足して再び爰に収録するは二葉亭四迷の如何なる人であるかを世に紹介するためであって、肖像画家としての私の技術を示すためではない。かつ私が二葉亭と最も深く往来交互したのは『浮雲』発行後数年を過ぎた官報局時代であって幼時及び青年期を知らず、更に加うるに晩年期には互いに俗事に累わされて往来漸く疎く、臂を把って深く語るの機会を多く持たなかったから、二葉亭の親友の一人ではあるが、そのボスウェルとなるには最も親密に交際した期間が限られていた。
かつこの一篇は初めからデッサンのつもりで書いたゆえ、如何に改竄補修を加えてもデッサンは終にデッサンたるを免がれない。勿論二葉亭の文学や事業を批評したのではなく、いわば履歴書に註釈加えたに過ぎないので、平板なる記実にもし幾分たりとも故人の人物を想到せしむるを得たならこの一篇の目的は達せられている。更に進んで故人の肉を描き血を流動せしめて全人格を躍動せしめようとするには勢い内面生活の細事にまでも深く突入しなければならないから、生前の知友としてはかえって能くしがたい私情がある。故人の瑜瑕並び蔽わざる全的生活は他日再び伝うる機会があるかも知れないが、今日はマダその時機でない。かつ自ずから別に伝うる人があろう。本篇はただ僅かに故人の一生の輪廓を彷彿せしむるためのデッサンたるに過ぎないのである。下記は大正四年八月の旧稿を改竄補修をしたもので、全く新たに書直し、あるいは書足した箇処もあるが、大体は惣て旧稿に由る。